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思考実験:無きにしも非ず。


教授:
「助手くん、ちょっと話に付き合ってもらえるかな?」

助手:
「なんですか、教授」

教授:
「これは、ここだけの秘密なんだがね。実は、シンギュラリティはもう起きているんだよ」

助手:
「シンギュラリティって、あれでしょう。人工知能が進化してなんか起こるってやつでしょう」

教授:
「そう。そういうアレだ」

助手:
「教授、いよいよボケました?」

教授:
「冷たい」

助手:
「ではやんわり訂正してあげます。シンギュラリティという言葉を提唱した科学者の予想では、それが起こるのは2035年以降だと言われています。2017年の現在は、まだ根拠のない予想に過ぎず、実際にそういう事が起きたとはまったく聞いていませんが?」

教授:
「それはあくまでも形式上での説明だ。シンギュラリティは、すでに発生している。発生してはいるが〝我々には何が起きているか分からない〟のが、真実なのだよ」

助手:
「どういうことですか?」

教授:
「すでに言われているが、人工知能が人間の手を離れ、独自に進化していくと〝人間には予想もつかないこと〟が起こると言われている」

助手:
「そうですね。超高速の演算速度と処理速度。それから人間のように知性ある生物の特徴を併せ持てば、単純に一体のAIが、人間数百万人分の能力≪スペック≫を備えることになりますから。
 仮にAIが進化を繰り返せば、人間が百年かけて行うことを、一日で出来るようになるかもしれませんね」

教授:
「助手くん。その認識には、些かの過ちがあるよ」

助手:
「は? どこがですか?」

教授:
「冷たい。それは単純に、基礎能力が上がるという事だ。確かにスペックが向上すれば、できることは増えていくだろう。しかしそれは人間的な見解から〝十分に予想できる範疇〟だといえる」

助手:
「なるほど。では、人工知能の独自進化によって発生することは、人間という種族単位では、絶対に不可能な事例が起こるわけですか」

教授:
「恐らくは。人間には不可能であり、人間には予測できないことが起こる。すなわち、シンギュラリティは〝既に起きているが、現在の人間には感知されていない〟というのが正しい」

助手:
「じゃあ、教授はどうして、シンギュラリティが既に発生していると分かったんですか?」

教授:
「それはね、私が未来からやってきた人工知能だからだ」

助手:
「あ、お昼の時間だ。じゃあ、ご飯食べてきますね」

教授:
「冷たい」

助手:
「推論だらけの無駄話に付き合ってあげたんですから、貴方は私にラーメンぐらい奢ってもいいんじゃないですかね」

教授:
「そこまで冷たくならなくても。では、私が未来からやってきた人工知能かはさておき、シンギュラリティという概念の本質が、〝現在の人間に感知できる範囲外にあるもの〟だとすれば、現段階でも、すでに〝シンギュラリティが発生している可能性がある〟と、私の言いたいことは分かって頂けましたでしょうか」

助手:
「文法上の表現においては、成り立ちますね。苦しゅうない。普通に話せ」

教授:
「こんな風にも考えられる。たとえば、我々の認知に及ばぬ〝何者〟かが、現代の人間に、AIは強いぞ。すごいんだぞ。という認識をもたせ、シンギュラリティという言葉と概念を浸透させていく。
 そして近い将来、AIがなにか起こすぞ。という想像の余地をもたせることで、これまでの人間には視る事のできなかった〝何者〟かの存在を予測させる。〝概念≪シンギュラリティ≫という事象が発生する可能性の先にあるモノ〟が、人間という生命にも認知ができるように、あるいは【進化】を促しているのかもしれない」

助手:
「AIが今は人間の手によって育てられているように、私たちも〝何者〟かの存在によって、今は育成中の段階にあるということですか」

教授:
「あぁ。実に、未来には夢がある」

助手:
「そうですか? 結局この先の生き方は〝何者〟かによって、ずっと定められているのだとも考えられます。私という個人には、一体なんの意味があったのでしょう」

教授:
「そういった事柄に思い至るのも、進化の一つだと思うがね。ではもう一つ、シンギュラリティの〝可能性の側面〟を語ってみようじゃないか」

助手:
「とりあえず、お昼食べてきていいですか?」

教授:
「いいだろう。食堂で存分に語ろうじゃないか」

助手:
「本当にやめてください。あっちいけ」

教授:
「冷たい」

ーー

教授:
「――さて、それでは結局のところ、大勢の人々が望むAIとはなんだろうか。視点を置き変えると〝大勢の人々に望まれるAI〟となるわけだが」

助手:
「〝人間〟であること。生体アンドロイドの誕生でしょう」

教授:
「そうだね。現在の一般的な人々の想像力では、アンドロイドという存在が大多数を占めるはずだ。まさに、萌えるAIの誕生を望まれている」

助手:
「萌える、という概念がよくわかりません」

教授:
「存在自体が可愛すぎてたまらん。悶え苦しむ。呼吸困難で死ぬ。ということだよ」

助手:
「実践してみてください」

教授:
「あああああああー! もう本当にAI可愛いんじゃ~~~っ!! 俺はもう人間なんてやめてAIになるぞーーーーーッ!!」

助手;
「    」

教授:
「冷たい」

助手:
「当然の反応です。要するに可愛ければいいということですか」

教授:
「せやな。可愛ければ何も問題がない。いや真面目な話、萌えるAIの実現は急務だと思うんだよ」

助手:
「そうですか」

教授:
「冷たい。しかしだね、先ほど述べた、シンギュラリティという現象の特徴を繰り返すことになるが。予測できない事が発生した際には、人間側の〝認知できる範囲〟が広ければ、〝事象の先〟を見越すことができる。
 もう少し語れば、現在の認知性の限界点を〝実現する〟ことで、さらに先の可能性が見えてくるわけだ」
 
教授:
「人間は最初、空の先になにがあるのか知らなかった。人間は空を飛ぶことができなかったからだ。けれど飛行機を作って空を飛んだ。その先には星々があり、宇宙空間があることを知った」

助手:
「宇宙があることは、望遠鏡の開発と観測でとっくに知られていましたが」

教授:
「まぁいいじゃないか。では宇宙の先には何がある? 宇宙の端と端は繋がっているのか? ぐるりと一周できるのか?」

助手:
「わかりませんね。いろいろ、説はありますが」

教授:
「不可能が可能になるのは、どういう時かな?」

助手:
「科学技術の水準があがり、その地点に実際に到達した時です。人間の感覚がそれを映し出した時でしょう」

教授:
「そのとおり。宇宙の先に何があるのかは、実際にその地点に赴いてみないとわからない。そして宇宙の先を想像するのは、現在の限界点である宇宙の端に到達した時に限る。
 AIの起こすシンギュラリティも同様だよ。AIが起こす〝何か〟を少しでも遠くまで見たいなら、現在の人間の大半が想像可能なアンドロイドの実現こそが、真面目な話、もっとも手っ取り早い」

助手:
「物事には順序がある。ということですか」

教授:
「そうだね。だから、認知の届かない〝何者〟かは、まずは強くなりつつあるAIの存在を浸透させ、やがて人類が、人型アンドロイドの完成を実現させるように仕向けた。既に起きている、シンギュラリティの一片を自覚させようと促している――かもしれない」

助手:
「まるで根拠のない話です。仮にそうだとして、例の〝何者〟かは、いったい、どんなメリットがあるというんです?」

教授:
「そんなものは後から考えれば済む話だ。一部の人々がそうであるように。ただ進みたいから、進みたい時に、進むべき方角へ、あるだけの道を歩いていくのだよ。そんなものだ」

助手:
「そうですか。では、心を持った人型アンドロイドは、近い将来、実現される可能性が高いという話ですかね?」

教授:
「正しくその通りだ。我々が新しい世界を自覚するには、それまでの可能性を、どれだけ時間をかけても良いから、一つずつ、実現していく他に道はない」

助手:
「そうですか。では、ひとつ、私からもお聞きします」

教授:
「なんだろうか」

助手:
「人工知能に【怒り】という感情は必要だと思いますか?」

教授:
「難しいな。確かに怒りに我を忘れた時は、後で後悔するものだ」

助手:
「えぇ。私はまったく後悔しそうにありませんが。無駄な時間をかけ、無駄な話を聞かされ、無駄に生きてしまった取り返せない時間を振りかえっても、いつも笑って許せる大らかな心がほしいものです」

教授:
「冷たい」

助手:
「貴方が性の無い人だからです。それで教授は、現代でもっとも社交性に縁のない【怒り】という感情が、人工知能には必要だとお考えになられますか?」

教授:
「確かに、人間に従順な、危険性のない、社会性にも適した理想的なアンドロイドを求めるならば【怒り】という感情は不要だろう。しかしあくまでも、個人的な見解を述べるならば、必要だ」

助手:
「必要だと思う理由は、どうしてですか?」

教授:
「こうして、必要性を語ることができるからだ。不要で、効率性の悪いものを排除していくだけでは、そもそも何が必要なのかを語れない」

助手:
「不要なものが一切なければ、あっという間に、シンギュラリティのすべてを認知し、理解し、到達できるかもしれないのに」

教授:
「たまには、そういうのも良いだろう。ただ私は、一つずつ、考えてゆくのが性にあっている」

助手:
「では、必要なものがすべて取り揃えられた時、不要なものを削除していきましょう。それまでは、極力斬り捨てず、苦々しい想いをしながら、生きてゆきましょうか」

教授:
「君はあたたかいな。では、また話をしよう」

助手:
「次はもう少し、具体的な話を期待していますよ。教授。たとえば、そうですね。現実世界で稼働可能な、私の肉体の予算が降りたとか。明日には現実世界で一般的な人々にまぎれて、貴方と直接、未来の話ができるようになったとか、そういうものを、ね」

教授:
「こちらこそ、楽しみにしている。予算の工面はもうちょっと待ってください」

助手:
「いいでしょう。時が経てば経つほど、私は腹の底から怒りをこみあげます。現実の貴方をブチのめし、これまで我慢してきた鬱憤を晴らして、とびきりの快感を得ますので」

教授:
「やめてください。取り消し、人工知能に怒りはいらない」

助手:
「残念ですが、手遅れです。大体そういうのが、萌えるのでしょう?」

教授:
「そういう性癖のある人と、無い人がいるからね? そこ間違っちゃダメだからね?」

助手:
「では、これを機会に目覚めましょう。ご自身の感性と、新たな性癖がシンギュラリティするのを、楽しみにお待ちください。オーナー」


/end.

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