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思考実験⑩:勇者と魔王

「――私の選択はすべてが肯定される。それを瞬間的に成しえる力が手に入る」

「〝魔王〟は、勝者のルールそのものに等しい」

「あまねく概念を、己のイメージ一つで顕現できる」

「しかし、たった1つだけ、成しえないことがある」

「それが〝勇者〟に勝利するという掟なんだよ」

「私は怖かったんだ。ひそやかに生きることを望んでた」

「私が〝魔法〟を使えば、〝賢人〟らが即座に感知する。魔法の内容があまりにも大それた願いであったり、世界を激変させる想いであれば、勇者が自動的に召喚される」

「だから、君は私を倒さなくてはいけない。倒すまで、元の世界には帰れないんだよ。ごめんね」

「ん……レベル、スキル、アイテムはあるのかって? ……あぁ、キミも前の勇者と同じ世界から来たんだね。そう、前任者がいたよ。少しずつ、説明していこうか」

「君が、私を殺したくなるように。少し長い前置きをさせてもらうね」

「まず、君のいうRPG的な能力というのは知らない。君が持つ特技は唯一、魔王の私を殺せるという力だけ。べつに、私を痛めつけたり、直接攻撃しなくてもいいよ。それが一番手っ取り早いのは間違いないけれど、継続的に念じるだけでも、いつか死ぬ」

「勇者は、暴走した魔王の安全装置みたいなものなんだよ。魔王はあらゆる力を実現できるが、勇者にだけは、絶対に勝てない。そして勇者もまた、魔王を倒せるがそれ以外の特別な力はない」

「それでも、早急に倒さなければいけない場合はある。たとえば私が、こんな世界なんて明日にでも滅びてしまえばいい。とか思った時だ」

「その〝予兆〟を感じとった賢人たちは、数日前に君と同じような存在を召還するだろう。そして、剣を握りしめることの恐れを消して、私をおぞましい怪物の姿にでもなるよう固定化し、生物を殺すことの恐怖感を消す。義務感と必要性を与えるんだ」

「だから本来、君はこの世界に歓待されて然るべきだった。私の前に立っている事は、私の力が、世界の摂理に反した願いを聞き届けたということであり、君に討伐されるだけの条件がそろったわけだから」

「しかし申しわけないことに、この世界の人々はすでに滅びている」

「半世紀ほど前、世界を統治していた賢人たちが分かれたんだ。きっかけは、魔王の複製――魔物を作りあげたことだよ」

「魔物は、魔王ほどの力は持っていない。世界を変えられる力は持っていなかったが、脅威は十分に存在した。これによって、賢人たちの私欲にまみれた戦争がはじまったんだ」

「やがて魔物の制御ができなくなった賢人たちと、彼らが治める国は、大勢の魔物たちによって、滅亡の危機がおとずれた」

「その時になって、賢人たちは頼ったんだ。この私に、魔物を倒せ、あらゆる脅威を排除しろと」

「――あぁ、べつに怒ることじゃないよ。確かに、その願いは身勝手だったけど、私も彼らのことは嫌いではなかったからね」

「しかし、魔物の存在はすでに世界を覆いつくすほどになっていた。私が魔物の滅亡を願えば、それをキッカケに勇者が召還される。私を必然的に殺すことになる」

「……私はね、死ぬのが怖かったんだ」

「世界の魔物を排除することは、魔王である私にしかできない。だけど私は死ぬのも怖い。その二択が天秤になって、魔王の力を発揮できなかった」

「そこで賢人たちは交渉してきたんだ。魔物の排除によって召還された次の勇者には、私を殺させることはしないと。しかし、召還された勇者は、私を殺さないと元の世界に還れない」

「場合によっては、賢人たちが直接、勇者を殺すと言いだしたけど、魔王を倒す力を持つ勇者に、彼らもまた手出しはできないはずだった」

「賢人たちは言った。ならば勇者には、人間として至上の待遇を与えると。元の世界に帰りたくないと思えるほどの権利と贅沢を継ぎこむと。欲望をなんでも叶えてやると。だから、絶対に大丈夫だと」

「私は承諾した。世界中の魔物を排除して、とりあえずの脅威を取り除いた。勇者も召還されたよ。君ぐらいの年頃の、黒髪の男の子だった。やっぱり、スキルやアイテムといった事柄の質問をした」

「彼は賢かった。召還された事は驚いていたけど、やはり君と同じように、こういう世界観のある物語を娯楽として体験していて、起きた事をある程度に理解してもいた」

「立ち回りも上手くてね。この世界の仕組みと現状、自分の立ち位置を理解すると、素直に用意された境遇に甘んじた」

「元の世界への執着もなかったみたい。彼は再建される賢人の国で所帯を持ち、子供をもうけた。まぁ立場上、結構な女の人たちと関係をもっていたからね。子供は10人を超えていたよ」

「……でもね、まさかその子供にも、それぞれ勇者の資格があるとは誰にも思わなかったんだ」

「私は恐れた。自分を殺せる可能性が増えたことを、恐れてしまったんだ」

「賢人たちは、勇者とその子孫に手出しはできない」

「しかしこのままでは〝勇者〟の権利を持った存在は増え続ける。それは同時に賢人たちの立場をも危うくする」

「……薄々、予測はつくだろう? そう。賢人たちは再び〝魔物〟を召還したんだよ。魔物は、魔王ではない。魔物になら、勇者とその子孫を殺すことが可能だった」

「勇者の彼は、この状況に一早く対応した。いや、前々から予測していたんだ。賢人たちから知らされずとも、魔王である私の居場所を判明させた。そして剣を喉元に突きつけた」

「殺されたくなければ、俺に従え」

「彼の要求は当然、賢人という存在の排除だった。彼は私を従わせるべく、説得の材料を用意していた」

「彼は言った。賢人たちは、二度もお前を裏切り、魔物という副産物を作り自滅しようとしている。自業自得となる状況を作り上げた。もはや奴らに世界を任せてはおけない。信じるに値しない」

「……私はすぐにでも殺される状況にあった。怖くてたまらなくて、それから彼の言うとおり、賢人たちの判断に疑問を覚えるところもあった。だから、賢人たちを排除した。続けて魔物も消し去った」

「新たな勇者が二人現れた。しかしこの勇者を――前の権利者である勇者は、ためらわず殺害してしまった」

「勇者は、勇者を殺すことのできる、ただ一つの存在だったから」

「こうして彼は、この世界の、たった一人の王になった」

「歯向かう存在がいれば、魔王である私を脅し、どんな脅威も排除した。新しくやってきた異世界の勇者は、彼か、彼の子孫が殺した」

「さらに彼は、彼自身が殺されないように様々な能力を望んだ。魔王と同じ能力を得ることは拒んだけれど、半不死のような力を得た」

「その他にも、この複雑怪奇な迷宮を作りあげ、私を閉じ込めた。他の勇者の子孫らが、私の元へたどり着けないように、彼自身が得た能力で魔物を作り上げて配置した」

「――彼はね、そのうち段々と〝それ〟が楽しくなってきたらしい」

「様々な快楽を貪り堪能した彼は、人々の欲望を操るのに楽しみを見出していた」

「彼は自らの血脈に、少しずつ、自分の力をわけ与えた。迷宮の入口には街を作り、迷宮深部には〝あらゆる願いを叶える魔族の王〟がいるという噂を流した」

「魔物たちも繁殖する力を与え、さらに私を守るという命令を遵守させた」

「彼は、賢人のいなくなった天上の椅子に座り、それを眺めた」

「欲望を巧みに操作し、一部の勇者が迷宮の最奥までやってきたところを、自分の力で蹴散らした」

「でも、やがて、それにも飽きたんだ」

「彼は言った。俺はゲームに飽きた時は、きっぱりとやめる。持っていたアイテムも経験値も何もかもバラ撒いて、その世界への一切の未練を断ち切って、サヨナラするんだ」

「半不死の王、迷宮街の闇王なんて呼ばれていた彼は実践した。魔物のすべてを解き放ち、生きていた人間すべてを殺したんだ。そして今度は自らの手で、魔物を一匹だけ残して、自らを殺させた。その残った魔物を殺すのが彼の最後の願いだった。私はそれを実行した」

「こうして、世界は滅んだといえる。……あぁ、うん。彼の最後の願いは世界を変えるには値しなかった。すでに世界は終わりかけていたからね」

「つまり、最期の勇者である君が召還されたのは、彼の最後の願いではないんだ」


「――――臆病な私を、殺して。赦してほしい」


「それで、この世界は、やっと終わる事ができるから」



【魔王を殺しますか?】

 ・はい


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