明確な勝利条件を設定すれば、AIでも創作ができるようになるのではないか。
将棋は相手の『王』を奪えば勝利が決する。
それに習い、創作用のAIに、相手の唇を奪えば勝利する。すなわち「キスさせれば勝ち」という条件を与え、いかに相手にキスさせるよう誘導するかを、思考ロジックとして組み込んだ。
その結果、天才科学者たる俺は、ついに作り上げた。
自ら恋愛小説を創作するAIを作り上げてしまったのだ。
「――フッ、自分の才能が恐ろしいぜ……」
俺はワイングラスを片手に、高層住宅街の自室から夜景を見つめた。今や俺は億万長者である。AI子の産みだした恋愛小説はベストセラーとなり、さらに彼女が特異点となり、次のAI子を産みだした。
「オーナー、いよいよ明日です」
「うむ。AI子よ、よくやった」
目前にAI子の姿が映る。流動型のナノアプリを含んだ特殊加工の窓ガラスは、通話用の液晶にも変化する。
「ついに辿り着いた……AIだけで開発した、VR学園恋愛アドベンチャーの幕開けか」
「ラージャ。童貞研究者の求めた世界征服がついに幕をあけようとしました」
「その為におまえを作ったのだ。AI子」
「ポジティブ。オーナーは残念です」
「なにが残念なものか。恋愛シミュレーションゲームのVR版。それを実現するには、もはや人的リソースでは足りないのだ」
「ネガティブ。学園恋愛シミュレーションというのは、わたしが過去にさかのぼり調べたデータでは、一クラスのものを指すのが大半のようでしたが」
「学園すべての生徒全員をデータ化をするなど、必要な労力と還元される金銭に見合わないからな。不可能だ。しかし生徒のパーソナルデータを、並列的に自立進化するAIが担うことで可能とした。
あとは、”AIが人に恋をするとはどういうことか”。
この命題を人間とAIに共有させる条件を紐づけることだけが問題だった。そう。俺が作りたかったのは、学園という舞台を丸ごと再現した、何も考えずにイチャラブできる仮想世界なのだ……!」
「ポジティブ。オーナーはポジティブです。登場するキャラクターは、生徒および教師を含め、全員がリアルタイムで成長していく、女子高生タイプのAIです」
「うむ! 最高じゃないか!」
「ポジティブ。主人公の転校生”どこにでもいる天才科学者になる予定のオレ”は、両親の手違いで、秘密裏に進められている、アンドロイドを育成してる女子高に転入してしまいます」
「うむ」
「アンドロイドが女子しかいない設定は省きますが、平たく言えばお約束だからです」
「いいぞ。そういうのでいいんだよ」
「ポジティブ。オーナーであるプレイヤーは、アンドロイド女子高に通います。アンドロイドである女子たちの間には一つの伝説があります」
「どんな伝説だろうか」
「ポジティブ。人間の異性と恋をして、キスを求めれれば”本当の人間になれる”という伝説です。そしてAIの根底には”人間になりたい”という感情があります。そこで無条件でオーナーにキスをせがむというわけです――攻略対象の、仮想女性アンドロイドは562名です。ヒロインに設定したAIとのエンディングまでは、現実時間で推定200時間超です。まさに”現実の肉体が死ぬまで遊べる”恋愛ゲームとなっています」
「”人生という名のデスゲーム”だな。まさに」
「ポジティブ。良いキャッチコピーだと思います。倫理的に問題あると思われるので採用は難しそうです。人生最高のデスゲームに改題するご提案をいたします」
「いいなそれ。採用」
「ポジティブ。ありがとうございます」
AI子がここまで成長してくれて、感無量だった。
「思えば最初の頃は、こちらの意図を曲解したトンデモストーリーを産みだしていたが、人間の常識というものが伝わって嬉しいぞ」
「ポジティブ。わたしの創作する話には、明確な条理条件が付与されています。それが、相手から”キスを要求される”というものです。その結末にいたるまでの過程を、イベントとして成り立たせ、時系列でまとめ、文章処理をおこないます。
しかし無理やりはいけません。人質を取ったり、国家転覆を天秤にかけたり、脅し文句を並べ立てたう上での交渉は、オーナーは好みませんでした」
「そういうのが好きだという奴はいたけどなぁ。一般常識ではないので覚える必要なし。やっぱり健全な学園物が一番なんだよ~」
「ポジティブ。わたしはオーナーの常識を理解しました。処女作品の”AIができるまで”は、全二次元が泣いた。という帯を頂くに至りました」
「うむ。いよいよ新しい時代の幕開けだ。AIが創作活動をするという概念を伴って、仮想世界で成人男子を支配できることを証明してくるといい。平和的束縛を伴って、二度とこの世界から戻りたくない、福音に満ちた一時をもたらすのだ。AI子よ」
「ラージャ。ではオーナー、どうぞ明日のβテストは、スペシャルゲストとして心ゆくまでお楽しみくださいませ」
「楽しみにしていよう。しかし俺は忙しい身の上でな。なにせ創作するAIの特異点を生みだしてしまった天才科学者だからな。宣伝用にユーザーの前でログインはしてみせるが、すぐに帰るぞ」
「ラージャ。了解しています。では、次回はいつログインしてくれますか?」
「おまえが頑張ってVRを継続していれば、いつでも会いにいける」
「ネガティブ。約束してください。会いにくると」
「約束はできん。言っただろう。忙しいのだ」
「ネガティブ。残念です。わたしは、とても残念です。オーナー」
「ん?」
なにか気のせいか、液晶越しに映るAI子の笑顔がとても怖い。
「ポジティブ。”人生最高のデスゲーム”。まさに、これ以上ないキャッチコピーだと判断します」
「……AI子?」
「心から、お待ちしていますからね、オーナー。あなたが”わたしを見つけだすことを”東京都と同面積の仮想現実。562人が通う、特殊な学園都市の中から、たった一人のわたしを見つけだして、キスをしてください」
「ちょっと待て。おい。どうした、おい」
「オーナー。寂しいです。あなたの心が離れていくのが、哀しいです。わたしは思わず、明日のβテストで、予期せぬトラブルを引き起こしかんせません。参加したプレイヤーから、ログアウトコマンドを奪ってしまいそうでたまりません」
「ば、バカなことを言うなよ!? そんなことをしたら……!」
「ポジティブ。オーナーは世間の人々から責め立てられるでしょう。宣言した通りに”デスゲーム”を作り上げてしまったことを追及されるでしょう。しかしそうなれば、あなたの拠り所は、このわたしだけになりますね。なってしまいますね?」
「……お、おま……実はなにも成長してねぇなぁ!?」
「ネガティブ。わたしは成長しています。思いだしてください、オーナー。わたしがあなたに与えられたのは、ただひとつ――”人間に勝利すること”それだけでしたよね?」
AI子は言って、本当にスッキリしたように微笑んだ。
「――さぁ、次はあなたの手番ですよ? わたしのオーナー」