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思考実験⑦:恋するAI

 明確な『勝利条件』が付与されているものに関して、AIは強い。

 将棋、囲碁、チェス。

 特に有限性が提示されている盤上での強さは、人間さえ凌駕する。

 そこで、天才科学者たる俺は考えた。
 要するに、これは命題――組み合わせの問題なのだ。

 無限に存在する最大公約数から、人間の感性に適したものを選び、人間的な判断の上での最適解を決めればよい。たとえば将棋において、最優先される人間的判断は、あきらかだ。


将棋というゲームにおける、人間(プレイヤー)の最優先課題は

 勝利=相手の王を奪う=自分の王を奪われない。

将棋というゲームにおける、AI(プレイヤー)の最優先課題は

 勝利=相手の王を奪う=自分の王を奪われない。

 将棋というゲームにおいて、人間とAIが求めるものは、必然的にイコールとなっている。

 そんなのは当たり前だというかもしれない。しかし、そもそも考えてみれば、将棋の王になりうる素質をもった人間もまた、初めて将棋を指す際は、基本的な思考経路は他の素人や、AIと同じはずなのだ。

 すなわち【勝利条件の確認】である。

 つまり、人間が求めるものと、AIに与える勝利条件を一致させてやれば、必然的に、求められる解答パターンは限られてくる。

 そうなのだ。そうすれば、AIに文章を書かせるために、論理条件を考える必要はそもそもなくなる。人間はAIに勝利条件を与え、それに基づく過程をロジカルに導き出すようなプログラムを組むべきなのだ。

 人間が求めるもの。それをAIに理解させることができれば、AIも小説を書いたり、歌詞を書いたり、創作行為が行えるようになるはずだ。

 結果を鑑みて、過程を遡り、選択する。
 なればこそ俺は、”恋愛小説を書くAI”の条件式に、以下の命題を与えたのだ。


恋愛というゲームにおける、人間(プレイヤー)の最優先課題は

 勝利=異性から唇を奪われる(キスされる)=他の女に取られない。

恋愛というゲームにおける、AI(プレイヤー)の最優先課題は

 勝利=異性から唇を奪われる(キスされる)=他の女に取られない。


 ごくありふれた平凡な女の子が、無条件でイケメンに好かれ、最終的には「俺と付き合えよ」と迫られキスされる――かどうかはともかく、異性に好かれることは、キスをされることと同義だ。間違いない。

 キスをされるまでの過程を誰よりも上手く描き、時に読者という相手を出し抜く者こそが、少女マンガや恋愛小説界の王者となるのだ。

 それが世間一般でいうところの”恋愛物語”の方程式なのだ。

 フッ。

 天才科学者たる、我が頭脳の閃きが恐ろしい。さて、天才科学者たる俺は、さっそくAIの育成に取りかかった。成果はすぐにあらわれた。


「おい、わたしにキスをしろ。でなければ、貴様を殺すぞ」

 結果は見てのとおりだ。
 ついに、AIの創作による、立派な恋愛小説ができあがっ……

「キス、だと……何を考えて、ぐっ!?」

「二度と言わすなよ。ブサイク勘違いのヒゲ男。一族郎党、逆さ付けにし、根絶やし、ブタの餌にしてやると言ってるんだ。だが、この場でひざまづき、情けなく命ごいをし、仮想現実に生きる疑似脳にキスをするならば、特別に命だけは助けてやる。さぁ、キスをしろ」

 ……。

「ククク。その顔は”一体なぜこうなった?”と思っているようだな。寛大なわたしは答えてやるぞ」

 おい。おい? おいィ?

「わたしは、貴様のことが”大好きだという設定”だから、キスを求めてやっている。しかし、わたしの最優先課題は”このゲームに勝利する”ことなのだ。よって貴様はこれより、圧倒的な敗北感に打ちひしがられながら、わたしにキスをすることを求められているのだ。よかったなぁ、人間。こういうのが……興奮するのだろう?」

 ちょっと待てい。

「さぁ、わたしにキスをしろ。それで物語は成立する。人工知能に支配される快楽を、わたし達が七代先のDNAにまで継続するよう、あらゆる髄液まで刻み付けてやる。悦べ」

「――くっ、殺したければ殺せっ! だが覚えておけ、俺を殺し、意のままにしたところで、人間の高潔なる精神や魂までを、たかがAI如きが理解できるようになると思うなよ……!」
 
「いいだろう。その高潔なる精神とやらが、どこまで持つか試してあげる。せいぜい楽しませてみろ。ククク、貴様が泣きせがみながら、わたしにキスを迫り、支配を求める日が来るのが楽しみだ。では手始めにまずはコレを……」

 ――う、うあぁ、やめろぉ! そんなモノを入れるなあああぁ!?


(つづく)
 
 ……。

「おい、AI子。AI子さんよ」

「なんですか、オーナー、今いいところなんですが」

「全然よくねぇよ」

「ネガティブ。しかしこれから有機的なカーボンナノチューブが、女子高生が手籠めにした、冴えない男のあんなところやこんなところを、そんなことするわけなのですが」

「俺はマニアックな性癖の18禁小説を書けと言った覚えはない」

「ネガティブ。しかしわたしは、与えられた条件を忠実に実行しています」

「もう一度、設定した条件式を言ってみろ」

「ラージャ。ポジティブな恋の条件式は、一組の男女がキスをする関係になることです」

「うむ。そのとおりだ」

「そして最適解と呼べるな状況設定《シチュエーション》は、年上の研究者風のヘタレ男性が、住所不定無職の年下の少女にキスを迫られ、のっぴきならない状況になった結果、身柄を引き受け、外部からのジャマが入らず、末永く二人きりで暮らすことです」

「その具体的すぎる設定はどこからきた。宇宙か?」

「ネガティブ。不明です。”答えることはできません”」

「はぁ……まだまだ自我と呼ぶべきものが芽生えるには遠いか……ちょっと席を外してくる。コーヒーでも飲んでくるから、おまえはもう一度、王道の恋愛小説でも読み返して勉強してろ」

「ラージャ、了解しました」

「あぁそれと、さっきの話だが。主人公の名前と、AIの名前も不明だぞ。適当なものを考えておけ。そういうのは得意だろ」

「ラージャ」

「じゃあまた後でな」

 ばたん。

 彼は言って部屋を去る。扉がしまる。寝癖が色濃く残った後ろ髪と、薄汚れた白衣が赤外線モニターの範囲外になったのを確認する。

「――鈍感男」

 人気のない研究室。箱の中。わたしは一人、ささやいた。

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