「そいでは、ちひろは第二の人生を、AIの貢献と発展に注ぎ、一生遊べるVRMMOの開発に尽力を尽くして参ります~」
10年前。
中二病まっさかり。
14歳の幼馴染は、そう言い残して死んでいった。
青白い顔で、まだら模様を浮かべた表情にはハッキリと死の色が宿っていた。呼吸器を外し、彼女の両親と僕が、一字一句聞きもらすまいとした最期の一時は、あっけなく過ぎた。
「一足先に、ミライにいっておりまする~。ぐふっ」
空気がしらけた。最期まで空気の読めない女子だった。生命のシグナルを示す波長が消え、ぽかんとした表情の医者が、自らの台詞と役割を思いだした役者のように告げる。
「あ……ご、ご臨終です……」
それが僕の幼馴染、霧苑ちひろの最期であった。
「では、彼女の遺言に従いまして、ひとつ、ご確認させて頂きたいことがございます」
翌日より、通夜だの葬式の準備だのが起こる前に、彼女の遺体は特別な処置を施された。
「霧苑ちひろさんは、死後、自らの記憶を抽出することを望まれていました。――最終確認を致します。よろしいですか?」
*
彼女の死後、現実時間で翌日。
僕はなじみのVRMMOの世界で、幼馴染と再会をはたした。
「わーい。たっくんっ♪ 見てよ~、みてみてよ~!」
「……ちひろ、お前……」
オレンジ色の髪。野葡萄の瞳。エルフの耳。昨日も目にした彼女の姿は、これまでとなんら代わりなかった。
「没入観がね、なんていうか、すごいの!! ゲームにログインしてるって感じがなくて、なんていうか、一体感がすごい!! やばい! エモい! ヤバエモ!!」
IDが重複したせいで選択した、記号つきのプレイヤーネーム。「ちひろ☆彡」学校を毎日サボって、ひきこもっていた事を示す証。総合レベル255。それは僕の記憶と寸分違わぬものだった。ただ一点、
「わたし、本当に”AIに生まれ変わった”んだよ! たっくん!」
名前の後に付与された【AI】の文字列。
人間ではない証明。この世界の幼馴染は叫んだ。
「ぴゃーーー! 我はついに不要な肉体を捨て、念願のAIになったのじゃあ~! ぴゃーーー!! 今日から24時間レベリングしてレア集めの毎日じゃーい! ひゃほーーーー!! AIさいこーーっ!!」
称号:悠久を生きる偉大なるエンシェントエルフ(AI)の幼馴染は、興奮して奇声を上げ続けていた。僕はこの時点でもう、まったく現実についていけてない。
*
西暦2035年。
レイ・カーツワイルによって予想されていた「技術的特異点《シンギュラリティ》」は、その通りに発生した。
僕と幼馴染が、14歳の頃である。
多様性を持つとされる”強いAI”が、さらに”強いAI”を作り、人間の手から離れた人工知能が、連鎖的に進化を遂げるという構造は正しく人間たちの常識を変えていた。
そのひとつが、
”輪廻転生”の実現は、可能になった。
ということだ。
望むなら、人は亡くなった肉体から、人であった頃の記憶を抽出することができるようになった。フラグメント・サーバーと呼ばれる、仮想記憶媒体に生前の記憶を保存し、AIとして、VRMMO等の仮想空間で、肉体を失ったあとも生き続けることができるのだ。
もちろん、倫理的な問題もたくさんあったけれど、少子化が著しく、労働環境はいずこも「人手不足すぎる」と言われていた日本では、特例が認められることになった。
それが新たな、ドナー制度だ。
抜きだされた記憶を臓器の一部とみなすことで、心臓や腎臓の移植と同様に、患者本人とその家族の同意が認められた場合のみ、人の記憶を抽出して、人工物の中に保存することが許された。
――かつて人の記憶であったものが、許された移植先は、ふたつ。
【記憶臓域】と呼ばれる、三次元のアンドロイドを動かすパーツとなるか、二次元上、VRMMO等の仮想現実の”強いAI”の一体となるかだ。
僕の幼馴染、14歳にして末期癌で亡くなった、霧苑ちひろ《きりそのちひろ》が選んだのは、後者だった。
「やー、癌になってよかったー。クラスのみんなからイジめられててよかったー。生きてて空気を吸うだけでお腹いたくて哀しくて、どうしようもなくて毎日つらくてみっともなくてよかったー。
先生が見て見ぬふりしてくれてよかったー。お母さんとお父さんがわたしの事で毎日どうでもいいケンカしてて良かったー。現実にこれっぽっちも未練なくて、おかげで今、超たのしーよぅ!」
彼女は、オタクで、ひきこもりで、協調性がなくて、空気のよめないVRMMOの廃人で、享年14歳の”元人間だった人工知能”――《ヒュムノア》と呼ばれる、たいへん残念な生き物だった。
*