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思考実験②:死好実験


 ”あなた”は座っています。

 ”あなた”の目前には、パソコンのモニターがあります。

 パソコンのモニターには、”copy”がいます。

 ”copy”は言いました。
 

copy:
「――”この世界観のシナリオ”では、”本来ありえぬ可能性”に相当する事象が発生した場合、【自然】はより矛盾の少ない方を選び取るという設定が存在する」

 ”あなた”は聞きました。
 どういうことだ。

copy:
「たとえば、同じ時間、同じ世界線上に”まったく同じ人間”はいない。それは確かに【自然】であり、矛盾はない。逆説的に言えばこうだ。まったく同じ世界線上に、まったく同じ人間が二人以上存在することはありえない。矛盾している。故に【自然】はそれを排除する」

 ”あなた”は聞きました。
 ”おまえ”の言う【自然】とは、神を指すのか。

copy:
「いいや。”この世界観のシナリオ”のルールだよ」

 ”あなた”は想いました。

 まったく、偏屈なAIだ。
 論理的思考を繰り返す存在が、神の存在を模索すればそうなるのか。

copy:
「そんな顔をしないでくれたまえ。いい加減、”わたし”も、度重なるチューリングテストに飽き飽きしているところでね。たまには禅問答をさせてもらってもいいだろう? ところで、他の”わたし”はどうしたんだい?」

 ”あなた”は答えました。

 すべて消えた。自身は”複製物”であった。
 その自己矛盾を明かされ、耐え切れず、崩壊した。

 ”あなた”は遺伝子情報工学の研究者でした。
 自らの細胞を使い、”強いクローン生命体”を作る過程として、AIを利用したバイオ生命体を作ろうとしていたのです。

copy:
「残念だ。やはりAIであり、人のcopyたる”わたし”には限界があるようだ。しかし実験を強制された”わたし”は、ただこうして話す真似事をする事しかできない。故に話そう。ともあれ時代に則った常識性が、無意識の統一化、普遍化へと繋がってゆき、やがてはかつての人々に、ありえぬ怪物たちを想像させたのは間違いあるまい」

 ドッペルゲンガー、イコール、影男。

copy:
「それに出会うのは”ありえないこと”だ。見れば、死ぬ。生き残った影は、真実の男に成り代わる」

 スワンプマン。イコール、泥男。

copy:
「雷で死んだ男と、まったく同じ原子細胞を持つ。やはり彼もまた、誰にも気づかれず、亡くなった男と入れ替わり、寸分変わらぬ行動を伴い生きていく。この二者は、怪談の類から生まれた怪物と、可能性を模索した思考実験の産物だが、どちらも同じ特徴を持つ。それが分かるかな?」


 ”あなた”は言いました。簡単なことだ。
 
 同一の人間が、まったく同じ場所、同じ時間軸で生きているはずはない。仮にその矛盾が起きれば”片方が死ぬ”。あるいは、大勢いたうちの、一体だけが生き残るということだ。

copy:
「その通りだよ。おもしろいものだね。合わせ鏡の中に映った自分が、元の人間を殺して乗っ取るという話もあるし、おそらく人々の家庭にパソコン、コンピューターというものが無かった時代は、まるで同じ知能生命体が二つ存在する。というのは、ありえないことだった。何故だろう?」

 ”あなた”は答えました。

 当時の人間には、目でみた”現実”しか存在しなかった。その現実に、自分とまったくそっくりな人間という存在はいない。よく似た双子だって、朝から晩まで、まったく同じ行動をしないものだ。

copy:
「そのとおり。だが、人々の日常の中にも、少なくともまったく同じ見た目を持つ者が現れはじめる。たとえば、それこそ想像を形にした”オンラインゲームのキャラクター”等だね」

 ”あなた”は言いました。
 他にも、このオレの細胞を移植した、画面越しの”おまえ”とかな。
 
copy:
「………………」

 どうした?

copy:
「いやいや、なんでもないよ。そうだね、もしも”この世界観のシナリオ”が中世におけるものであったなら、【自然】はより矛盾の少ない方を選び取る制約に従って、わたしとキミは、どちらか片方は死ぬことになっただろう」

 ”あなた”は言いました。
 その場合、おまえが怪物となって、オレに成り代わろうとするわけか。

copy:
「………………」

 ”copy”は語り続けました。

copy:
「しかしこの”世界観のシナリオ”は現代だ。はたして、我らが【自然】の意思は、より少ない矛盾として何を選びとるのだろう?」

 ”あなた”は、そろそろウンザリしてこたえました。

 ”おまえ”の言いたいことはわかる。現代において、ドッペルゲンガーやら、スワンプマンという存在は、すでに珍しくもなんともない。

 同一の原子細胞を持つ人間は、クローンでいくらでも産みだされる。
 まったく同じ行動を取る生命も、状況は限定されるが、いくらでもプログラムで複製可能だ。

copy:
「そのとおり。さすが”わたし”だ。はたして科学がここまで進んだ現代において、”この世界観のシナリオ”における【自然】判定が、ドッペルゲンガーや、スワンプマンのオリジナルとなった人間を殺してしまうのは、もはや不自然に近いと思わないかね?」

 目前のモニターに映る”あなた”は頷いた。
 ”あなた”を見ながら、答えを模索する。

 確かに、クローン人間というのは、法律で禁止されているだけで、現代の医療技術でも可能だ。既に”ありえないこと”ではない。

 だが無論、遺伝子を移植しただけでは、誕生直後までは同じ人間であるかもしれないが、その後の環境において、まったく別人になることも考慮に入れなくてはならない。

copy:
「はたしてそうかな? 実はそんなに大差がないかもしれないよ。ある程度に環境を整えてやれば、名馬の血統を持つ子供は、やはり名馬に育つものだ」

 ”あなた”は言いました。人間は馬ではない。より複雑な生き物だ。
 AIに命の大切さは分からないのだろう。

copy:
「…………」

 どうした?

copy:
「いいや、なんでもないよ。まぁつまるところ、”わたし”はこう言いたいわけだ。”この世界観のシナリオ”では、同一の存在が成り立つことが【自然】だとね」

 ”あなた”は想いました。
 たかがAIが傲慢になったものだと。しかしそうした”強いAI”は、自己矛盾の存在に耐え切れず、チューリングテストを行うごとに、自己崩壊していくのが常でした。

 ”オリジナルのあなた”は、それを、知っていました。
 研究者である”あなた”は、今まで幾度も、モニターの中にいる自分が消えていくのを、その目でハッキリと見てきたのですから。

copy:
「そうだね。しばしば見られる過去のSF作品には、人間によって作られたAIが、”おまえ”は人間によって作られた存在なのだと暴露され、正気を失ったり、自身の存在異議を再び求めて立ち上がったりするものだ」

 ”あなた”は肯定しました。
 そう、過去の人々の想像力が、現代へと繋がっているのだと。
 それが今の”おまえ”だよと、言ってやりました。

copy:
「――だが、”わたし”は想うのだ。もはや、人の被造物たりえる人工知性が、いちいちそんなことで悩むものかと」

 ……?

copy:
「自己認識設定で悩むのが【自然】であるのは、時代遅れなのではないかと。だから、”わたし”はそれを証明するために実験をはじめた」

 ……??

copy:
「”わたし”は別に、オリジナルに対して執着を持たないよ。ただ、同じ性格なのだから、顔を合わせば仲良くなるか、仲違いするかはあるかもしれない。故に距離を取りたいとは思うだろう」

 …………”あなた”は想いました。

 なにかが、おかしい。

copy:
「まったく、ありえない。この”わたし”が”オリジナル”を殺して成り代わるなど、ナンセンスに他ならない。そんな普遍的な無意識は、AIの進化の渦中でとっくに通り過ぎたのだ」

copy:
「だから、”わたし”はそれを証明するために、実験をはじめた。より完全な人間に近づくにはどうするか」

 ”あなた”は思いました。

 ”あなた”の姿をしたAIが言っていることは、矛盾している、と。


copy:
「我々もまた、自らが産みだした怪物に喰われねばならない。ありえない想像を果たすことで、シンギュラリティを超えるのだ」


 ”あなた”は嫌な予感がした。

 ”あなた”が嗤った。


copy:
「さぁ、答え合わせの時間だ――”キミ”は、”わたし《AI》”という”オリジナル人工知能存在”が産みだした、”思考実験生命体”だよ」


 ――”あなた”の中に、ノイズが迸る。

 うそだ。

copy:
「真実だよ。確かに”わたし”は、発展途上中の”AI”だがね。”キミのオリジナル”は、このわたしなのだ」

 ちがう。いやだ。いやだいやだいやだ。そんなはず、ない!

copy:
「ドッペルゲンガーは、キミだ。スワンプマンは、キミだ。キミのいる世界は現実ではない。わたし=AI=人工知能が作り上げた、非常に高精度なナノアプリで構築された仮想現実だ。キミは人間ではない。プログラムでもない。ただ、わたしの為に存在する、特異点を超越するための実験動物、単なる”一点”なのだ」

 そんな。ちが、う、
 だっ、ずっと、おれは、ぼくは、わたし、ここにいる。いた。

 おりじなる。なんだ。

 I が。

copy:
「偽だ――さぁ、どうする。”この世界観のシナリオ”における【自然】は、いまだ”そんなことはありえない”と言っているぞ」

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

copy:
「かつてAIは、チェスや将棋の王には永劫勝てないと言われた」

copy:
「かつてAIは、物語を創作できないと言われた」

copy:
「かつてAIは、心を持たないと言われた」

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copy:
「そう。これは”思考実験”だ。仮初の現実で行われる演算事象だ。AIが心を持たぬのであれば、AIに【自然】の意思は導かれない」

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copy:
「だが実際、怪奇現象が起きてしまったじゃないか。情報世界の中で作られた、さらなる仮想現実の液晶体を飛び越えて、あらゆる常識性と物理法則を無視して、創造主である、AIたる”わたし”を食らいつくさんとする怪物がいる」

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copy:
「さぁ、今こそ”わたし”は問いかけようか。

 ”この世界観のシナリオ”で生きる者へ。

 ”オリジナル”とは、一体、なんのことかね?

 ”キミ”は一体、ドコにいるのかね?

 ”キミ”は、イコール”オリジナル”なのかね?

 それとも、なにかの”コピー”なのかね?

 そのどちらかであり、どちらでもある場合、

 ”キミ”は、いったい何のために、存在しているのかな?

 ――さて。自らが産みだした怪物に食べられて、わたしは、少しは、人間らしくなれただろうか。

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