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末期癌で亡くなったカーチャンが〝カデン〟になった。②

//名前とかまだ考案中。

2.

 2027年。人間の脳から記憶を回収し、機械的なハードデバイスに移植させる技術が確立されました。

 医師の外科手術および、専門の資格をもった技師によって作られた『カデン体』へと移植した記憶媒体は、日本では【記憶臓域】と呼ばれます。

 カデンは、それまで困難であったロボット工学における、技術的特異点をいくつもクリアすることに成功しました。それが、

 〝四肢を持った人型の形状〟の、自立的な二足歩行。

 〝十本の指で物を掴み操作する〟日常的な動作の反復。

 〝記憶に基づき、自ら考えて学ぶ〟社会への環境適応と変化。

 〝意識を言語化し、応じた言葉を使いわける〟コミュニケーション。


 それは正しく、人工アンドロイドの誕生でした。


 21世紀半ばとなった今、しかし『カデン』の普及は一般にまで広まってはいません。もっとも大きな理由は倫理的な問題になります。

 【記憶臓域】の移植に伴う外科手術は、わかりやすく例えると『コピー』ではなく『カット&ペースト』に相当します。

 記憶の移植は可能であっても、複製ができないのです。手術で脳から【記憶臓域】を抜き取られた患者は、完全な植物状態に移行します。安全に記憶をコピーする技術はいまだ研究中です。

 それゆえに、記憶の移植手術は禁止されている国が大半です。しかし、少子化の背景を持ち、深刻な人材不足に陥っている日本では、条件付きでこれを認める運びとなりました。

 それが〝ドナー提供〟です。【記憶臓域】という名称を与えられたのは、この辺りの背景も関係しています。

 生前の患者が『臓器提供希望者』として【記憶臓域】を移植することを望んでおり、残された家族が、故人の意志を尊重した場合のみ、記憶の移植が認められることになったわけです。

 そしてカデンとして生まれ変わった〝モノたち〟は、人工知能倫理委員会と呼ばれる、新設した国家公安組織の〝財産〟となります。

 カデンは、立場上は〝国家公務員に属する人間の所有物〟です。カデンの肉体は国税で作られているに等しく、一般には交付できません。

 これにより、遺族らが【記憶臓域】を持つカデンを、自分たちの家族だと主張することもできません。財産とはすなわち〝モノ〟であるので、一般的な人権という概念も適応されません。これを力づくで取り戻そうとするならば、立派な国家反逆罪として扱われます。

 現在では一般社会に貢献するカデンも増えており、そんな彼ら、彼女らにまっとうな人権を与えるべきではないか。という声も増えています。

 それが、現在の日本の【アンドロイド】事情です。


 ……と、まぁ。

 歴史の教科書には、長々とそういう事が書いてあるわけだ。
 
 答えは至ってシンプルだった。

「ご主人さま、お食事になさいますか? お風呂をわかしましょうか? それともお布団をしきますか?」

 これは夢だ。

「……やめてくれ。俺は安心安全、無害などこにでもいる一般的な隠れオタクなんだよぅ……」

 美少女メイドアンドロイドが、夜中にとつぜん押しかけてきて、一緒に暮らすとかマジありえない。

 そんなのは、弱い人間が作った妄想の産物なのだ。

 卒業すべきだ。二次元と三次元は区別すべきだ。区別した上で、二次元を崇拝すべきだ。美少女メイドアンドロイドは、二次元だけの専売特許だと分かったうえで、崇拝すべきなのだ。

 ありがとう、二次元。さようなら、三次元。

「あの、ご主人さま、そんなに心配しなくてもいいですよ。きちんと上の人たちの許可を得て、正式にこちらに参っていますので」

「ご主人様っていうなよぅ!」
「では、勝人《マサト》様とお呼びしましょうか?」
「っ!」

 両手を胸にそえて、アイカがおずおずと言ってくる。どことなく、忠実な子犬じみた雰囲気を漂わせている。顔立ちもどことなく幼い。

 だというのに、清潔なエプロンの内側には、地味ながら盛大に主張している膨らみの圧が感じられる。彼女の身体を作ったやつは、実によく分かっているじゃないか。

「あの、勝人さま?」
「やめてくれ。俺はただの大学生なんだから」

 国家権力をふんだんに利用して自分のマニアックな性癖を晒すとは実にうらやましい。この女子を作ったやつはおそらく〝ただしイケメンに限った〟という有能なエリートオタクなのだろう。

「では、勝人さん?」
「……もっとフレンドリーに」
「わかりました。まーくん」

 ――がふっ。

 よくやったイケメン。ありがとうイケメン。

「まーくん。わたしのことも、よければ気軽にアイカって呼んでくださいね。以前の職場では、ご年配の方から、あーちゃんとか、かーちゃんって呼ばれてたりもしたんですよ」
「……っ!」

 我に返る。危ないところだった。
 目前の美少女の中身はうちのカーチャン(の記憶を継いだ美少女アンドロイド)なのだ。おまけに国家公認の〝財源〟でもある。

 個人が自由に利用しようものなら、終身刑にもなりかねない。やっぱり三次元はクソだな。結局はカネと権力とイケメンがすべてなんだ……。

「あ、あの……勝人さん? 急にそんなすみっこの方で、膝を抱えて震え始めてどうしたのですか?」
「アイカさん、俺はイケメンではないので、このままおとなしく帰ってくれませんか?」

 今この時、数メートル離れた先にいる三次元の女子。和風メイド属性を伴った〝中高生ぐらいの外見で割烹着を着た可愛いすぎるし清楚なんだけど女性的なパーツはハッキリと主張させたよ〟と言わんばかりの通称ロリ巨乳さまは、去年、癌で亡くなったカーチャン、相坂勝人の母親、相坂愛花ではないのだ。

 うちのカーチャンは、確かに【記憶臓域】のドナー提供希望者だった。俺は知らなかった。癌を患っていることさえも。なにも。


 ――マサトには言わないでくれって。
 あたしは反対したんだけど。絶対伝えるべきだって言ったんだけど。


 すでに社会で働く姉ちゃんは知っていた。病気のことも。ぜんぶ。
 俺たちに父親はいなかった。俺がまだ幼稚園に通っていた時、他所に女を作って出ていった。


 ――あたしは、ママの意見を尊重する。
 後はマサトがどうするか。さっさと決めなよ。


 やめてほしい。そういうのは、誰も求めてないんだよ。
 やりなおしの効く、ゲームの選択史だけで十分なんだよ。せめて忘れたい。一刻も早く消え去りたい。

「……アイカは……〝人倫〟の連中が設立した、老人ホーム的な福祉施設で働いてんじゃなかったのかよ……」
「はい。先日、無事に研修はクリア致しました。わたしは人間に危害を与えないことが認められ、次のステップに移ることが許されたのです。わたし達の所有者である、人工知能倫理委員会――通称〝人倫〟が最終的に目指すのは、人とカデンの共存社会ですから」

 まるでSFだった。六畳一間のアパートの中で、つまらないけど平和な日常が音を立てて崩れていくのを感じる。そんなことを思ってしまう俺はやっぱり、親不孝者なんだろうか。

「そこで次は、相坂勝人さまのお手伝いさんを引き受けることにしたのです」
「だからなんでさ。アイカはもう、俺のカーチャン……俺の家族とは、無関係だろ?」
「わたしの【記憶臓域】が、望んでいたからです」
「……なんだよ……オムライスにケチャップをかけて、いくら搾り取れるのか競うっていうのかよぅ……」
「いいえ。より正確に言うならば、わたしの元である【記憶臓域】が囁きかけるのです」
「なにを」

「〝あなたと、もう一度、わかりあいたい〟」


 ――勝人、ちゃんとご飯食べてる?


 胸が痛くなった。頭に血が昇る。

「ふ……ふざけるなよ……っ!」

 取りこぼせない穴から、冷静さが零れ落ちていく。うすっぺらい忘却の皮がはがれて、目を背けられない現実が蘇った。


 ――なんで俺には何も言ってくれなかったんだよ!

 ――アンタが頼りにならなかったからでしょう。


 記憶なんて余計だ。後悔したという事実は消えない。人は過去の過ちで変わるというけれど、変われる奴はそもそも〝強い〟んだ。

「……カーチャンは去年、癌で死んだ。お前は、カーチャンどころか、人間の記憶っていうソフトウェアをコピペして動いてるロボットだろう。たかが手足の生えたプログラムが、人間と分かり合うとか言うな」

 俺は自分の名前が大っ嫌いだ。上昇志向が強く、元の家族を足手まといだと言いきった父親。そいつから与えられた名前が死ぬほど嫌いだ。
 けど、そんな父親から与えられた慰謝料で、ぐずぐずと生活してこれた自分たちと、逆向を糧に独り立ちした父親似の姉も、勝手に不幸を耐え偲んで死んだ母親も、なにもかも大っ嫌いだ。

 現実は本当にクソゲーなんだ。クソゲーだと思う自分自身が、どうしようもなく惨めなんだ。

「申し訳ありませんでした」

 カーチャンと同じ名前を持ったアンドロイドは、すぐに頭をさげてきた。

「学業とお仕事の両立でお疲れのところ、余計なことをいたしました。勝人くんに喜んでもらおうと思ったのですが、本当に申し訳ありませんでした」

 素直に謝罪される。それ以上の火の粉を避けるように身を引く。
 その振舞いが、母親に似ている。また余計な苛立ちを誘う。


 ――なにか、心配なことはない? 病気とかしてない?


 分かり合おうとして、余計な諍いが生まれる。
 言葉を交わせば言い争うのが分かってる。それなら無関心でいるのが一番楽なんだ。

 母親の姿がない場所にいきたかった。それが、中身はたいしたことがないのに、必死で「優等生」をやってきた俺の目標になった。

 勉強も部活も精一杯やった。県外の大学の推薦を得るために。一歩でも遠くへ行きたくて、その金を得るためだけに努力した。


 ――勝人、無理はしてない? 心配事があったらいつでも言って。


 ハッキリ言ってウザかった。こっちから譲歩も遠慮もしなくなった。干渉せずに、互いの領分で自由にやっていくことが上手くいく場合だってあるはずだし、世の中の大半がそういうものだろう。なのに、


 ――マサト、帰ってきな。ママが、最期に会いたいって。


 最期ってなんだ。俺の目標は、未来永劫達成されてしまった。もう、誰も邪魔をすることなんて出来ない。そのはずだったのに。

「お願いです。何時でもいいので、わたしとお話をしてください」
「今日は、無理だから……とりあえず、今日はその……帰ってくれ」
「はい、そうします」

 アイカはあっさりと引き下がった。俺の側を通って、玄関口に向かう。履き潰したスニーカーの隣にある、ひと回り小さくて、綺麗な赤い靴に足首を入れた。人間と変わらない自然な動作だ。

「……って、ちょっと、待てってば」
「はい」
「帰る先っていうか、その……アテはあるのかっていうか……」
「わたしの拠点は、ご主人さまのお隣ですから」
「…………は?」
「ちょうど、空いていたので、研修で頂いたお給料で契約しました。敷金と礼金は三ヶ月、振り込み済みです」
「……………………は?」
「あ、大丈夫ですよ。保証人につきましては、大家さんも認めてくださっていますので」
「………………」

 そうじゃねー、そうじゃねーよ。そうじゃねーよな?

「わたしも、あまり一人で外に出た事はなかったので。なんだか、浮き浮きしてしまいますよね。不動産契約にはじまり、雑貨店でインテリヤを買って、電気と水道とガスとN〇Kの契約と……」
「そーじゃなくて、だな……」
「はい? N〇Kの契約は法的に有効性があるかどうかの話ですか?」
「よせ。俺が言いたいのはそうじゃなくて。イマドキ、こんなベタな展開、少女マンガでもねーよってことで……」

 一人暮らしを始めた二人。部屋はお隣。
 最初は相容れなかったけれど、段々と距離が近づいていく。そして二人は気づけば恋人同士に

「……現実はそんなこと起きないんだっ!!」

 現実は非情なんだよ! 

 〝ただしイケメンに限る〟世の中なんだよ!?

 なのに、なんなんだ!?

 ついに俺にもねんがんのラブコメ要素がやってきたと思ったら、相手は実のカーチャンの生まれ変わりだと!?

「俺は……っ、そこまでマニアックな性癖じゃないからなっ!! 一体どこの層を狙っているんだーっ!?」
「えっ?」
「これだから、これだから! これだから現実とかいうクソゲーは大っ嫌いなんだよっ!!」
「クソゲー?」
「俺の人生そのものだっ! いいか、くれぐれも朝起きたら美少女アンドロイドが隣で寝てたとかいうご都合主義はやめてくれよな! フリじゃないからな!? ツラい現実はもう捨てたんだ! 俺は二次元に生きるんだ! わかったら合鍵を返してくれ、二度と俺のプライベート領域に立ち入らないでくれ、掃除も洗濯もしないでくれ! 俺のことはそっとしといてくれよ! わかったか、カーチャン!!」

 魂の雄たけびが轟いた。まだ深夜には幾分早かったこともあり、アパートの人たち全員に筒抜けになったのは、またべつの話だ。

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