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/("人間ってそんなものね");
1.
ワンルームの部屋が綺麗に片付いていた。
玄関先から床が見える。散らばった物を蹴り飛ばさなくても、足を踏み出すことができる。なんてことだ。今朝、脱ぎ散らかしたままだった衣類の気配が跡形もない。その下に隠れていた18禁ゲームの空箱の角をうっかり踏んで、悶絶する心配がなくなってしまった。
あの無意味なスリルが、俺に一人暮らしをしているのだという実感をもたらせてくれるというのに。いや、そんなことは今はどうでもいい。
――どこへ消えたのだ。俺の衣服とエロゲーはどこへ行った……?
探す場所など限られている。すぐに見つかった。
エロゲーは本棚の最上段に並んでいた。
大学で購入した参考書や辞書の間に、エロゲーがきっちりと隙間なく混じっている。木を隠すなら森の中とはいうが、そのような意図がまったく見えない。
現代社会論考、地元民俗の流通学という、偉そうな題名が並ぶ本の隣に「君と今すぐえっちがしたいの!」「ポンコツ幼馴染とハートフルな日常を」「ステルス性、暗黒属性持ちの彼女と付き合う冴えたやり方」とか書かれたパッケージが並ぶ。タイトルのインパクトが強すぎて、参考書の方が居心地が悪そうだ。
「だ、誰なんだ? 一体どこの誰が、俺の部屋を勝手に掃除したというんだ……というか、どうやってこの部屋に侵入した? リア友は少なく、彼女もいなくて、合鍵なんて……実家に一本送っていたぐらいだぞ……」
大学生になったら、彼女ができるに違いない。できたら当然、イチャラブする為にも、合鍵は必要だよな! という思考の帰結の元で不要となってしまったので、てきとうに実家に送ったのが去年の暮れ。
そんなコミュニティが限定された俺の家に、一体、誰が。
最寄りの駅から30分という不便さの代わり、家賃は安くて西日もあたり、防音も割としっかりしていて、同じ階の住人さんも特に変な奴はいない。上昇志向も意識も低い、大学2年生にして既に授業には顔をださず、バイト通いに全力を費やし、休みの日はエロゲー三昧という、清く正しい自堕落なオタクと化したこの俺のパライソに無断で踏みいったのはどこの何方か。
――がたんごとん、がたんごとん。がたがた、がたん。
ベランダから音がした。それと、
~♪
かすかに、鼻歌のようなものが聞こえる。いや、実際に口ずさんで歌っているのか。
ともあれ、そこにいるのか。
――精神的アサシンが。俺の家のベランダにいる。
部屋を勝手に片付け、ゴミを出し、足の踏み場を作り、ゴミかどうか迷ったのであろうエロゲーの空箱を本棚に並べ、布団を箪笥に片付け、あまつさえ、俺のいろいろな物体が染みついたであろう下着やシャツの類(洗剤を買い忘れたので適当に放置していた。二日ぐらい)を、ゴミと判断せず、遠慮なく洗濯をかけ、たぶん風呂場とトイレも掃除してくださったであろうありがたい存在がいる。だが――
そんなことを頼んだ覚えは、一切ないっ!
貴様っ、姿を現せっ。そう叫びたい衝動が込み上げた時、
カシャン。
「っ! はわわ……!」
金属製の突っ張り棒に、ハンガーをかけたらしい音が聞こえた。いやぁ~、びっくりした。だってほら、相手不法侵入してるからね。怖い人だったらね。ほらね、穏便にお帰り頂けると嬉しいなあってね。
サンダルがコンクリの床を踏み、網戸に手を添える気配が続く。レースのカーテンの向こう側、俺よりも小さな、華奢な少女のシルエットが浮かんだ。
「あら」
少女が振り返る。〝お手伝いさん〟の服装をしていた。いったい何時の時代から飛び出してきたのかと思える、白い割烹着に三角巾だ。
部屋に一歩踏み込んだ。前髪をわけ、可愛らしさと美しさを携えた相貌が俺を認めた。唇が動く。
――あら、帰ってたの。裕也。
音になる前に、先に、どこか懐かしい気配が伝わってきた。
「おかえりなさいませ。お久しぶりですね、ご主人さま」
「…………」
少女がにっこり微笑む。普段から三次元の女子と交流をもたない俺は、それだけで心臓がとびあがるようにすくんだ。そんな気恥ずかしさと同時に、どこからともなくやってきた感情が、俺に、とある言葉を呟かせていた。
「か、カーチャン……?」
そう。彼女は半年前に末期癌で亡くなった、俺の、
「はい。わたくしは、貴女のお母さまの記憶を継承した、在宅支援型のプロトタイプ・アンドロイド、アイユと申します」
カーチャンの、生まれ変わりだった。
(つづく?)