• エッセイ・ノンフィクション
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(後)


 私のお婆ちゃんが「猫になる方が幸せだ」と繰り返したように。
 彼のご両親もまた「年頃の子供らしく遊ぶべきだ」と言ったのだ。

 ――でも、分かる。

「それでもお店の手伝いをすることを選んだんでしょう?」

 よく分かってるじゃないか。そんな風に彼は笑った。
 距離が近くなるのを感じていく。

「……俺が高校2年の時、地元のテレビ局の取材があったんだ。そこで親父の店が取り上げられた」
「グルメリポーター的な人が、美味しーっていうアレですか」
「そう。けどお世辞とかでなくて、本当に気にいってくれてさ。それからも買いに来てくれたんだ。職場のお土産とかにも使ってくれて、そっから紆余曲折あって商売の伝手が広がった感じ」
「お父さんのケーキ、本当に美味しいですもんね」
「俺は苦手だけどな。まぁ、とにかく俺の書いたポップ、イラストもついでに目をかけてくれたわけだ。その人の伝手もあって、高校を卒業した後の就職先が決まった」
「そっか。繋がっているんですね」
「そう。繋がっている。ぜんぶがぜんぶ、良いものってわけじゃないし……その中には……」

 彼が言葉を詰まらせる。ほんの一瞬だっだけど、確かな、とても心苦しそうな表情を見せた。心がざわつく。私の魂が悟る。だけど黙って続きを聞くことにした。

「時には厄介なものにもなるんだけど。一本切っちまうと、その後ろにいる人たちとも関係が切れてしまうみたいに思えてさ。……代わりに新しい糸を紡ぐというか、繋がりを持つのは、慎重にしようって思ってるわけだ」

 彼が私を見る。誠実ながら、曖昧な大人の顔で微笑んだ。窓からこもれる夏の日差しはゆっくりと茜色を増していく。

「君が好意を向けてくれるのは、正直言って嬉しい」
「……あ」
「けど、君はまだ学生だし、何者にだってなれる。さっき言った繋がりというのも、望めばいくらだってできる。だから余計なお節介だと承知の上で言うよ。時には少しだけでも、遠回りする事を考えてみるといい」

 彼は生真面目に言った。

「俺は君よりも年上だから、気が長いんだ。待つことにも慣れている」
「……それって……」

 受け止めてくれるのだと思った。でも、

「君が変わらないのであれば、俺はそれまで待とう。だけど、変わるのであれば、その変化を応援したい」

 一足先に夜がやってくる。心臓がべつの意味で締め付けられた。
 私が享受した同種の孤独を、彼もまたその身に宿していた。

「俺はね、結局のところ、自分が一番大事なんだよ。他人との関係を切りにくいのは、つまり、自分がどうすれば〝やりたい様にやれるか〟ということなんだ」

 むしろ溝を深めるように、子供に言って聞かせるように続けた。

「俺は甘いものが苦手だ。店を継ぐ気にはなれず、大学に進学せず就職した。でも就職した先で体調を崩してしまった。当時は恋人もいたけどね、フリーになった時に別れたよ」
「……どんな人だったんですか?」
「地元テレビ局のアナウンサー。甘いものが好きで、君みたいに明るく笑う人だった。でも、俺がその相手にまったく合わせようとしなかったのがいけなかったんだ」

 彼は暗に言っていた。〝自分も不器用なのだ〟と。

「俺は日曜になると人が変わるんだ。もし今日が日曜で、君が同じように、この家に訪れていたら、俺は君を殴りとばしていたかもしれない。ためらいなく、君との関係性を切っていた」

 自分は〝ひとでなし〟なのだと。相手の気持ちをわかっていて、それでも最後は自分を優先する。過去の恋人はそれに耐えきれず去っていった。

「休みの日に一切相手をしないとか、薄情だと思うだろう、普通は」
「…………」
「だから、少し面倒な遠回りをしてでも、長続きするものを探した方が良いんだよ。それが〝幸せ〟の条件だと思うんだ」
「…………」

 彼は確かに不器用だった。誠実さを伴った一言一句は、それまでずっと相容れなかった〝日曜日も人間であり続ける人たち〟の当たり前、認識の差を、はてしなく埋めてくれるものだった。

「――なにも知らないのは、おたがい様ですよね」

 彼は確かに後悔はしていない。だけど自分に失望しているのだ。


 〝自分に好意を持つ者を、等しく不幸にしてしまう〟


 肉体と心の乖離。現実と理想の違い。


 〝それだけはどうにもならないのだ〟

 
 絶望と諦観。
 ただ彷徨う。自らが人として生きられる毎日を探してる。

 おかしかった。

 なんだ〝私と何も変わらない〟んじゃないか。

「ねぇ」
「なんだい?」
「今度の土曜日、お暇ですか」

 繋がりのない言葉を浮かべる。彼は困惑した表情を浮かべる。にっこりと微笑む。内心の不安が見えませんようにと祈りを込めて想いを告げた。

「今度の土曜日、私とデートしてください」
「……は?」
「それで決めてください。私と繋がるか、それとも繋がりを断ち切るのか。その時に断られたら、二度と貴方の元へは現れませんから」
「ちょっと待て」
「待ちません」

 機織りの鶴の気持ち。おとぎ話と違うのは、手先が器用かそうでないか。本当の自分を晒していく事を、前提としているかどうか。

「ぜったいに、好きって言わせてみせますから」

 日曜日、黒猫になった頃。持て余した退屈を慰めるように読んだ昔話には、共通していた項目があった。常々思っていたのだ。

「覚悟しててくださいね。旦那さん」

 ――昔話には、覚悟がたりないよね。と。


(了) 



 *

 少し前、童話の挿絵を描く仕事がきた。

 『シンデレラ』の絵本。依頼が来たときは驚いたし、俺でいいのかと思ったが、スケジュール的に断る理由は無かったので受諾した。

 特に内容に改変はなく、誰もが知っている『シンデレラ』の話だった。

 24時が来れば魔法が解けて、プリンセスから普通の女中に戻ってしまう。けれど、脱げてしまったガラスの靴を手に入れた王子は、その足にぴたりとあてはまる女性を見つけて、彼女がシンデレラだと確信する。

 そして二人は結ばれ、幸せにくらしました。という話だ。


 さて。実際に仕事をしてみて思ったが、なにか、すごく身近なところに似た様な話が転がっていたような気がするな。と思った。

「……すぴー、にゃ……ふにゃにゃ……」

 尾が二股に分かれた嫁を見て、あ、コレじゃん。と思った。

 シンデレラといえば、某ディズニーの影響もあってか、水色のウエディングドレスのイメージがある。

 しかしうちのシンデレラ(営業職・年齢不詳)は、まっくろである。いやべつに、性格がまっくろというわけではなく、むしろ単純で色がな――なんでもない。俺の嫁さんは素直で素敵な女性です。

「すぴゃー」

 現在は俺の仕事場の片隅に陣取り、ほどよく冷房のあたる場所で寝ていた。そこには「かまくら」タイプの猫ちぐらがあり、内部には毛布と化したカシミヤのマフラーが敷かれている。さらに衝撃吸収用のクッションを巻いたスマホが枕と化していた。

 この光景を見れば、何も知らない人々は、俺王子はどんだけ猫を可愛がっているのかと思うだろう。これが嫁です。枕にしているスマホは、起きている間はスマホゲームが起動しています。スマホのガチャに回す金も含めて、食費は嫁の方がかかっています。

 などと言えば、貴様とんだ猫狂いだな。と思われるに違いない。

「嫁さん、仕事終わったよ」
「…………にゃ~?」
「冷房消して、部屋移動して飯食うからな。適当に起きろよ」
「にゃー」

 声をかけると、翡翠色の目を瞬きした嫁さんが、のびを始めた。そして前足で、ぺちぺちとスマホを叩く。

「にゃあにゃあ」
「はいはい。持っていけばいいんだろ」
「にゃん♪」

 スマホ以上の物を持てない姫は、俺王子に荷を持たせ、カシミヤ製のベッドを後にして、さっさと歩きだした。

 廊下にでる。少し埃が目立つなと思った。

「明日は掃除機かけるかな」
「にゃ~ん」
「嫁さん、たまには平日に掃除してくんない?」
「にゃーん!」

 なんですって。という感じで憤る。

「にゃあにゃあにゃあ!」

 毎日忙しく、意地悪な上司にこき使われ、クレーム対応に明け暮れる日々に追われる私に家の掃除まで求めるなんて。

 ――と言っているかは定かでないが、露骨に嫌がっていた。

「掃除を手伝ってくれたら、弁当におかずが一品増えるぞ」
「にゃあ~ん……」

 それは迷う。わたくし迷ってしまいますわ。という感じの鳴き声。しかし最終的に、おかず一品追加に心が揺り動かされたのか、にゃん! とやる気に満ちた声をだした。

「偉い偉い。うちの嫁さんは頼れるなー」
「にゃあ~ん♪」

 褒めると素直に喜ぶ。輝かしくはないけれど、それなりにおだやかな日々が今日も過ぎていく。

 うちの場合、おとぎ話とは違った。押しかけてきた姫君(手先が不器用)が、なんだかそのまま最後まで勢いだけで押し切ったという感じだったのだが――彼女の場合は、存外それで上手くいくのだろう。

「嫁さん」
「にゃ?」
「明日も頑張っていこうな。主に仕事とかを」
「……んにゃあああおおおぅぅ…………!」
 
 そしてうちの妃は、仕事に関することを言われると、すげぇ嫌そうな声で鳴くのだった。闇落ちしている。あの頃の純粋無垢な彼女はもういな――――なんでもない。俺の嫁さんは素直で素敵な女性です。

(了)

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