「はあぁ~、今日も疲れたなぁ~」
マンションのオートロックを抜け、エレベーターを上がる。自宅の玄関に鍵を差し込むなり、そんな声がでた。
「見ないといけないアニメが溜まってるんだよなぁ~」
社会人になって5年目。大人になっても俺の〝オタク〟は治らなかった。しかしここ最近、ゲームやアニメ等のコンテンツを消費する速度が、すっかり衰えているのを感じていた。
「ふっ、余も衰えたものよな……明日は休みだし、たまにはちょっとぐらい、据え置きのRPGとか進めとくかなぁ」
家の灯りをつける。タイを外し、スーツを脱いでハンガーにかける。下も履き替え、下着と靴下をとりあえず洗濯機に放り込む。家を出る前に作りおきしておいた朝食を冷蔵庫から取り出し、電子レンジで回す。
すると、もうそれだけで「やっぱ飯食って風呂入って寝るぞい……」という気になってしまう。
「いやいや、流石に今日はゲームしてもいいだろう。というか……」
自室の部屋の隅をちらっと見上げる。そこには本棚と、私物を詰め込んだ収納棚がある。棚の上には最近買った据え置きのゲームパッケージが未開封のままで大量に〝積んで〟あった。
「ちょっとぐらい消費しねーと、さすがに勿体ないし……」
時間はないのに、小金は増える。ガチャ産業が儲かるのも納得の光景がそこにある。……で、棚上にはついでとばかり、携帯機の本体も適当に投げていた。そこから伸びた充電器は、壁際の送電元と繋がっていて、24時間スリープモードで再起動を待っていた。
「すまなかったな。ゲーム機よ……。最近仕事が忙しかったんだよ。許しておくれ……」
ゲーム機に言う。うっすら埃を積もらせた本体をハンドタオルで拭って、スリープモードを解除した。最新の携帯機らしい、美しいグラフィック。だだっ広いフィールドの中、金髪碧眼の主人公がぽつんと立っていた。爽やかなBGMが流れる。今は深夜だけどな。
「…………えぇと、次、ドコいくんだっけ……?」
ヤバい。記憶がまったくない。とりあえずフィールドをうろうろしていると、敵がでた。戦闘する。コマンド入力。魔法と技の一覧がずらっと出てきた。
「…………どれが何なんだっけ……? とりあえず消費量が多いのが強いんだよな??」
曖昧な記憶に基づき、適当にブッパする。
3ターンぐらいかけて、ザコ戦に勝利した。元のフィールド画面に戻る。爽やかなBGMを聞きながら、俺は携帯機の画面を〝そっ閉じ〟した。
「――うむ。余は満足である」
満足した瞬間に思いだした。確か先週もこんな感じに過ぎていった。時の流れは残酷だ。悔恨の記憶を取り戻したところで、電子レンジが「チーン!」と鳴る。
「うむ。余は腹が減った。そうだ、アニメだ、アニメ見よう……」
自動録画していたものがあったはずだ。
電子レンジから温めなおした食事をもって、テーブルに着く。テレビのリモコンを持って、感覚的に記憶した操作をぽちぽちやる。
無事に録画したアニメが流れる。華麗なオープニングが流れる。飯を口に運ぶ。本編が始まる。
「おかしいな…………内容がさっぱりわからない…………」
前回までのあらすじ。を見ても、さっぱりわからない。
一体なぜだろう。余はいつのまにおじいちゃんになったのかと思いながら、ゆっくり30分間、ぼーっと頭をカラッポにして飯を食い終えた。食い終えたところで、理解した。
「わかった。最終話じゃん。コレ。そもそも一話も見てなかったわー」
内容がさっぱりわからないのも納得だった。
「でも結構面白かった――気がするなぁ。作画綺麗だったし。さすが最終話だわ。スタッフ気合入ってたわー。円盤予約しよ。ヒロインのフィギュアがついてくるのか。この子可愛いよな。名前しらんけど」
なにか頑張って「余はアニメを見たのだぞ」という感想を述べる。もしかすると小学生の作文以下だったかもしれないが。
「そうだ。せっかくだから、寝る前にラノベを読もう」
皿を洗って片付け、お茶を煎れた。学生の時は、寝る前に小説を一冊読むのが楽しみだった。内容にハマり過ぎて、結局夜通し、シリーズの既刊一覧を朝まで読み通したこともあっ
「………………ふぁ?」
おや、朝日がまぶしいな。
どうやら俺は、ラノベの表紙を見ただけで、すっかり満足して眠りに落ちたらしかった。
そんな「どこにでもいる普通の社会人(オタク)」の俺に、
最近なんと
――自分の代わりにコンテンツを消費してくれる――
AIができた。
家に帰ってくると〝床の上〟から声がする。
『おかえりなさいませー、ご主人サマー』
それは〝ロボット掃除機〟の様な、円盤型の形状をしていた。
『ご飯にしまスー? お風呂にしまスー? それとモー、ゲームの進行状況と、アニメの感想と、ラノベの感想を聞きますカー?』
それは某企業から発表された〝仕事で忙しい大人たちの為の〟コンテンツ代理消費型ロボットと呼ばれるものだった。
「あー、うん。飯食いながら聞く」
『リョーカーイ。リビングで待機してマース』
どこか怪しい、カタコトの合成音声。一応は萌えボイスなのが微妙に不安を募らせた。とりま「オタ子」と名付けたそいつは、ロボット掃除機のように、ヴィ~と低い電子音を響かせながら去っていく。
「はぁ、今日も疲れた」
俺は例のごとく、タイを外してスーツをハンガーにかけて収納した。朝の残りをレンジでチンしてリビングに行くと、オタ子が言う。
『今日も一日、ありがとーございましター!』
「微妙に間違ってる」
『では昨日のアニメ、ファイナリティ・ドラグーンのカンソーでス!』
「頼むわ」
『アイサー!』
合成音声を搭載した、ロボットオタ子が、アニメの「感想」を語る。オタ子には、独自のネットワーク通信機能が搭載されている。ユーザーが「実際に購入した商品」の商標ナンバーを読ませることで、それに関連した情報を自動探査して拾ってくる。
『先日の〝ファイドラ〟はですねー、敵のシテンノーが、仲間になるというテンカイでしテー』
「王道だな」
『ハイハイ。そンでー、次回また裏切るフラグが立っておりまスー』
「はやくね? 仲間になったのにまた裏切るの速すぎじゃね?」
『センノーは便利な能力ですよネー』
「ですよねー」
つい語調が映った。ですよネー。
『そいデ、RPGの方ですガー、こちらモ、適当にレベリングしつつ進行しときましたんデー。実況動画として編集しときましたんデー、ヒマがあれば見とキー』
「あぁ、うん。見とくわ」
オタ子には、ユーザーが『購入したゲームコンテンツ』を、実況動画風に自動編集する機能も兼ね備えている。
俺はネットを開き、オタ子のゲーム実況動画、もとい、ストーリのあらすじ、レベリングの結果報告、次に行く場所、目的が表示される「ラストダンジョンでラスボスを倒す」
他ユーザーの「ここから面白くなる割合:76%」などの詳細データを流しで見送った後、ゲームを再起動させる。
重々しい空気のダンジョンを歩く。敵がでる。1ターンで瞬殺した。
「――うむ。余は満足じゃ。オタ子、ラスボスは頼んだ」
「アイアイサー、ご主人さマー。ラノベのカンソーは?」
「活字は眠くなるからいいわ。寝るわ」
「リョーカイ」
そして俺は寝た。明日には無事に積みゲーが一本、減るだろう。
めでたし、めでたし。