• エッセイ・ノンフィクション
  • 二次創作

持田さん(仮)の話。


 私の名前は、持田智子という。

 現在は、某ゲーム会社で働いている。

 最初は受付嬢として働き、お客様を出迎えたり、事務管理の帳簿にも記入などをしていた。

 私は元々、ゲームというものをやったことがなかった。

 現在だとスマホで「アプリゲーム」をしている女性も割と見かけるが、当時の私は「ゲーム興味ない系女子」だった。その他大勢と同じく、ゲームといえば、トランプやオセロという認識だった。

 そんな私が某ゲーム会社に入社したのに深い理由はない。率直に言って、単に仕事条件と待遇が良かった。まぁまぁマシだったというだけの話だ。

 開発内部の人たちは、ゲーム発売が近くなると、いろいろと忙しくなるようだが、基本的に受付嬢の私たちは、定時過ぎには帰社できていた。

 そんなある日のことだ。

 開発現場の人が、私たちの下にゲームを持ってきた。

「あのさ~、コレ新作なんだけど、今テストプレイしてもらえる人間を探してるんだよねぇ。実は前作がクッソ難しいって評判悪かったから、今回は内容をかなり簡単にしたんだよ。で、君たちって普段からゲームはする方だったりする?」

 他二名は、ちょっとだけなら。と返答した。
 普段から「まったくやらない」と応えたのは、私だけだった。

 その差は大きかった。他二名はゲーム機を渡されたら、「決定ボタンはAボタン、キャンセルはBボタン」ということを知っていた。ゲームを普段遊ぶなら、基礎知識というか、共通の認識があるのに対して、私はその程度の知識すら無かったのだ。

「ははぁ、なるほど。ENTERキーに該当するのが、本体の右側の方にある丸いボタンなんですね。キャンセルキーの隣って、誤操作が起きやすいのではないですか?」
「そうだね。実際、ゲームに誤操作はつきものだと思う。ただ、前作はユーザーインタフェース的なボタン配置も問題があって。レビューだとそこも指摘されていて改善を――まぁそれはともかく、持田さん? 本当にゲームやったことないんだね」
「えぇ、まったく」
「じゃあ、この敵(モンスター)倒せるかやってみて?」
「……はぁ」

 とりあえず言われるがままにやってみる。「攻撃」の欄をENTERキー……ではなく、Aボタンを押して決定してみると「カオスドラゴン」という名前のモンスター? に指定される。

 もう一度Aボタンを押した。するとまた「攻撃」「防御」「道具」だのの欄が表示される。キャンセルキーを押した覚えはない。この時点でゲーム機を虚空へ向けて投げ捨てたいと思った。

「わけがわかりません」
「次のキャラクターの決定権に移ったんだよ。ほら、よく見てよ。画面の中に5人いるでしょ」
「なるほど。つまり同じ操作を5回繰り返すわけですか」
「そうそう。持田さん、本当にゲームやったことないんだね」
「だから、そう言ってるじゃないですか」

 開発者の小馬鹿にしたような態度に、私は怒りを覚えた。しかしそやつの名札をチラ見すると、なにやら小難しいカタカナで「そこそこえらい」っぽい立場が記されている。ぐっと堪えた。
 
 ちなみに他二名の画面では、すでに戦闘が開始されているらしい。「セイヤアアーッ!」という、やたら渋い親父の掛け声と「えいっ☆ くりむぞんふぁいあー☆」なる音声が同時に聞こえてきた。この二人を同時に相手にするカオスドラゴンも大変だ。仕事ですから。

「……では続けまして、攻撃、防御、攻撃、防御」
「なんで二人を防御させたの!?」
「え? いや、なにか貧弱そうな杖を握っていたし、女の子だったので、防御させたのですが」
「魔法使わせてやってよ! 攻めていいんだよ!」
「明確な指示があるなら、最初から言ってくださると助かります」
「いや……うん……そうか、持田さん本当にゲームやったことないんだなぁ。っか~、ドヘタクソはわけもわからず防御すんのかー、そいつは想定側だよ流石にさぁ」
「攻撃」
「がは!?」

 しまった。つい。

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