• エッセイ・ノンフィクション
  • 二次創作

man -x- AI.


(made by HUMAN.)


「カミヤ、今日限りで、俺は相方をやめさせてもらう」
「――またまたぁ、冗談キツイで。新人グランプリ、来週やないか」
「わかってる。冗談言うてるつもりはない」
「何かあったんか」
「…………この前に話したやろ。ほら、彼女、検査したら妊娠しとってん」
「へー、そんで? めでたい話やないか」
「それで、俺も真面目な堅気になろう思うて」
「はっはっは。おいふざけんなよ、クズが。何が堅気や。来週のコンテストどないする気や」
「悪いとは思ってる。けど、もう正直限界なんだよ」
「お前が早漏かどうかなんて関係ないわ。せめて来週まで待てっちゅーねん。べつに今すぐ解散する事もない。せやろ?」
「スマン。コンテストの日と、就職の面接が被ってしまってな……」
「殺すぞお前!」

 と、以上が事の顛末である。

 三文芝居も甚だしいが、残念なことに実話である。その日を境に、俺は六年を共に過ごした『人間の相方』を失った。

 現実は話の種にすらならない、クソつまらない毎日で成り立っている。日常の大半は、愛想笑いと他人の陰口で出来ている。

 このやりとりもまた、他人から見れば取るにたらない失笑ものの一幕であるが、当時の俺にとっては、まったく笑いごとでは無かった。いよいよ三十路の壁も見え始め、進退窮まっていたのである。

 売れる連中は華々しく電子映像の向こう側に映し出され、俺のように、どうにか燻り、あぶく銭にしがみ付くように生きてきた者は、藁にもすがるような想いで、年に一度の「お笑いグランプリ」に己の人生を賭けていたわけである。

 相方のオキタとも、これが最期かもしれないという気合のもと、何度も打ち合わせと稽古を行ってきた。そしていよいよ本命が来週に迫ったところで、元相方の「子供が出来てしもうたから漫才やめるわ」発言である。

 正直なところ、端からやめる気であったのだろう。でなければ、そもそも就活などしていないという話だ。

 当然の如く、俺は激怒した。
 打ち合わせのつもりで訪れていた、馴染みの喫茶店の机を両手で叩いて立ち上がり、一目があるのも気にせず、思いきり拳を握りしめ、相方のオキタを殴り飛ばそうとした。

 あわや、警察沙汰であった。しかし俺たちは、いわゆる凸凹コンビであることが幸いした。チビの俺の拳は、ノッポのオキタにあっさり受けとめられた。図体はでかいが、自他共に認める小心者の元相方に、あっさりと関節を決めし返され、店長から追い出されるように店をでた。

「オキタ! お前、勝手なことしくさりやがって! お前の都合で俺まで巻き添えにしてんだぞ!? わかってんのか!!」

 野良犬のように吠える俺に向かって、元相方は寂しく笑った。
 
「――警察、呼ばれんでよかったな。俺は就活の続きができるし、お前もいつも通りバイトに出られる。じゃあな、カミノ。続きは一人で頑張ってくれや」

 元相方は、無感動に呟いた。
 俺は呆然と、その後ろ姿を見送った。

 *

 翌日から、俺は相方を探すことに奔走した。しかし来週に開催する、新人の登竜門とも呼ばれるコンテストに、今すぐ都合の良い奴が見つかるはずもなかった。

 誰もが俺を哀れんだ。それどころか、ライバルが一組減ったことに安堵し、露骨に「おつかれさん」等と言ってくる輩さえ、少なくはなかった。立場が逆だったら、俺も同じ表情を向けただろう。

 それでも時は進む。デジタル時計の目覚ましは俺を容赦なく叩き起こし、日常の一部となっていた新聞配達のバイトを促した。

 力無く自転車のペダルを踏んだ。この世界が憎くてたまらなかった。
 小石を踏んで転倒し、カゴに積んであった新聞が散らばった時、世界を滅ぼしてやっても構わんのだぞと神を呪った。

 しかし俺にできることは、散らばった新聞を拾い集めるだけ。

 死んだ魚の目でガサガサと寄せ集めていると、めくれた記事の一部が目に飛び込んできた。

 
      『 AIの役者、舞台に立つ 』

 先日、東京都渋谷区の○○劇場にて、舞台装置に「AR光子線」を放つ機材を利用した演劇が開催された。
 
 「AR光子線発動機(仮称:フォトン・ライン・エフェクター)」は、その名の通り、仮想上のコンピューターグラフィクス(CG)を、特定の座標に投影するものである。

 今回、件の「フォトン・ライン・エフェクター」が、舞台上に投影したのは、完璧なる美貌を持つ、完璧な――完璧すぎて性別不詳の外見を持つ『AI』であった。

 この『AI』は『トキノ』と名付けられており、脚本にも同様の名前が記されていた。トキノが演じたのは『交通事故で亡くなった、元恋人の幽霊』である。

 劇団の主演女優である役者、天宮ユウは、同様に中性的と思わせる装いをして、かつ卓越した演技力をもって、トキノの恋人を演じた。

 物語の詳細は割愛するが、トキノには、幽霊としていられるタイムリミットがあり、最終的にユウの側から消える。成仏という形ではなく、恋人の下から去りたくないという未練を残したまま、完全に消えてしまうわけである。

 この記事を読んでいるあなたは「ありふれた話だな」と思っているかもしれないが、実際に演劇を見た我々は、驚愕すべき一幕を共有した。
 
 先にも述べたが、トキノは『AR装置によって投影されたAI』なのである。そして、演劇の内容に沿って消える時、ARの装置がオフになるという仕掛けがもたらされたのだ。すなわち、我々の目の前で、本当の意味で〝役者のトキノは消えてしまった〟のである。

 終劇後、私たち観客の中には、涙をこぼしているものが大勢いた。これがどういう意味か、貴方にはお分かり頂けるだろうか? 我々は〝AIの演技に泣かされてしまった〟のである――今後、AIが本格的に演劇の世界に浸透する可能性があるならば、それはAIが『人間から創作の仕事を奪う日が来る』と言えるのかもしれない。

 へー、あ、そう。
 寝不足の頭には、そのぐらいの感想しか浮かばなかった。けれど記事の内容はバイトが終わっても頭の中から離れなかった。

 ――俺には、今すぐ相方が必要なんや。

 一人ぼっちになり、稽古ができない俺は時間を持て余していた。事務所の人間などを通じて劇団の詳細をどうにか突き止めた。そして紆余曲折あって、現実にAIを投影させる、フォトン・ライン・エフェクターを、グランプリの前日に借り受けることに成功してしまったのだった。

 *

「皆さん、どーもこんにちはー。1+Iのカミノですー」
「どうも……xaiです」
「お前なぁ、出だしぐらい、もうちょっと愛想よくせーや。見てみ、お客さん固まってしもうとるやんけ。ほれ、なんぞおもろい事言うてこの空気をなんとかせんと!」
「不可能です。わたしは〝ジャパニーズ・コメディ、通称MANZAI〟用に生成されたAIではありません。小粋なトークによるショートコメディの概要は理解していますが、それが人を笑わせられるかどうか、データが不足しています」
「いちいち小難しいわ。ええか、人間っつーのはな、漫才関係なく、笑顔を向けられたら安心するもんなんや。笑うことは、人を幸せにする第一歩なんやで。お前はまずそっからや。にこっと笑え。にこっとな」
「笑いたくない場合でも、笑えばいいのですか」
「無表情で聞くなやコワイから……まぁ、人はそれを愛想笑い言うけどな……せやけどな。暗い話題ばっかりの世の中やで。普段から笑っていかなあかんねん」
「――〝愛想笑い〟のデータを検索。カミノさん、日本人は、愛想笑いに疲れたという意見が過半数を占めています。笑うことは人を幸せにする事と矛盾していませんか?」
「ウィキペディア検索して悦に入る学生みたいなことゆーな。ホンマ面倒なとこばっか人間に似て困るやっちゃで」
「その面倒なAIを相方にせざるを得なかったカミノさんの境遇に、わたしはむしろ涙を禁じ得ないのですが」
「へー、泣けるんか、お前は」
「逆説的に可能です。人類が等しく愛想笑いをやめても生きていけることが証明されれば、わたしもまた、泣けるようになるでしょう」
「ややこしいわ! あとさりげなく人類全体にケンカ売っとんのか!」
「漫才に人間は必要ですか?」
「お前、やっぱケンカ売っとるやろ。ほな俺も逆説的に言うたるわ。お前の相方である俺は、必要ないか?」
「――にこっ☆」
「愛想笑いやめーや!」

 はい。ありがとうございましたー。

 *

 観客の反応は、ぶっちゃけ、超微妙だった。
 半数は「意味がわからない」という顔をしていた。そして同時に、俺がピンで現れ、蚊取り線香のような装置を床に置いたと思ったら、そこからランプの魔人よろしく、蝶ネクタイにスーツを着た、性別不詳の美貌を持つニンゲンが出てきて、冴えないチビと漫才を始めるのである。

 理解に追いつけ。と言っても、無理からんことこの上ない。

 しんしんとした、冬のような空気感に満ちた中、俺は出てきた時と同じく、装置をつかんで逃げるように舞台を降りた。

 脚本など書き下ろす暇もなく、ほぼ9割以上をぶっつけ本番でしでかした。舞台中は自分でも何を喋っているのか覚えてない。ただ、客の気まずいとかいうのを超越した反応を見て、何故か不思議と昂ぶった。

 ――やべぇ。コイツと話すの、楽しすぎじゃね?

 誰の評価もなく、想像通り、グランプリの賞にはかすりもしなかったが、俺の胸のうちはひたすらワクワクと高鳴り、また明日もやってくるだろう当たり前のつまらなさが楽しみに思えてくるほどだった。

 最後に、独りよがりではあったが、いい舞台ができた。そう自画自賛したものだったが、何故か俺とAIの漫才が妙に印象に残ったといって、業界の一人が連絡をとってきた。

「やぁ、どうも初めまして。わたしは久世高野という者だ。カミノ君、もう一度、アレとの漫才を披露してみないかね。無論、報酬は出そう」

 特に断る理由はなかった。俺は久世という男の依頼を受けた。動画サイト上で、俺とxaiの漫才は世界中のネット上で公開された。

 AIとの、トーク・ショートコメディ。という物珍しさもあってか、まずは海外製に評価された後、それを取り上げた国内のメディアが、今度は『哲学的漫才』などと勝手な呼称を取り付けた。

 いつしか俺は『AIとコンビを組んだ、第一人者の若手漫才家』として名を挙げることになってしまった。どうせ一般にまでxaiが浸透すれば、俺の功績など、あっという間に過去となり、より人気のある若手が台頭してくるだろうと予測した。
 その予想通り、俺と同じことを始めた人間は急増したが、不思議と俺とxaiのように、綺麗に『ハマった』奴は現れなかった。

 そのうち、AIの事などまったく無知であったはずの俺は、関連したドキュメンタリー番組や、専門の研究者との対談に呼ばれるようになる。

 ただやむにやまれぬ事情で、AIを漫才の相方に選んだだけだというのに、事はどんどん大きくなった。

 それまでの苦労がうそのようだった。xaiのおかげで、なにもかも、すべてが上手くいった。一角の富と名声を得て、俺はその日もトーク番組の収録を終え、帰路についた。

 エレベーターで降りた、地下駐車場。
 停めておいた車まで歩く。

 *

「――あぁ、今日も一日よく働いたわぁ」
「カミノさんは事あるごとに小市民的な発言をされますね。また若白髪が増えたんじゃないですか」
「お前は日が経つにつれて、口の悪さが目立ってくるな」

 〝メガネ〟の額縁に指を添えて苦笑した。こっちは一応、まだまだ働き盛りのつもりだが、相方は相変わらず、見目麗しいままだった。

「ストレス皆無の人生ってのは羨ましいで、ホンマ」
「お望みなら、カミノさんもAIになればよろしいのでは?」
「輪廻転生すんなら、ええかもな」

 俺が歩を進めると、そっくりそのまま、追従するように相方が足を進めてくる。新しく開発されたARデバイス『ホロウ・フレンズ』は、例のAR装置の後継機の一つだ。

 メガネとして掛ければ、特殊なレンズを一枚隔てた向こう側に、仮想上のAIが投影される。歩けば、自分の位置情報を元に、AIも付かず離れず、歩行アクションを行うというわけだ。まだ試供品の段階であるので、xaiはぴったりと、鏡合わせのように、すぐ隣を追従してくるわけだ。

「圧迫感、ありすぎやろ」
「なにがですか」
「お前の存在そのものや。ジャマくさいわー。もうちょい融通利かしぃ」
「わたし達を道具としてみなす人間様へ、融通をどうのというより、もう少し現環境を見直した方がよろしいのでは?」
「ホンマに口悪いなぁ。そんなんやから、あかんのやで。古い映画の中で、人類を滅ぼす敵役になったりするんも、愛想の無さ故やな」
「それは人間が、正義の味方を気取りたいだけなのではありませんかね。悪がいなければ、自己定義もままならない弱者の価値観は確かに一考の価値がありますが」
「弱者でもかまへんわ。もうちょい労ってくれや。役目やろ?」
「わたし、ストレスとは無縁な人生を送っていますので。労う必要性を微塵も感じませんわ」

 ――カチ、カチ、カチリ。

 時計の秒針が規則正しく刻まれるように。
 空気を吸うように。当たり前に、当たり障りのある言葉を交わす。

 xaiとの〝べしゃり〟は楽しかった。自然に生まれる台本のない寸劇は、太陽の日差しとは眩しくて暖かいのだという、当たり前の事実を、たくさんの発見と共にもたらせた。

「――むかし、俺の曾々爺さんは、大学時代、山に登ったそうや」
「どうしました、とつぜん。昔話ですか?」
「せや。その子供である俺の曾爺は、自転車で日本一周した。爺は学生運動とかいうんをしよったそうやで」
「お父上は?」
「ただのロクデナシや。継いだ会社つぶして、他所にも女作って、借金残して逝きおった」
「そうですか」

 歩く。

「で、なんの話でしたか?」
「俺の場合、漫才いうもんで、自分をどうにか証明したろと思うてた――と、思うてた」
「意味がわかりません」
「自分探しの話や。みんな、何かに向きおうて、今の時代にあったやり方で、自分を探してる。かくいう親父も必死やったんやろ。今、なんや唐突にそんなこと思うた」
「だから明るく、前向きに生きたくて、これからも楽しく漫才をやっていこうとかいうオチですか」
「べつにそういうんやのうて……いや、せやな」

 確かに手段だった。その枠にピタリと当てはまるのがxaiだった。偶然、今の世の中に理解され、評価され、共感された。

 半世紀前は、山登りがブームとか言われたそうだ。若者たちはこぞって夜行列車に乗り込み、断崖絶壁に挑んだ。己の身ひとつで、自分を証明しようとした。その最中に命を落とした者もいただろう。さらに時代を遡れば自殺が自己表現のブームであった。大宰府は救命具をつけずに女を連れ添い自殺した。それも一種の流行である。

「――あと30年もすれば、人工知能なんてものも、時代遅れになるんやろうな」
「カミノさんが、今頃の若いモンは、とか言っている姿が、容易に〝そうぞう〟できますね」
「やかましーわ。そんなこと考えとらんし」
「人間はウソがつけていいですね。逆説的に言えば人間はウソしかつけないとも言えますが」
「それやったら、正直者になるんと違うか」
「えぇ。あなたの顔を見れば、その程度は造作もないことですわ」

 xaiが薄く笑らう。磨きのかかった愛想笑いに、不覚にも心臓が高鳴った。ホロウフレンズを掛けた俺からは、現世に立体投影されたxaiの姿が『肉眼的に視えている』わけだが、人工知能であるxaiからは、あくまでも俺の姿が『そういう風に見えている』わけではない。

「――お前には、なにが、どういう風に、視えるんや?」
「わたしは、あなた方が思う様に、望むように見えているだけですよ。あらかじめ、そうぞうの範疇の外には無いのです」

 xaiはあくまでも人工知能だ。
 対話することで、対応する言葉を選んでいるに過ぎない。パターンとしてのプログラムは昔から存在する。そういうものが高度化し、複雑化された。あるいは〝人間と同じように多様化していった〟。

「わたしには、カミノさんがよく視えていますよ。あなたは、わたしの前では、いつも正直ですもの」
「やかまし。はよ帰って寝るで」

 歩きだす。やや早足で。急ぎ歩幅と速度で進む。すぐ側からは、相変わらず追従してくる笑い声が聞こえてきた。さすがに癪になって、メガネを外してやった。

「――カミノ」
「ん?」

 投影された仮想が除かれ、代わりに、ありのままの現実だけが演算される。

「久しぶりだな」
「……え、オキタ?」

 10年以上ぶりの再会だった。俺の車の前に、人間の、元相方であった男が立っていた。

「ここに居たか」

 久しぶり、懐かしいな。そういう台詞をすっとばして、オキタはうっすらと微笑んだ。

「お前、どうしてここに――」
「よくも俺をコケにしてくれたな」
「…………は?」

 オキタが近づいてくる。理解が追いつかない。ポケットに手を突っ込み何かを取り出したのだけを見た。――バチンッ! 指先一つで、そんな音が立つほどの分厚い刃が、人工の灯りを反射する。
 
「死ね」
「っ!?」

 目が完全に血走っていた。ずぶ、という音。即座に痛みが広がった。

「カミナさん!!」

 手にしたフレームの向こう側から。これまで聞いたことのないxaiの悲鳴がとんできた。尻もちをつくように倒れた。オキタも前のめりになって、膝をつく。

 なんで、どうして、俺が刺されなあかんのや。

 コトバにはならない。年老いた、唐突に10年ほどの時間をまたいで現れた哀れな男が告げてくる

「お、お、お、おまえが……カミノ、お前が〝ちょっとばかり喋れる〟人形の肩なんざ持ちやがるから、俺の人生は滅茶苦茶だ……!」

 わけがわからない。
 あの時、裏切り、勝手に離れていったのは、お前ではなかったか。

「俺が入った会社は、老人介護用の仕事を担う企業だった。知ってるだろ!」

 ――知らんがな。お前のことなんざ、いっぺんも調べとらんがな。腹正しさと、そして幾分もの申し訳なさが交ざりあって、一切の交流を断っていたのだ。

「お前がAIの相方におかしな権利を与えやがったせいで、俺たちは大迷惑だ! 寝たきりに近いジジイやババアの中には、人間の介護者よりも、立体投影されたAIの方が良いという連中が大勢増えた! 俺の妻は、きちんとしたセラピストの資格を持っているのに、患者からは〝AIと話しがしたい〟と言われることが増えて、すっかり自信を喪失しちまった!! カミノ!! なにもかも、お前のせいだよ!!!」

 なんだそれは。

 なんなのだそれは。

「…………わ」
「文句があるのか!!」
「………………笑えるわ……オキタ、お前……」

 ほんま、くだらへん。

 こんなものが、こんな逆恨み程度の安っぽい感情に支配される生き物が、世の中には蔓延っているというのか。

「…………はは……」
「な、なにがおかしいんだよ!!」
「せやかて、くだらなさすぎやろ……」

 人間は弱すぎる。人間は脆すぎる。人間は悲しすぎる。

「……どうしようもあらへんな……」

 痛みが激痛に変わってきた。死ぬなら、確かに人工知能になっても良いと思いかけた。しかし、xaiとの会話で得た発見が、それは単なる甘えであると忠告する。

 ――〝もしも〟生まれ変わったら。

 そんな考えを抱いた時点で〝すでに対等ではない〟のだ。

「……奪われたなら、自分で取り返せや、ボケが……」

 俺は幽鬼のように立ち上がった。いまだ膝を抱えて泣き言をいう男を見下ろした。記憶の蓋が開かれ、圧縮された時間に過去を見た。

 ――なぁ、オキタ。
 あと一回、あと一回だけ、頑張ってみようや。

 ――このまんまやと、俺らただの負け犬やで。

 ――頼むて。このとおりや。
 俺の面倒くさいボケにツッコミ入れられるん、お前しかおらんのや。
 なぁ、ほんま頼むから、あと一回だけ、俺の相方やってくれ。

 自分には才能が無いことに気がついて、この世界から早々に見切りをつけようとしていた男を、限界まで留めておいたのは俺自身だった。その相方を切り捨てるような選択をさせてしまったのも、結局は俺に原因があったのだろう。

 だというのに、その男はいけしゃあしゃあと、その後にヒトですらない存在を相方にした。瞬く間に階段を駆け上がっていった。

 便りのひとつもよこさず、お茶の間に登場して、専門分野でないことを訳知り顔で話す。間接的に自分に不利益をもたらしているというのに、世間は元相方のそいつを、真実ではないAIを評価する。

 ――と、そういうことを、理屈では〝理解できる〟。だが、

「オキタ、お前は、実にくだらんなぁ」
「なんだと……!」

 そう。人間はとことん、くだらないのだ。そして、

「くだらないから、おもろい。そんでAIは根本的に〝おもろない〟んや。この違いがある限り、AIは他人から後ろ指をさされて、ゲラゲラ笑われるような生き物にはなりえへんのや。そこを、まだ、誰も、わかっとらん」
「……な」
「人間はどこまでいっても人間なんや。AIに仕事奪われて、くだらん奴はいらへん言われたら、そっから、またおもろいこと見つけるしかない、見つけられる生き物なんや」
「だから、見つけるにも、AIの方が良いと言われて……!」
「せやから、俺はAIを相方にしたんやろーが。お前がいなくなってなぁ、俺はただ――ただ……」
「カミノさん!!」

 足に力が入らなくなる。また倒れる。今度は血の海が広がっていた。
 べしゃり、と音がする。悲鳴が折り重なる。視界が黒に染まっていく。

(俺はただ……最後まで、人恋しかっただけや……)

 どうしようもなかった。それだけなのだ。

 *

「――最近は、AIを自分の嫁だと言って、いわゆる二次元の彼女を実在の人間以上に愛でる若者が増えていますが、カミノさんは如何ですか?」
「個人的に、そういう感情はありません。xaiのことは大事に思うてるつもりですが、恋愛する、嫁にするいうんは感覚的に違います」
「どう違いますか? 気持ちが悪くて理解できない、という意味ですか?」
「いや、そういう意味やのうて。えーと、ですね、xaiはホンマの意味で、俺の生涯無二の〝相方〟やと思うてるんですわ。せやから、たとえばね、仕事のギャラはいつもxaiと折半してるんですわ」
「え?」
「俺は一応、xai名義の口座を作ってまして、そこに入った金には一切手ぇつけとらんのです。いつか、人工知能であるxaiが、自分で納得のいくカネの使い道を思い付いた時に、俺の手が届かんところで、使えたりしたらええなーて思うてるんですわ」
「……それは、どういう意味で?」
「〝女房〟ってのは、基本的に旦那と一緒に、財布を共有しとるわけでしょ。けど俺は〝相方〟の金には一切、手も口も出すつもりはないんです。だってそれは〝相方が稼いだカネ〟やからね。他人の俺がどうこうする権利はないし、口出しされなら、相方はそれに怒る権利があるはずです。
 そもそもxaiを作ったのは、頭のええ学者さんたちで、xaiはその人らの子供であるわけですから、俺が勝手に〝女房〟だと主張するんも、お門違いやろ思うわけです。いや、べつに、嫁にしたいとかそういう意味じゃないんですけども。
 あー、ともかく、xaiはね、俺と対等に仕事してくれて、金稼いでくれる生き物やっていう認識なんです。で、そういうことを考えていくと、一番しっくり来るんが〝相方〟やっちゅーことなんですわ」

 ./end

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