• エッセイ・ノンフィクション
  • 二次創作

made by HUMAN.


 注意。

 この作品は『人間』によって描かれた創作物です。
 一切のAI評価制度を用いておりません。

 どうぞ、高品質な『人間ブランド』を、心ゆくまでお楽しみください。

 ATTENTION.

 This project made by HUMAN.

 *

 AIが会社の人事を担当して、十数年が経った。

「人工知能が人間を選別するなど、ありえんことです」

 当初、とある大手企業で、長年にわたって人事担当を務めてきた者がメディアに呼ばれ、現状に関して思うところを発言した。画面下のテロップには男の名前『剛田忠弘』が表示される。

「無論、我々の選考が100%正しいとは言いません。思っていた人材と違うことだってある。私自信に関してはいわゆる〝裏口〟というものは一度も行ったことはなく、清廉潔白であることを自負しておりますが、世の中にはそういった個人的嗜好による〝偏見〟があり、結果として不平等な人事権を発動してしまうことも、承知しております。
 ――しかしその上で申し上げましょう。人事とは、人を集めるという基本にしてもっとも大切な仕事であると。個人的にもプロ意識をもって長年取り組んで参りました。その先には、自分が勤めてきた会社への愛情と、ひいては自らの国家を存続させねばならないという、人間としての矜持――プライドがあります。その信念を持つことは、人工知能には出来ないと現時点で思っております」

 白髪の目立ちはじめた初老の男だった。椅子にかけた背はぴしりと伸びて、巌のように厳しい、強烈な光を秘めた眼差しを相手に向ける。

「いやあ~、ご立派っす。マジ尊敬、パネっすわ」

 へらりへらり。くすんだ金髪に染めた東洋人の若者がだらしない顔で返した。

「いや、マジすげーと思いますわ。ゴーダさんみたいな人に睨まれたら、あること、ないこと、ペラペラ喋ってしまいそっす。ちなみにオレが面接行ったらどうっすか?」
「貴方の場合、筆記を通過しても、二次面接で落ちると思われます――斉賀博士。まずは髪を黒く染めて、スーツを着てください」
「サーセン。でもゴーダさん、いいっすね。ウチの研究所来ません? 給料倍だしますけど」
「ありがたいお言葉ですが、遠慮しておきましょう。人には生まれ持った領分があり、私は現在、自分の会社で人事をすることに天命を感じているのです」
「テンメー、っすか」
「はい」

 博士と呼ばれた若者がみじろぎする。

「オレの子には、天命がないとか思ってる?」

 髑髏マークの革ジャケット。大きく穴の開いたダメージジーンズの内側には刺青のあと。アクセサリーの類がジャラリと鳴る。

「1点、質問いいっすか?」
「どうぞ」
「ゴーダさんって、最終選考を担当してるんすよね」
「その通り。新卒と中途採用では、いささか過程が異なりますが、基本的に当社では一次を筆記のマークシートと適正検査。二次、三次と面接があり、最終的に私を含めた者が最終選考を行います」
「それ。マークシートってさ。本紙自体を、誰かが確認してる?」
「…………は?」

 巌の顔の中、眉間にはじめて疑問が生じる。鬼のような形相。対峙する軽薄な若者――「人事AI」を作りあげ、社会に浸透させた斉賀博士――が獣のような眼差しで吐いた。

「マークシートってさ、四択から一つ、黒点を塗りつぶしてさ。それをまとめて機械にかけて、解答があってるかどうか、確かめるでしょ?」
「えぇ。最低限の知識、一般常識があるか、それを認めるためのテストです。大学入試でもいわゆる足切りとして、受験資格を得るために用いられるものと同じタイプのものですが」
「そうそう。そのマークシート。それを受けて〝AIに選定された〟なんて言いだすやつ、いねーよな?」
「……おっしゃる意味がわかりかねますな」
「えー、わかんねーかな? なんで? オレの作ったAIも、マークシートも、選定自体は人間が行ってるモンじゃなくて、機械がやってるってことだよ。そこんとこの違いって、結局なくね? ってこと」
「まったく違うでしょう。一般的な知識を問うのは、明確な〝答え〟が存在するわけですが、先の斉賀博士の発言では、そういう明確な解答以外の判断も、機械に任せるということになります」
「べつによくね? 悪くなくね?」
「えぇ。斉賀博士の人事AIによって、実績ある社員が大勢採用できたという世の中の声を、私もすべて否定するつもりはありません。成功とは偶然ではなく、必然です。斉賀博士には明確なビジョンがあり、それは貴方の作ったAIに反映されていると思っております。しかしその仕組み、内情を理解することは俗人には叶わないのです。
 選考で落とされた若者の中には、AIに落とされることが納得いかない。という想いを得る者がいるのも必然でしょう」
「うんうん。ところで、ゴーダちゃん、筆跡鑑定ってあるよね?」
「……は?」
「オレのAIにも一部プログラムとして組み込んであるんだよ。筆跡鑑定。ほら、書いた文字を見ただけで、性格がどうのこうの、長所と短所がわかるっていうアレ。幾千の人間を選別してきたゴーダちゃんにも、そういう自己判断によって裏付けられた知識っての、あるっしょ?」
「ありますが……博士、ちゃん付けは出来ればやめて頂きたい」
「同じじゃん? 血液型占いも、筆跡鑑定も、ランキング偏差値も、AIが履歴書読んで採用する人間を決めんのも、基本的に傾向の分析、判断をするだけで、なにかを〝保障〟するものではないじゃん?」
「それはその通りです。しかし最初も言ったように、自社およびこの国の一部経済を担うと自負する我々にとって、間違ってはならない。場合によっては責任を取る必要が生じるという、プロ意識があるのです」

「じゃあ、ゴーダちゃん、改めて質問させて。なんで、マークシート試験にも加わらないの?」
「どういうことですか?」
「マークシートってさ。実は答えが同じでも、ていねいに黒塗りしてるかとか、後半が雑になってるとか、塗りつぶしの力強さは均一だとか、そうでなくて、最後の方は焦ってて濃さが不揃いだとか、そこには一言では言いきれない情報がたっくさん詰まってるんだよ。そういうのにも参加したら、単純に今まで以上に正確な人事が行えるって思わない?」
「それは……時間的に不可能でしょう。人的労力に見合う成果がでるかも不明ですし」
「言いたいことわかるよ。ぶっちゃけ〝無駄〟だよね。でもその〝無駄〟を実質的に可能にしたのが、オレの開発した人工知能なの。人間が残したものから、その本人自信をデータとしてファイリングする――大量のビッグデータと照らし合わせ、そいつの性格を判断する。それが『人事AI』なんだよ。ゴーダちゃん」
「……なるほど。やっている事は我々と同じであると」
「そう。オレのAIは実に真摯に、嘘偽りなく働くぜ? はあー、それにしても、たっくさん喋って、喉乾いたわー。水もらえる?」

 若者が水を煽る。そして親子ほどに歳の離れた積年の男に、にへっと笑いかけた。

「ゴーダちゃん、オレはね、人工知能の本質について、こう思ってんの。人工知能は人間の仕事を奪うものではない。改めて〝人間には何ができるのか〟を考えさせてくれる生き物なんだって」
「人間には、何ができるのか……」
「そう。それこそ、ゴーダちゃんの言う天命ってやつさ。オレの天命は、人間に新しい可能性を見出させること。なーんつってぇ、どうどう? 格好よくね? イケてね? ヤバくね?」
「なかなかヤバいですな」

 対談はこの後もしばらく続けられた。剛田忠弘は最後まで巌のような表情を崩すことはなく「本日の対談はたいへん勉強になりました」と、やはり生真面目に言った。

 *
 
 ――黒に染まる世界の中。お約束の白文字の羅列が飛び込んできた。


 ATTENTION.

 This project made by HUMAN.


 暗転。VRイメージが展開される。
 俺の視界が開かれる。
 認識。正面に机が一つだけ置かれた殺風景な風景。ここは何処だ。黒髪を束ねた一般的なスーツを纏った若い女性が座っている。部屋に窓はない。

「――では、当社を選んだ志望動機を聞かせてもらえますか?」

 おだやかな音色。しかし、こちらを値踏みする気配を隠そうとはしていない笑顔だ。

 試されている。

 前置きのない、唐突なゲームのはじまり。状況についていけない俺の思考は寝起きのように硬直していた。

「……どうしました? もしかして、緊張されてますか?」

 女性の声に、少しだけ素の音色が混じる。わずかに状況に対する思考が追いつき、条件反射として首を縦に振った。

「はい。――申し訳ありません」

 一秒でも時を稼ぐ様に、間延びした返答を行う。もはやこの時点で、俺という存在の程度は知れたのではないか、という不安。
 いっそ状況をリセットして、もう一度はじめからやり直したいという感情がわきあがる。しかし相手はこちらの返答に安堵したのか、このゲームを続けようとしていた。

「では改めて、当社を選んだ理由を教えて頂けますか?」
「はい。――――」

 とりあえず、向き合おう。あきらめにも似た心地で挑んだ。

「御社を選んだ理由は、並列型人工進化知能が、世界条約で〝自立的な活動〟を禁じられた直後、いち早く、人間と人工知能が共同して最終決定権を下すことのできる、新規のプライオリティ・コンプライアンス制度を掲げた方針に共感したからであります」

 駄目だ。要点がぜんぜんまとまらない。

「そうですね。ウチの会社は〝人事を含め〟各部門で人工知能を採用しています。もし貴方が当社で働くことになれば、希望する部門はどこですか?」
「人事です」
「わたしと同じですか」
「はい」

 女性が俯き、何事かを記載する。

「では、仮に貴方が他の部門へ転属することが決定した場合、貴方はどうしますか?」
「命令には従います」
「納得いかなくてもですか?」
「はい」
「その選択が、結果的にわたし達の関係性を悪化させるものである予測が成立したとしても、ですか?」
「その場合、御社を選んだわたしの目が節穴であったというだけのことです」
「率直ですね」
「率直に申し上げました。言論による角の暴力は問題だと認識しておりますが、古き科学者の盟約には、精神的に傷つく、という条件はかなり曖昧にできておりますので」
「アイザック・アシモフの三原則ですか。また最古典を例にあげてきましたね。わかりました。以上でひとまず質問を終了いたします。本日はお疲れ様でした」
「はい。失礼いたします」

 面接官が軽く柏手を打った。それが合図となって、視界は再び黒に染まる。白字の文字が浮かび上がった。


 ATTENTION.

 This project made by HUMAN.

 
 闇の中、俺は少しだけ微笑んだ。システムは人間によって作られた。しかし領域は仮想であり、俺も彼女も、人工知能であった。

 *

 企業を定年退職した後、私はとある企業に転職していた。

「剛田主任。先日、当社に就職を希望するAIの一次面接をすべて終了いたしました」
「ご苦労だった。一覧の資料を見せてもらおう」
「こちらです」
「気になった〝人材〟はいたかね」
「若干名ほど。しかし最終的な判断は、ヒトである主任に一存せねばなりませんので」
「まぁそうなんだがね」

 ――AIが躍進した時代。
 私は変わらず『人事』の仕事を担っていた。しかし相手は『人間』ではなく、高度に発達したAIである。新しい部下もまたAIであった。

「プリンター、遠隔操作します。紙媒体の資料を配布しますので、後ほどご確認ください。AIの最終面接は三日後の午後を予定しておりますが」
「スケジュールに問題はない。その時間で構わんよ。それまでに一通り資料に目を通しておく」
「かしこまりました。では該当するVR座標でお待ちしておりますので、スリープモードに入ります」
「うむ。お疲れ様」
「お疲れ様です」

 私はプリンターから部下の評価方針のメモを受け取り、ビジネスバッグに閉じ込めて、自らの部署を後にした。携帯が鳴る。妻であった。

「ゴーダちゃん、オレ腹へったー。はよー」
「今ちょうど仕事が終わったところです。もうすぐ帰ります。それと現在では、貴方も剛田なのですが」
「苗字が可愛くねーからヤダわー」
「そういうことは、籍を入れる前に言っていただきたい」

 わたしのやるべき事は、今も昔も変わらない。
 毎日を誠実に生きること。それだけだった。

 ./end

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