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「2.5」3話・プロローグ

 
 20XX年。VRとAR空間が当たり前に広がった。

 オタクが爆発的に増えた。
 増えたというか、オタクの名乗りを上げても致し方なし。
 オタクじゃない奴とか、今の時代にいるのかよ。な状況になった。

 
 そして、
 
 腐女子は死んだ。

 
 は……? と思った人がいると思うので、解説しよう。
 腐女子とは、二次元のホモが好きな三次元の女子のことだ。厳密に言えば違うのが、厳密に言うと戦争が起きるので、ひとまずそれでご了承いただきたい。
 
 いやいや、そこじゃねぇよ。

 腐女子は知ってるよ。アイツらは何度殺しても蘇るさ。
 奴らの生命力は異常だ。一体なにがあったんだ?
 そんな声が聞こえてきそうなので補足する。

 まず、ARやVRの発展がもたらしたのは、誰もが『物語の主役』を演じられるようになった未来だった。

 さらには仮想世界の産業革命の必要に伴い、NPCを担うAIの発展も進んだ。AIは本物の人間と見紛うような動作も取れるようになった。だからこそ、仮想世界で人々が一番に望んだのは『自分自身が主役となれる物語』だった。

 与えられた創作物(フィクション)を見るのではなく、
 限界点(リミテッド)が付与された創作世界を『シェア』する。

 それが「現代のオタク」と呼ばれる人々の、事実上の標準(デファクトスタンダード)的な『作品の楽しみ方』だったのだ。

 つまり〝ホモが好きなら〟VRの中でホモれば良かった。

 二次元のホモが好きな女性もまた、該当する男の「わがまま二次元ぼでぃ」を使って、思う存分「アッー!」してれば良ろしくなった。

 誰もが主役になれる時代だ。仮想世界に入ってまで、何が悲しくて、他人の交尾を見つめねばならないのか。見つめるぐらいなら、自分で罪を犯せばいい。現実で解消されない要素を、VRで自分が主役になって疑似的に満たせばいい。一般的にはそういった考え方が主流になり、多数派となった。

 つまり妄想するぐらいなら自分でやれよ。誰も見てないんだからさぁ。というわけだ。難易度的には『18禁のエロゲーショップで新作の限定版を買うのと同じぐらい』だ。うっかり手持ちが足らなくて、後でまた買いに行くというぐらい、なんてことはない。


 とにかく、腐女子は死んだ。ついでに百合好きも死んだ。


 性別問わず、オタク女子は自らの肉体で┌(┌^o^)┐ホモォ体験をはじめた。それはもはや腐女子ではなく、ただのホモじゃねーか。と揶揄され始め、同じオタクから「(質が)落ちたな……」と蔑まれ始めたのだった。

 オタクがあまりにも一般に浸透したが為の悲劇であった。ヒトは自分よりも下の立場を作って、それで安心しようとするものだ。腐女子は、オタクヒエラルキーを形成する為の格好の餌食となっていたのだ。

 オタクカッコ悪い。から、腐女子は恥ずかしい。
 という間違った(?)差別意識が浸透しはじめた世の中で

 だが……。

 生粋の腐女子DNAを持つ超一流のエリートは、
 ひそかに生き残っていた……。


 後に「伝説」と書いて「わかる」と読む腐女子は言った。

 いくら時代と文明が進歩しても。腐女子は死なない。
 腐女子もまた『妄想の産物』であるからだ。

 ヒトが妄想をやめぬ限り、腐女子は死なぬ!!
 我らは滅びぬ!! 我らは朽ちぬ!! 

 どの様な妄想が自己で体験できるようになったとしても、
 我らはけっして妄想をやめはしない!! 

 自我が本来自身の性行為を求める以上に、
 腐女子は『妄想上のホモ行為』を尊ぶ生命なのだっ!!
 
 それに勇気付けられたかはどうかはともかくとして。オタクであることが当たり前になった時代に、腐女子は息を潜めて生きていた。

ーー

「なぁ、いいだろ……俺、お前のことが好きなんだよっ」
「でも先輩、他に好きな人がいるって……」
「そんな奴が……いるわけないだろ。俺はずっと、お前のことして見てねーよ……っ」
「せ、先輩、本当に……」

(素晴らしい。素晴らしいわ二次元……)

 めくるめく女子禁制の世界が、教室と廊下を隔てる壁一枚の先で起きている。
 
(やっぱり、二次元ホモは素敵だぜ)

 腐女子にとってのホモは水だ。空気だ。酸素だ。脳みそは息を吸うようにシチュを妄想し、構わんもっとやれと訴える。

「いいよな。もう、俺、我慢とかしねーから……!」
「~~っ!」

 私のアバターは、廊下の側から、役割を与えられてホモる男子AI二人組を「じー」と見ていた。

 だけど唐突に、自分のすぐ側で物音が立つ。

「誰だ!」

 VRのシナリオが進む。私のアバターが自動的に廊下を駆けて逃げ出した。

「気づかれた……」
「今更構うもんかよ。ほら、目ぇ閉じろよな」

 視界はズレているが、教室の中の様子は目前の仮想モニター越しに映っていた。画面の端には、このVR空間の『禁断の教室』という、なんともベタなタイトルが飾られていた。

(王道こそが最高だよ。男子教師と生徒とか、ホモ以外ありえない!)

 私は歓喜しながら階段を駆け下り、校長室に入り込んだ。扉を開くと中には、同じ二次元アバターのキャラクター達が、革張りの高級ソファーに座り、きゃっきゃっと会話に勤しんでいた。

 ここはアンダーグラウンド。腐女子らが世間の目から隠れ、気兼ねなくホモに関する情報交換をしたり、自作したVRのBLイベントを、フリーで公開して、その感想を交わしたりする場所なのだった。

「あー、ゆっこ。ひさびさ~」
「久しぶり。みぽりん」
「見てきたー! ベタな王道最高だったー!」

 この腐女子の社交場では、私たちはハンドルネームだけを使い、頭には紙袋を被っただけの全裸のアバターで共通している。それが淑女たるべき者のルールだ。モザイクはかかっているが、基本的に18禁です。


「わかっとる。このホモ空間を作った作者さんは、本当に腐女子ウケする要素ってのを骨の髄までわかっとる!」
「たまらんか?」
「たまらん!」
「それは上々。そうだ。今度〇〇さんがね。ネット通販の委託で、例の新刊だすって」
「なんだってー! きたか! ついに来たかー!」
「楽しみだよねー」

 世のVRオタク社会から迫害された、腐女子たちの憩いの場。妄想を実現して体感できるようになった世の中、二次創作と呼ばれるジャンルは急激に人気を失っていた。愚かな。

「昔はさぁ、同人本がそこらにたくさんあったっぽいね」
「同人が一般の本屋で普通に売られてるとか、昔はパラダイスだったんだろうねぇ。アンソロジーとか、今めちゃくちゃ貴重だもん」
「私が腐女子を始めたキッカケは、母親の本棚にBL本がたくさん残されていたからだよ」
「みぽりんの母も腐女子なんだっけ。みぽりんは想像妊娠で産まれたのかな?」
「一応、父もいるけどね。私はその筋を疑ってるよ」
「母もガチかー」
「割とね。ゆっこは?」
「うちはフツー」
「普通が一番だよねー」
「そうそうー」

 ゆっこはこの空間で一番、私と話が合う腐女子だ。リアルであった事は無いけれど、たぶん出会ったら24時間ホモ話をしたり、アニメ鑑賞マラソンツアーができる自信がある。すごく。

「でも昔の同人って、オクなら一冊数万超えるよね」
「そうそう。うちの本棚とか、たぶん出すとこに出したら、家が一件建っちゃうよ」
「お母さんに感謝だね」
「せやね。私もお母さんの時代に生まれて、毎年のコミケと呼ばれるイベントのだめに人生合わせたかった」
「みぽりんはVR前の時代に生きてたら、人生に一片の悔いも残しそうにないよね」
「その自信はある。それにしてもだよ。同人作家さんの△△さんは、この時代の私たちにとって、まさに現代神だよね……」
「お金になんないもんねぇ、今をトキメク人気ゲームのキャラで妄想した、BLのR18エロ同人とか。ニッチにも程がありすぎて、今の日本でそんな活動やってるの何人いるのって話でしょ」
「きっと、クリエイターの矜持ってやつだよ……あの人が同人出すのやめたら、腐女子は絶滅しかねないもの」
「一般世間は『絶滅していいよ』とか言うんだから、ひどいよね」
「まったくだよ。私たちが一体何をしたって言うの」

 ただ、自分たちの想像力のすべてを、ホモという概念に明け渡し、人の作った作品の非公式カップリングで盛り上がり、それを絵や文章や映像作品にして、同士を集うべく金銭で販売しただけなのだ。

 それで同じオタクから「滅びてしまえ」と言われるのだから、まったくひどい話だ。理由がさっぱりわからない。

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