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「2.5」2話・前半(掌編)


 努力を怠らない天才に、凡人はどうやって立ち向かえばいいんだ。

 とある漫画に登場する名セリフの一つだが、

「タカハラ、アンタ実力不足。もう稽古に来なくていいわよ」
「っ……!」

 それを直接、本人から面と向かって言われたら、間違いなくプライドはぐちゃぐちゃになって、死にたくなるに違いなかった。相応の努力をしていると自覚があれば尚更だ。

「俺はちゃんとやってるだろう! どこに不満があるんだよ! きちんと言え!」
「じゃあこっちも聞くけど、この週末アンタなにしてた? ろくに私の書いた脚本も読まずに、ダラダラ寝そべってただけ?」
「してねーよ! ちゃんと空で言えるほど暗記してっだろーが!!」
「あはは。暗記て。笑わせないでよね? 2時間程度の劇なんだから、暗記だけなら15分でやんなさいよ」
「できるかボケッ! 演劇一筋のお前と一緒にすんじゃねぇ! だいたい俺はお前と違って会社勤めで土曜も出勤してんだよ!」
「だったらそのまま正社員になって生きなさいよ。自分でも認めてんじゃない。僕は要領の悪い役不足ですって」
「ざっけんな! ぶっ殺すぞ!」
「……はいはい。そこまで。警察沙汰とかマジやめろよ。ただどう考えても姫川が言い過ぎだ。自重しろ」
「自重? 周りのカスみたいな実力に合わせて、くだらない演技を認めることを自重と呼ぶんだったら、こんな劇団早く潰しなさいよ」

 鋭いナイフ。という例えが陳腐に思えるほど凶悪な一言が来た。実際に殺人事件が起きた方が、マシな温度の下がり方をするかもしれない。
 
「……潰すかどうかは、座長であるオレに全権限あるんでな。うちの主演女優の言葉でも、はいそうですね、今日でやめまーす。と簡単には割り切れんよ。というか次の講演の前売りは無事はけたし、そこまではやるんだよ」
「だったら話が早いわね。座長」
「なんだ?」
「この前の劇で使ったAR装置、あれもう一度レンタルしてきてよ」
「……今回の台本の予定に、アレの出番は無かったはずだろ?」
「今から全部書き換えるわよ。タカハラの代わりに、主演男優をAIのハヤトに任せるわ」」

 姫川が遠慮なく口にすると、様子を見守っていた劇団員の全員が、しん……と息を呑んだ。俺はわざと大きなため息をこぼして「あのなぁ」と伝えた。

「この前の公演に使ったAIは、あくまでも、実験的な立ち位置なの。姫川も分かってるだろ? さすがにオレもキレるからな? そろそろキレちゃうからな? 本当だよ?」

 前回の公演は、小道具の一つとして、VRを利用した。

 実際の劇を行ったのは「現実の市民ホール」だったが、その舞台の天井に、とある企業からレンタルした、小型の『可視光子線装置(フォトンライン・エフェクター)』を取り付けたのだ。

 装置から漏れる特殊な光を肉眼で捉えると、データとして取り込んでおいたVR映像が、現実にも映る。それが『フォトンライン・エフェクター』だ。いわゆるAR(拡張現実)の一つで、企業では、既に様々な実験用の取り組みとして、その装置を用いていると聞く。

 オレたちはそれに、画像データとして『人の姿』を読み込ませた。さらに遠隔操作で、これまた別の企業が研究中の『自立的に成長するAI』を組み合わせた。

 つまり演劇の役者として『姿の見えるAI』を採用したわけだ。

 現実に投影されたAIの役割は『ヒトに失恋したゴースト』だった。その外見は異常なまでに見目麗しく、常に半透明であり、今にもどこかへ儚く消えてしまいそうで、それだけで観客の興味を惹いた。

 うちの看板女優であり、脚本自体も手がける『姫川美穂』の卓越した演技も相まって、舞台は大成功を収めたのだ。

 収めたまでは良かったのだが……

「タカハラよりも、AIの〝ハヤト〟の方が観客の受けは良いわ。話題性もある。今すぐ彼をパートナーにした形に脚本を修正する。内容的には前回の続編になるわ。いいわね?」
「いいわけあるかっ! ちょっと待て、姫川ぁ!」
「座長。言っておくけど私の判断は間違ってないわよ。今後もこの劇団を続けていきたいなら、マスメディアの注目を惹く要素は必須だし、知名度が上がれば、そこにいる程度の男ぐらいは、いくらでも代役が効くようになるはずよ」
「テメェ……言い気になってんじゃねーぞッ!」
「っ、おいみんな止めろッ!!」

 ブチキレた二人の間に、スタッフ全員が割って入る。それでも間に合わず、激昂した男の拳が思いきり鼻の骨を捉えた。オレので良かった。

「い……ってぇ……」
「座長!? 大丈夫ですか!? タカハラも落ち着けよ!」
「これが落ち着いていられるかあっ! お前らも認めるのかよ! AIが俺たちの舞台の主役とか! ありえねぇだろ!」
『……』

 ふたたび場が静まり返る。それが、天才ではないが、絶えず努力し、忙しい中でオレたちの劇団に時間を費やしてくれた者の言葉だった。

「……なんとか言えよ……どうすりゃいいのか、言えよ……っ! お前がすげぇ女優だってのも認めてるよ! でもな、AIにじゃねぇ、俺たち人間に、なにをどうすればいいのか分かるように言えっ!!」

 タカハラの声は泣きそうだった。座長のオレも何も言えない。
 ひとまず場を収める何かを言わにゃならんとは思いながら、だくだくと、鼻血がこぼれて口の中に入る間、他の連中と同じく、救いを求めるようにそっちを見つめた。

「AIの方が、アンタよりも将来的に見込みがある。
 私には正しくそう映った。それだけの事よ」

 うちの看板女優は顔色ひとつ変えず言いきった。

「……あぁ、そうかよ……」

 翌日、大学の四年時に立ち上げた当時からの付き合いだったタカハラは、オレ達の下から去った。
 

「今日も仕事だからな。悪かったよ」

 人が減った日。タカハラはスーツを着て、きちんとしていた。こっちは鼻にガーゼを当てて間の抜けたツラを晒していた。添えてきた治療費を「いいっていいって」「いや取っとけよ」のやりとりの後、結局受け取った。

「座長。悪いけど姫にはもう付き合ってらんねぇわ。アイツ、あの劇やった後から、絶対どっかおかしいって」
「あー、オレから見りゃあ元に戻ったとも言えるんだわ。最近は抑えめだったんだぞ。アレでもな」
「そうか。やっぱ……わかんねぇわ」
「スマン」
「座長が謝ることじゃねぇよ。じゃな」

 病院の前で背中を見送り、あらためて良い奴だなと思った。普通の社会でもやっていける。むしろそっちの方が適している。
 ついでにタカハラと同じ想いを抱えていた裏方の連中もまた、数名が幽霊のように何も残さずに消え去った。

「努力を怠らない天才に、凡人はどうやって立ち向かえばいいんだ……ってか」

 オレの頭の中で、同じ言葉がリフレインする。
 立ち向かうことも、理解も出来ないのかもしれないと思っている。

『――なぁ、姫川。お前演劇って興味ないかなぁ?』

 高校の夏服を着たオレがいる。窓際の席で黒ぶちのメガネをかけて、いつも小説を開いてぼっちに佇んでいる地味なクラスメイト。
 けどそいつには才能があった。誰よりもまっ先に、オレだけの原石を見つけたぞと浮かれていた。だけどそれは勘違いだった。

「さぁて、どうすっかねぇ、これから」

 肉体と自我と限界を併せ持っていた天才は、その束縛から逃れることの叶った存在を得て、初めて、真の理解者を得たと思っているに違いない。

 とりあえず鼻が超痛ぇ。ムズムズする、と困っていた時に、携帯が鳴った。姫だった。

『脚本書けた。2時間後に意見頂戴。それまで寝るわ』
 
 あの頃のオレに言ってやりたい。
 天才と組むと人生たいへんだから、起こさない方がいいぞ。
 眠れる獅子は一生放置しとけ。それがベストだ。絶対だぞ。

ーー

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