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「2.5」(掌編)


・「2.5」

 高度に発展したVRゲーム制作と、現実の映像製作は大差がない。
 
 勝手知ったる評論家が、モニターの向こう側でそんなことを言い始めるご時世だった。言い返したいことは山ほどあるが、毎日作りかけのVRゲームの中に入ると「僕の職業、なんだっけ?」と、唐突な疑問が浮かぶのにもなれつつあった。

「イラストレーターさんよぉ、このコートのデザイン自体は悪くねぇんだけど、もうちょっと派手になんねーかなぁ?」
「派手にというと?」
「んー、襟元のファー部分とか重要だよなぁ」

 現実、トーキョーを模したVR空間の駅前。金髪トゲトゲ頭に、黒いピッチリとしたスーツを着た『主人公』がいた。スーツに袖はなく、筋肉質な腕が露わになっている。背にはその両腕で振り回す無骨な大剣を負っていた。

「もっとこう、いっそ不自然に逆立ててくれて構わないんだぜ。ゲームは現実じゃねーんだから。ガキの遊びなんだからよ」

 一言で言えば「テレビゲームのコスプレイヤー」だが、僕らのいる場所は、仮想現実として作られたトーキョーで、社内スタッフの他に人気は無い。『主人公』は今、ウチの会社でもっとも「気の小さい」と評判な、優秀なメインデザイナーにイチャモンをつけていた。

「ゲームキャラクターなんてよ。後でコスプレしてもらえるぐらいの奇抜な服装で丁度いいんだわ。ところでよ、このキャラの衣装、ヨ〇バシで予約特典コード付くんだろ?」
「あっ、はい、ハヤトさんの今着てる、ダークネスコートと同じデザインの物が、プレイヤーのアバターに用意される予定です」
「オレ様とおそろってわけだ。だったら派手にいかねーと、なぁ!?」
「で、ですよねー!」

 『主人公』が快活に歯を見せて笑うと、早速メインデザイナーは『絵筆のツール』を用意した。それから「イラストレーター」というよりは、「スタイリスト」がそうする様に、せっせと『主人公』の衣装の上にふさふさしたファーを足しはじめた。

「ハヤトさん、ちょっと待っててくださいね。せっかくなので装飾の方も、もう少し派手にしてみます」
「頼むぜ。現実の二次元オタ共が、オレ様の画像を見た時に、あとでSNSでキャーキャー騒ぐ感じにしてくれよな」
「はい。がんばります」

 ……どっちが『創作者』なんだか、もはや分からない。他の方角を見れば、そっちにもウチのスタッフと、ゆったりした感じのローブを着て、両手に杖を持った『メインヒロイン』の女性がいた。

「だからね、もっと髪の量を全体的にボリューム増やして、あと明るくして、ついでにアップにしてって言ってるの」
「アンタさっきからうっせーわ! デザインしたの私なんだから、文句言わないでもらえるかしら!?」

 ……こっちのイラストレーターは、今年うちのチームに入った新人だが、基本的に誰に対しても態度がデカい。メインとサブで足して2で割ればちょうどいいのにというのが、ディレクターの僕を含めた、チーム全員の感想だった。

「そうよ。確かに〝この身体〟をデザインしたのは貴女ですけどね。私も事務所の方から言われてるのよねー。ちゃーんと売り上げ取って来いよって。貴女達のゲームが売れないと、私たちが所属する事務所も困るから文句言ってるんですぅ。契約媒体が売り上げからロイヤリティを得るスタイルだから、後で後悔しないように教えてるんですぅ」
「ムカツクわー! アンタAIの癖にほんっとクソ生意気だわ! チェンジで!! というかまったく私の作ったキャラに合ってねーわよ! どういうことよ、そこで植木のふちに座って、タバコ吸いながら〝釣りしてる〟ディレクター! VRゲームの中でミニゲームすんな!!」
「ぼーくの勝手でしょー。ってかね、君らデザイナーとAIキャラの討論が終わらないから、本編のデバッグが始められないんだよーん」

 ギロッ。めっちゃ睨まれた。
 現実と同じ位置にあるシバコー像の植木の側。そこに座り、導入予定のミニゲームを座標移動して、町中のどまん中で海釣りを楽しんでいた僕は適当に手を振って返した。

「しょーがないだろー。今作は男女ともに、話題性のあるAI使えよって、社長から言われたんだからさー。予算も結構もらっちゃったんだから」
「だからって! オレ様系を売りにしてるハヤトに、わたくし様キャラ中心のミカはないでしょーが! どういうオーダーしたのよ!」
「今、男女共に一番人気のあるAI教えてください。ゲームキャラクタの主役にしますんで」
「バカー! ディレクター、アンタそもそもねぇ、自分が私たちにオーダーした内容を覚えてんの!?」
「えーと確か――素直で、純朴で、王道をいく、聖剣を背負った主人公の少年。それを献身的に支える『現代教会』の巫女である、慎ましい女子」
「一字一句まで間違えずにありがとう! アンタがAI事務所からチョイスした奴ら、性格真逆じゃねーの!!」
「だってさぁ、僕AI業界のことよく分かんないしー。君たち若いのに任せてたら、いつまでも〝中の人選び〟で揉めるんだもん。予算はもらったけど限りがあるんですよーだ。……おっ、カジキが釣れた」

 ざっぱーん。

 目下の湾曲した仮想空間(直径十数センチ)から、巨大な海洋生物が姿を現した。トーキョーの地面で、ビチビチ跳ねて踊る。いいモデリングしてるじゃないの。

「なぁ、メインプログラマくん。確か魚拓とる機能つけたんだっけ?」

 僕は振り返り、ビチビチ跳ねるカジキの下、トーキョーの地面で布団をしいて横たわる屍――ではなく、死んだように仮眠を取っているプログラマーに聞いた。ちなみに現実の肉体は床にダンボールを敷いて、やっぱり毛布をかぶって「明日は家に帰りたい……」と呟いている。会社の天井を二十四時間、眺めている。

「なんすかぁ……どこぞのディレクターがうるさいので付けましたよぉ……徹夜で専用のプログラムを一から組んで、ねぇ……予算には限りがあるんでしたっけぇ……?」
「あるある。で、どうやんの?」
「上司じゃなかったらブッ殺してますよ……えー、まずコンソールウインドゥを開いて、タブ一覧から――あ、でもイベントフラグ立てないと有効にならないんで……デバッグ用のファイルからー」
「そこのオヤジ共ぉ!! 私の話を無視してんじゃねーわよっ!! チェンジチェンジ! チェンジったらチェンジ!! ハヤトはともかく、ミカとかいう猫の皮かぶった毒舌媚びAI女に、私が心血そそいでデザインした、アイリちゃんの中身を自由にさせるとか許せないからっ!」
「無理言うなよぉ。ゲーム発売後から一年間を期間に、AIパーツを保障でレンタルしてるんだから。契約反故するっと、罰金だから。ムリムリムリのカタツムリだよ~」
「だから最初から私に決めさせとけば、もっと淑やかで、優雅な人間想いのアイリちゃんぴったりのAIを選んだのにバカー!」
「貴女、いくらなんでも、もうちょっと言葉づかいどうにかなさい。さすがに見捨てておけないわよ」
「うっさい、うっさい、萌え豚に媚びたAIバカバカバーカ!!」
「媚びて成功して、今期頂点に立った一位が私なんですぅ~」
「AIでゲームの出来を決める業界なんて滅びろーー!!」

 え……おまえがそれ言うの??

「貴女がそれを言っちゃオシマイね」

 今期のユーザー投票一位らしい、女性型AIも同意していた。そうしてまた振り返れば、『主人公』と気の弱いメインデザイナーが話し合いを続けていた。デザイナーは今度は、せっせと『主人公』の金髪にワックスを塗り固め、さらにトゲトゲしく整えていた。

「ハヤトさん、どうでしょうか?」
「お、出来たか。鏡みせな」
「はい」
「……ん、よし、悪くねぇんじゃね。合格だよ、お前」
「ありがとうございます!」
「だが後でゲームバランス班の連中に言っておきな。オレ様の初期必殺技が『レイジングスラッシュ』ってのは、まぁ許してやんよ。だが二番目の『罰切り』ってのはどういうこった。ダセェ。リテイクしろ」
「えっ、それは……」

「ちょっと聞き捨てなんねぇな」

 トーキョーの床で屍となっていた一人が起き上る。ゾンビかな?

「いいだろ! シンプルでカッコイイだろ! ×斬り! 小さなお子様が真似しそうな響きがいいだろ! うちの子供の写真見るか!? 嫁はどうでもいいけどな!!」
「おう、テメーがバランス班の班長か。いつもご苦労様だぜ」
「あ、どうも」
「だが言っておくぜ。俺のAI本体のメインターゲットはな。二次元に現を抜かして群れてコスプレするような、愛すべき女子オタ共なんだよ。20年前にまだ俺らがいない日、CVって概念があった時代に、そいつらの写真集を買って、しょーもない妄想をするような奴らが、ギリギリ大人になっちまって、現実に屈して腹を痛めて産んだ子供たち。そいつらを幸せにしてやる事が、オレの義務なんだよ……」
「VRゲームを遊ぶ女子ゲーマーも、きっと×斬りの魅力に気づくって。仮想現実のアバターで飽き足らず、現実でコスプレして真似するさ」
「男子AI人気投票、今期一位のハヤト様をナメんなよな。そんなんじゃ、女子オタは納得しねーって、俺には分かんだよ」
「だったら、どう改変しろってんだぁ!?」
「キャラクターモーションの指導班を呼んできな」
「そ、それは無理だ。アイツらはここ数日、巨大なVRボスモンスターのモーション制作で死ぬほど疲れ切ってる……たのむ、そっとしといてやってくれ」
「やかましい! これからテメェの考えた罰切りに、このハヤト様がアレンジを加えてやるって言ってんだ! お前ら男子オタ共が心の中で一生憧れるような、ヨボヨボのジジイになっても忘れられない……縁側でジジイが「あの頃はよかったのぅ」と言い合える、そんな最高にカッコイイ必殺技のモーション改善をしてやろうってんだ! スタッフを全員叩き起こしてこい! ゲーム開発者が、ゲーム制作中に死ねるなら本望だと思えっ!! オレらAIに人権はねぇ! 容赦とかしてもらえるとか甘いこと言ってんなら、創造性の一切を放棄して一生寝てろ!!」
「……っ!」

 なんだか、熱いドラマ? が起きていた。
 でもその発言から起きる問題は、だいたい僕に飛び火するので、勘弁してほしい。というかそろそろ、デバッグやらない? 

「みんなー、そろそろねー、ゲームのPVとオープニング用の撮影に入るからねー。積もる話はあるんだろうけど、この領域もまだ作りこんでないんだから、モデリングの隙間とか、すり抜けチェックのデバッグも兼ねてるんだから、はやく位置についてねー。納期おしてるよー?」

 映画の監督よろしく、メガホンを取る。仮想現実のスタッフと、彼らが心血込めて作ったキャラクターと、美術背景を見回す。

「ま、必殺技の談義についてはまた今度だな。バッチリ決めてくるぜ。この最高のオレ様と、アンタ達がデザインした世界観で、な」
「がんばってください。ハヤトさん」
「大丈夫だ。お前らが作った素材のクオリティは一級品だ。何一つ、無駄にはしねぇよ。というかこの世界での俺は『名無し』な」

「ミカ、とりあえず言いたいことはあるけど、また今度にしてあげる」
「はいはい。貴女にも聞く時間があったらね。でも今は素直に任せておきなさい。たかがフィクションの一つ、完璧に演じ切ってみせるわよ。せいぜい私の美しさに嫉妬することね。人間さん」

 そして〝中の人〟こと、AI達もひとまず言い争いをやめる。一つの方向を向く。すなわちこの世界の完成に向かって、ひた走るのだ。

(本質は、何も変わらないんだよなぁ)

 一つの世界が完成すれば、また新しい世界に向かうだけ。そこに様々な困難と挫折があっても、進む他に、どうしようもなく道はない。


 トーキョーのビルを破壊して、異世界のドラゴンが咆哮をあげる。
 『主人公』が剣を持ち、何も恐れず斬りかかる。巫女がそれを支援する。美しいリアルシネマが、今日も僕たちの目前で繰り広げられている。最後に一言、テロップを添えよう。

 20XX年 

 発 売 予 定 。

 延期しても、良い事の言い訳になるよね。予定って。
 え、ならないの?

(了)

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