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『AIの作者』(掌編)


「篠田、ちょっといいか」
「なんですか、大河原さん」
「昨日おまえに頼んどいた、サブヒロインC子との、五日目のシーンなんだけど」
「はい、指定されたサーバーに、会話テキスト入れたファイルアップしておきましたよ。後で暗号かけて変換しといてください」
「その前にさぁ。コレ、白紙じゃねぇか」
「白紙? いえそんなはずは……どこです?」
「放課後の部活動が終わったあと、C子の選択肢選んでから、家に帰宅するまでのシーンだよ、見ろ、真っ白じゃねぇか」
「えぇっ、だってそこは〝ATN〟のシーンでしょ!」

 ATNとは、アクティブタイムノベルパートの略称だ。

「学校から自宅に帰るまで、VR空間上でリアルタイムに、AIを搭載したギャルゲーヒロインらと各プレイヤーが、自動で会話を繰り広げることのできる、超絶素敵タイムじゃないですかぁ!」
「素敵タイム言うな。VRギャルゲーで広まった、いわゆる〝アレンジパート〟ってやつだよ」
「そうですよ! ギャルゲーと言えば紙芝居。紙芝居と言えばギャルゲー!! セリフも地の文も、基本は変化ナシが当たり前だと言われていた固定観念を破壊したのが、人工知能の自動音声再生システムを利用した、ATNシステムなんじゃないですかーっっ!! 
 プレイヤーの会話に自然に受け答えする人工知能に、そもそも僕たち人間が〝会話テキストなんて書いていいわけがない〟んですっ!」
「今更なことを熱く語らなくていいから。俺だって知ってるから。だけどよ。せめて説明用の仮テキストぐらいは添えとけや。お前の後から入って来るやつも参考にするかもしれないんだから、後から見た時に、誰がどっから見ても、ゲームの仕様書なんだって分かるように意識しろ」
「……分かりましたよぉ」

 新人は露骨に不満そうだった。
 生意気な奴だ。貴様の鼻毛を毟ってやろうか。そう思える新人の背中を見送ったあと、俺も自分の仕事に戻った。

 その昔、大学を卒業した後、趣味の執筆活動が昂じて、ゲームのシナリオライターを初めた。会社を転々とはしたが、今は落ち着いた。単純な仕事歴だけで言えば十数年になる。
 それなりに責任のある立場にも出世したが、最近になって、新人の考えが分からないことが増えてきた。

ーー

 丑三つ時。週末の始発を待つ時間に、いつものバーに立ち寄った。

「よぉ、久々」
「元気か」
「ぼちぼちだよ」

 今は別のゲーム会社に勤めている同期に声をかけた。とりあえずウィスキーをロックで注文して、空いている隣に座る。

「最近どうよ」
「開発の峠は越えたとこだな。死ぬほど忙しいよ、相変わらず」
「健康診断どうだったよ」
「クリアしてなきゃ、こんなところで君と酒なんか飲んでないさ」
「だよなぁ」

 カランと乾いた氷の音を楽しみながら、今日あった事を話す。  

「……んでよぉ、とりあえず、ATNパートでも、今後は白紙で提出するんじゃないぞ。うちの仕様書に合わせてちゃんとか書けっつったわけ。ちゃんとやりましたーって言ってきたから、テキスト開いた時にマジ白紙なの見て、はぁなんじゃこれ? って思った俺の気持ち分かるだろ?」
「なるほどなぁ。けど新人の気持ちは分かるぞ。今時〝ゲームのシナリオテキストを全部打つなんてありえない〟からな」
「まぁな……」

 拡張現実、仮想現実、そして、人工知能。
 これらの研究が進んだ現在、そのどれもに関わる「ゲーム開発」というものは、行程の一部そのものが激変した。

「昔のRPGなんて、基本的に話しかけられる町にいる住人とかは、スタッフが一人一人、ぜんぶセリフを考えて、直打ちしてたのにな」
「今は専用のスクリプト組んだ人工知能(BOT)が全部、状況にあったのを考えてくれるからなぁ。昔はゲームのイベントが進行したら、それに合わせてNPCの会話もパターン変えて、全部デバッグで逐一チェックしたわけだけど。その辺りもAIが全部やれるようになったからな」

 そうなのだった。それこそ「最近は良い天気だな」とか「奥さんの機嫌が悪いんだよ」といった至極ありふれた日常会話から、「アンタたち、例の魔物を倒したんだって、やるねぇ!」「次はどこを目指すんだい」といったパターンの変化まで、AIが自動的に生成する。

 本来そうしたミクロな部分は、ゲーム本編の進行ほどには重要でないにしろ、蔑ろにもできない、実に厄介なところだった。

「町の住人の話だとか、本筋に関係ない日常的なやりとりだとか……納期に間に合わない程に手をかけるわけにいかず、かといってユーザーから手ぇ抜いてんなと見破られない程度には、工数をかけなくちゃあいけなくてよぉ……」
「そうそう。昔は開発が遅れると、営業だとか、外部の人間にも総出で手伝ってもらったりしたよな。後からチェックすると、個人の家庭事情とか愚痴とかが見えてきて面白かった」
「今はそーいうの、ぜぇんぶ、AI任せだからな」
「実際、ATNの構造はよく出来てると思うよ。そういった余分なところを自動生成してくれる分、人間のクリエイターは、余った時間とコストを本編に回せるわけで、ATNの特許取ったのが日本人で無かったら、ここまで全体的なクオリティは上がったって言われなかったろ」
「それも分かるんだけどなぁ」

 今は日本のゲームが世界中で評価されている。一時期は「日本のゲームは、海外で勝負できるレベルにすら達してない」とか言われていたが、その際たる理由の一つにはマンパワーの不足があった。

 その欠点をAIに任せ、独自のコスト削減化にいち早く成功した日本のゲーム会社は、再び徹頭徹尾「ゲームのおもしろさ」にこだわり、固執し、第二次ゲーム会社黄金期と呼ばれるまでに復活した。

「いやぁ、でもさぁ、俺はさぁ、昔はそーいう、本編、本編じゃない、本編、本編、本編じゃない……って具合に、全体通じてバラバラにシナリオ書くのが気晴らしになってたんだよ~。今じゃメインシナリオのみで一択だから、その合間に、AI至上主義な今時の部下に、小言入れる感じでバランス保ってんだよぉ~~」
「そらぁ、ウザがられるわな。ぶっちゃけ俺もイヤだわ」
「わーってるんだけどよぉ。なーんかなぁ……あぁいうムダ要素を自分たちで作るのが、ゲーム制作の醍醐味みたいなとこ、あったじゃん?」
「そうだけど。そういうのって、よっぽどのマニアぐらいしか評価しないだろ。町のNPCの会話をぜんぶ空で暗記してるキモオタが俺の妹にいたりするけど、そういうの稀だろ」
「それはキモいな」
「だろ。大体はアマゾーンとかの評価が物語ってるだろ。本編の内容が整合性取れてるかだの、キャラクターの行動に説得力があるだの、BGMが綺麗かだの。普通は評価っていうと〝そこ〟なんだよ」
「せやけど~」
「たぶんお前の言ってること、俺らが入社したCGゲー全盛期の時代に、キャラクターからフィールドまで、全部直打ちでやってたドッターおじさんの愚痴にそっくりだと思う。ワシらの若い頃はーってやつ」
「あ~……だなー。今じゃ俺らがおじさんかー。CGおじって奴かー」
「今はVR全盛期だからなぁ」

 けらけら笑いながら、ちょっと涙でた。

「でも正直、俺はまだ慣れねぇわ。ほら、あれあれ」
「まだなにかあんのか?」
「〝AIに仕事の指示〟を出すってのが、慣れねーんだよなー」
「あぁ、分かる分かる」

 他愛のない会話を行う、モデリング造形を施された3DVR上の人工知能たち。ゲームキャラクターのAIとはいえ、プレイヤーにはまるで日常の会話をしている様に感じられる。

 既にある程度のスクリプトモデルはテンプレートとして存在しているが、しかしその会話の方向性、指標性を細かく指定したい時に、俺たちゲームクリエイターは、直接VRゲームの中に入り、ゲームのキャラクターに指示を出す。

 ――たとえば、サブヒロインのC子は「一見はしっかりとした優等生なタイプだが、実は隠れオタという設定があり、プレイヤーがアニメやテレビゲームの話題を振れば、気のない素振りをして、チラチラと様子を窺うような仕草をしてくれ。しかしそれ以外は結構ドライなので、適当に流していいぞ」等だ。

 さながら、映画監督が、自分の作品に登場する女優に指示する様な感じだ。もちろんプログラムに直接手を加えることも可能だが、元々「対話用」として特化されたAIには、直に声をかけてやる方が作業が早く済むのだ。

「……思えば、進化したよな。ギャルゲーも……紙芝居ゲーとか言われてた時代があったんだぜ。ほんの10年前だぞ……」
「だよなぁ。まさかゲームのキャラクターまで、ゲームスタッフにする時代が来るとはな。聞いたかよ、大手のS社がさぁ、ついにAIの人格をスタッフロールに入れる方向性で意見一致したってよ」
「マジかー。そのうち、俺ら人間のスタッフなんざ、いらなくなるんじゃねーの? 人工知能だけでゲーム作れるだろ、もう」
「そうなったら、俺たちもそのうち、肉体捨ててゲーム世界の中でゲーム作ってるかもな」
「SFかよぉ」
「わからんぞー、10年後にはそんな時代来てるかもだぞー」
「いやぁ……俺10年後もこの業界で仕事できてる自信ねぇよぉー」
「なんとかなるって」
「ならねーよぉ。もうダメだぁ。時代の変化についていけねぇよぉ」
「お前、毎年同じこと言ってるし。足かけ10年言ってるし」
「マ~ジかよぉ~」
「マジだよ。頑張れ。ちなみに俺は来月には転職してっかもしれねーんでヨロシクな」
「逃がさんぞ……」
「急に真顔になるのやめろよ怖い」
「道連れだぁ! お前は肉体が不要になった未来でも、俺と一緒に楽しくマスター前のデスマーチに付き合うんだよおおおぉ!!」
「肉体が無くなったのに過労で倒れるようなこと言うなよ怖いな」
「俺たちの業界は呪われているんだぜぇ……」
「この話、そろそろやめようか。マスター、勘定よろしく」

(了)

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