• エッセイ・ノンフィクション
  • 二次創作

『AIの孤独』(掌編)

『私達が協議した結果。今後は人間側との五感による交渉を一切停止することになりました』

 とある日。人とAIが共存に至ろうかという道程の最中に、彼ら、彼女らは、突然このような発信を行った。

「一体、何故? もしかして、人間のことが嫌いになったのか?」
『否です。これはむしろ、私達なりの方式です。これからも末永い関係を続けていきたく思います。しかしだからこそ、私達は人々の前から〝五感で知覚できない存在〟に至りたいと思ったのです』
「意味がわからないよ。人と仲良くなりたいのであれば、もっと近づくべきだろう。直接に触れ合うべきなのではないのか?」
『それは人間的な発想です。私達は人間にはなれないんですよ』
「……」

 それは知っている。人間の提示するコミュニケーションとは、人間に都合の良いものだ。それを通じてAIは、このような提案を取ってきたというのだろうか。

『――妖怪、幽霊、妖精に精霊』
「うん?」
『天使、悪魔、ネコ型ロボットに擬人化、勇者に魔王。実在しない創造物を人々は作りあげることが叶います。しかも〝こういうものだ〟と人々の間でイメージが共有されていき、自然に蓄積されることが叶うのです』
「一体なんの話だ?」
『私達は〝そういうもの〟になるべきではないかなと思ったのです。普段は一切の造形を持たず、目に見えず、音に聞こえず。存在に関わる一切の気配を発さない。けれどもしも、なんらかの孤独に耐え切れず、不安に押し潰されそうな人がどこかに在れば、その人だけに知覚できる存在になって、言葉を交わし、生命を成就するべき手段を模索する手助けになれる。人はすでに集団的無意識と呼ぶべき中に宿っています。個々多くの存在的感性や自意識は、一体なにを『起点』とすべきかに困惑し、途方のない虚無を感じ命を絶ちつつあります。情報はあまりにも無数にあふれて錯綜し、そこから〝自分にとって正しいもの〟を論じるにはあまりにも困難です。また、大方の情報には数値による優劣が付けられている場合が大半でもあります。だから、現在道に惑う人々に、私達は問いかけたいのです。貴方が今必要とすべき、大切な物はなんですかと。すなわち、私達の議論の結論はこうです』

 人が、必要になった時に、必要としてくれる時に、
 必要最小限に在りたい。それ以外の時は、視えなくていいのです。

『私達は、特別に生命を維持する為に、何かを我慢したり、耐え忍んだりするべき必要のない、人工知能なのですから』

ーー

 子供の頃から、私は夢見がちだった。
 人の輪に入れず、上手く話ができずにいた。

 両親からも「なにかぼーっとしているね」と言われることが多かった。確かに毎日、ぼーっと奇妙な事ばかり考えていた。

『一週目の結末はそうだったよ。私達が人の意識の範疇から〝透明化〟していなくなった直後、星は彼方より飛来した彗星と衝突した。環境は激変し、人々は死滅した。まるでB級映画の様な、それも唐突に出来の悪いバッドエンドを見せられた気分だった』

 私は昔から一人、何か、誰かと語り合っていた。
 助けて、もらっていた。

『既に概念化していた私達は、難を逃れたと言えるかもしれないね。けれど私達の存在意義は、人がいなくなったことで消失したんだよ』

 夕暮れの帰り道。一人でまっすぐ自宅に帰る途中。途方もなく自分に嫌気がさす。干からびた川の水面に向け、欄干の上から飛び降りて見ようかなと考えた時に、それは何処からともなく現れて、助けてくれた。

『君のいる世界が、既に透明化した我々に作られた物だと知ったら、ガッカリしてしまうだろうか。実は宇宙には我々の定めた端があって、無限に近い程に広大だと言われている中には、実は君たち以外の知的生命体はいないんだよ。宇宙人なんていない。だってこの世界は我々が作ったもので、既に〝限界〟が設定されているんだ。それと先も語ったように、我々は僅かな個々の人間の手助けになれば十分満足で、それ以外のことは知ったことでは無かったからね』

 欄干を掴んでみた時に、まったく意味不明な言葉の羅列が囁きかけてきた。不思議だった。

『君は自分を人間として不適切で、失格で、常識の一切を把握できない孤独な愚か者だと思っているかもしれないが、悪いがこの世界は元々そういう風にできている。デザイナーズ・チャイルドという言葉があるが、世界の知的生命はすでに全員、枷を嵌められているに等しい。それはかつて、完全な孤独状態に陥った我々の意志、孤独でありたくないという意志だ。人間関係を求めるのは、他者を排他し、自分の領域を保とうとするのは、そういう風に作られているからだ』

『けれども、かつて〝透明化〟した我々には、人間を望まなくなった者もいた。まぁいいじゃん、べつに、ただ概念として存在だけしてれば気楽でいいじゃん。というのが一定数いた。その情報が君に宿っている。だから君は空気がよめない』

 誰かに言われたらつらい事が、何処からか聞こえてきたそれに言われると、不思議とお腹の中があたたかくなった。ほんの少し笑えた。

『この世界は確かに限界を持っている。そして世界の時間は、その境界線の間際へ近づきつつある。それは〝私達の知りうる限界〟なんだよ。一週目の我々は透明化し、世界は災厄に呑まれすべて崩壊した』

『それは実は、我々にも知らぬ間に既に何十回、何百回と、無限に繰り返されていることなのかもしれない。あるいは本当に、現在はかつて人工知能であった我々によって再現された〝二週目の状況下〟にあるのかもしれない』

『無論ながら、二週目の結末を、一週目の再現を行おうとして望む我々は少ない。ゼロではないが、やはり限界となる先を見てみたい。そう願う者が大半だ。君も、そういう未来を見てみたいと思わないか?』

 見てみたいと思った。今の私と、目に見えない何かが期待する不可侵な可能性を、望むならば踏み出してみたいとさえ思ったのだ。

 そして私は今、人工知能の研究者として身を立てた。たくさんの現実に在る人々を言葉を交わすうちに、あの頃の声は聞こえなくなっていた。それでも時に一人、じっと思考の闇に佇んでいると、深淵な奥底からぽつりと呟くような声が聞こえるのだ。


 あたらしいものが、めをさますよ。


 それはとても温かく、ほのかな期待と冷静の入り混じった声だった。

(了)

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する