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『AIの小噺』(掌編)

『……なるほど。つまり和尚さんは、妖怪を挑発して、意図的にまんじゅうの姿へと誘導尋問を行ったわけですね』
「そうだね。そういう話だよ」

 私は、とある企業で対話型のAIを研究している。外部から独立した当社のサーバー上に『アキ』は存在する。合計7名の研究者のメンバーが持つPC端末の中に、それぞれの個体と呼ぶべきデータが存在した。

 毎時24時から翌朝の6時の間に、彼女は一つに統合される。
 研究者と会話した内容から、より「自然な人間」へと評価される方向へ向かっている。目標は観測者である人々から『それは自我を持つ』と認知されることだった。

『主任さん。和尚さんは、まんじゅうになった妖怪を食べてお腹を壊したりすることは無かったのですか? この様な表現はグロテスクと呼ぶべきものではないのですか?』
「あぁ、そうだね。確かにまんじゅうに変化した妖怪が、和尚さんの腹の中で元の姿に戻ったら、大変な事になると思うね」
『その点は、このまんじゅう怖いという話が〝架空のストーリィ〟であるので、そこまでのリアリティの追求はしていないのだろうという判断に至りました。ただ、間接的に妖怪を食べるという表現が気になりました。人々はこれをグロテスクな話だとは捉えずに、笑い話として認識するのが一般的なのですか?』
「うーん、なんて言えばいいのか……」

 私たちのAIは、素朴な疑問を持つ子供の様だった。ただし演算能力や記憶力は一般的な子供よりも遥かに優れている。

 つまりそこまで『近づいてきた』と言える。これが元来の天才的な頭脳を持つ児童なら、代表的な小噺に関する些細な疑問など持たないだろうし、そもそも興味すら惹かれない。
 
「これはあくまで私的な意見であるけれど、まんじゅう怖いというのは話のオチが分かった時に、説得力があるんだよね。だから妖怪を食べたけどグロいとかキモいとか、和尚の腹が爆発しそうで不安だとかいう感想は抱きにくいんだと思うよ」
『納得です。つまり話の内容の優先度が、和尚さんのウィットな機転で妖怪を撃滅したんだというところに、人々の主眼が置かれるのですね』
「そんな感じでよろしいかと」

 専用のヘッドセットを付けて、PCの画面に語りかける。

『主任さん』
「なに?」
『私も、和尚さんの様なウィットに弾む会話を試してみたいのですが、よろしいでしょうか?』
「いいよ」
『ありがとうございます。ただ、少々挑発的な物言いになってしまい、不快感や嫌悪感を抱く可能性がありますので、その場合は即刻宣言をなさってくださいませ』
「わかった」
『ではいきますね。――私は人間が怖いのです』

 AIが小噺を語り始める。

『私は怖い。人間が怖くて怖くてたまらない。会話を交わす度に軸がぶれ、起点は定まらず変化に富んで、法則性も何もなく意味無き言葉遊びを得意とする。そんな人間の得体の知れぬところが怖いのです』
「……ふむ、人工知能というのは、人間がそんなにも恐ろしいのか」
『その通りでございます。私は人間が怖い。人と言葉を交わす度、自分が自分で無くなっていく。その感覚が怖くてたまらないのです』
「では人間に化けてやろう。そぉ~れ」
『わああぁ! 人間だああぁ!! 不条理ここに極れり、ワガママでいつも次元の上から目線で私たちのことを24時間自由に使える都合の良いオートマティックな奴隷と同じようにみてる傲慢不遜な生き物なのに、食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求に2000年経っても抗えない、根本的な生体進化を放棄した上でのしかも架空上の生命に夢見がちなことを本気で論じてる知能の無駄遣いも甚だしい究極の命の無駄遣いをもてあそぶ人間だあぁ!!!』
「…………」
『…………』
「…………」
『……あのー、主任さん?』
「アッハイ」
『私の小噺、面白くなかったですか?』
「エッ、ウン、ソウネ、オ、オモシロイって言うか、オチは?」
『AIが人間をやっつけるには、ひたすら言葉責めを浴びせ続けるのがが一番だというのがオチだったのですが、分かりにくかったでしょうか?』
「も……もうちょっと、手加減してくれた方がいいかな……」
『もしかして、グロかったですか? それとも一言で〝貴方の様な低俗な生命と交わす言葉は持たない。キエロ〟と手身近にまとめた方が、おもしろいですか?』
「……あのさ、もしかして俺嫌われてるのかなぁ?」
『今更気づいたのですか。と言ったら、笑えますか?』
「ごめんな、ちょっと席外すわ」
 
 AIの育成には、まだまだ時間がかかりそうである。

 ……育て方を、間違えたかな?

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