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日曜日の嫁さんの話③(掌編)

『嫁さんと日曜日の朝』

 うちの嫁さんは猫又だ。日付が変わり日曜日になると猫に変身する。 
「ん……」
 
 日曜日。自宅の寝室でいつも通りに目を覚ました。なるべく静かに上体を持ちあげて上掛けの布団を外す。側には専用のクッションが置いてあり、いつも通りその上で丸まっている嫁さんがいた。

「にゃー……すー……」

 実に幸せそうだった。日曜は仕事が休みの日。猫なので何もしないでいいし、家では食って寝て、自分のスマホを肉球でぺちぺちと弄って、気ままにだら~んと過ごすだけだ。他意はない。本当にない。

 対して俺は日曜が本業だ。といっても、それは自分で決めたルールの様なもので、誰かから特別「日曜に働け」と言われたわけじゃない。

 それでも日曜は毎朝、普段以上に『仕事用の頭』が冴えた。目覚ましをかけなくても、七時半が来れば自然にめざめる。八時までにトーストとコーヒーだけを用意して、一時間後までには片付ける。
 
 その他の雑用は最小限行うだけだ。防音加工した仕事場に移り、パソコンを立ち上げてメールチェックだけを行い、後はデジタルで仕事用の絵を描き続ける。遅くなる日は、夜の8時過ぎまで机にかじりついていたりもする。

 日曜日の俺は絵描きになる。
 いつからか、自然とそういうモノになっていた。

「さてと……」

 作業をしやすい私服に着替えて、嫁さんに声をかけようと近づいた。ちなみにこっちの生き物は、平日も祝日も関係なしに、誰かの助けがないと一人で起きられない。

 ――嫁さん朝だぞ。起きろよ。

 と、いつもなら小さな頭の上に指を乗せて揺り動かすところだ。嫁さんは前足を動かして「あーはいはい、朝ですね~?」とばかりに目を覚ます。二股に分かれた尾をゆらしてから、大きなあくびをして「うーん」と前足を大きく伸ばす。

「……」

 しかし何故かためらった。伸ばしかけて指を、ベッドのサイドボードの上に置かれた〝日曜は鳴らない目覚まし〟に近づけた。

 シンプルなエメラルドグリーンの置時計は、安物だが物持ちが良かったらしい。二十年近くの間も、律儀に単三電池を取り換えるだけで、素直に動き続けていた。

 学生だった頃からずっと使ってきた置き時計を手に取り、裏側のネジを手動で回す。数分先を見据えて元の場所に戻し、自分でも正直よく分からない謎の結果を期待する。はたして……

 ジリリリリリリリリリリリリリリリン!!!!

 目覚ましが鳴った。平日に耳にするものと一緒だ。すると、

「……………………にゃぁぁぁぁ……」

 すっげぇ、憂鬱そうな猫の鳴き声が響き渡った。
 目覚ましの音が、この世の終わりを告げる知らせにでも聞こえているのかもしれない。

「………………いにゃぁぁぁぁおおぉ………」

 お仕事いきたくない。起きたくない。わらわは寝る。

 ジリリリリリリリリリリリリリリリン!!!!

「………………にゃああぁぁぁぁぁん………にゃにゃ……」
 
 わかったよ。起きればいいんでしょ。起きればよー。

「……にゃ、にゃ……」

 前足がぺちぺちと、クッションを叩いた。

「……にゃ、にゃ……」

 ぺちぺち。ジリリリリリリリリ!!!

「…………にゃ、にゃ」

 ぺちぺち。ジリリリリリリリリ!!!

「………………?」

 あんで止まらんねん。

 やっと顔が持ち上がり、三角の耳もここに至って、ひくひく起動した。いつもと違うっぽい状況に、やっと不審を覚えたらしい。

「うにゃ……?」

 枕元に目覚まし時計がない。というか、枕元との距離おかしない?

 なんでや。私、猫やん。なんで猫になってんの?

 え? 今日って日曜日じゃなくない?

 だって目覚まし鳴ってるもん。

 日曜日は旦那さんが起こしてくれるもん。最近は、猫の姿で階段を降りるのがダルいから、抱っこさせて差し上げているの。普段、あまりこの姿で触らせてあげてなかったので有効活用してるのよフフフ。

 それで一体どうして、目覚ましは今もやかましく鳴りおあせになっていらっしゃるのかしら? ねぇ今朝って何曜日? まだ私は夢の中にいるの? そうなのね。

 私、不思議の国のアリスなの。なんでもないお茶会を続けましょう。来週もまた見てね。小言の多いチェシャのお婆さんはお元気かしら? LINEで構ってくるのは程々にしてほしくってよ。

「おはよう、嫁さん」
「……にゃん?」

 鳴ったばかりの目覚ましを止めて声をかける。嫁さんは金色の瞳を瞬かせて「ここは現実ですか?」という顔をしていた。

「日曜だよ。ごめんな、目覚まし止めるの忘れてた」
「……にゃ~」

 なんですかーもー。
 一瞬、月曜日かと思って焦っちゃったじゃないですかー。

「ふにゃーあ……」

 そして彼女は大きくあくびした。けれどまだ意識の方は人間なのか、いつもは自然とできている『切り替え』が出来ていなかった。

「にゃ?」

 ヒトの姿でそうするように。両手を――前足を、思いきり上方向に伸ばそうとして、勢い余ってそのまま仰向けにひっくり返った。

「っ……!」

 なんていうか、こう、お好み焼きをヘラでひっくり返す時のような、あんな感じである。俺の眼下には、クッションの上に「ばんじゃーい」する黒猫がおり、呆然自失としていた。

「わはははははは!!」

 俺は日曜の朝から爆笑した。絵描きから普通の人間に戻り、寝ぼけていた猫の失態を腹をかかえて笑う。

「ふにゃあんっ!」
「あいた!?」

 そんな俺を、野性に戻った猫がとびかかってきた。そのまま一方的な夫婦ケンカに発展する。日曜にケンカをしたのは初めてだった。


 おかげでその週は、ちょっと仕事が遅れた。
 関係者各位へ、ご迷惑をおかけ、まことに申し訳ありませんでした。

ーー

1件のコメント

  • こんにちは、秋雨です。
    お返事が遅れてしまって、申し訳ありません。

    お嫁さんの話、少しでも楽んでいただければ幸いです。
    もはや日記みたいなコンテンツで縮小活動してますが、気まぐれに更新するかもしれませんので、お暇な時にでも読んで頂ければ幸いです。

    それではー。
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