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日曜日の嫁さんの話②(掌編)

『嫁さんとミステリー小説』

 うちの嫁さんは猫又だ。それはともかく、普段から割と気まぐれで、すぐ何かに影響を受ける。
 
「我が家には事件が少ない。そうは思いませんかな、旦那さん殿」
「平穏が一番だよ」

 土曜日の夜、嫁さんが座椅子でゆったりくつろいでいた。さっきから口元の側を指で摘まみ、一体なにをしてるのかと思ったが、口ヒゲを生やした英国紳士になりきっているようだ。

「しかしですな、たまには非日常のスパイスが欲しいのでありましてな」
「俺は嫁さんと結婚してから、割と毎日が非日常で楽しいけどな」
「どーいうことですかー、私に常識がないってことですかー?」
「ややありなん」
「む……どうせ私は世間知らずのお嬢様ですからね。美人で勘が鋭くて、朝ごはん(ブレイクファスト)の最中に難事件を解決しちゃうような、ほわほわした絶世の可愛らしー奥さまですからね、仕方ない」

 自分で言ったか。そこまで言ったか。

 ついさっきまで、静かにブックカバーを付けた文庫本を読んでいた姿は、中々絵になるなと内心で思っていたが、二度と伝えることはないだろう。調子にのると後から、面倒くさいので。

「で、その本はお気に召しましたか、お嬢様(フロイライン)」
「召しましたとも。さくさく読める推理小説っていいですよねー」

 俺はフリーのイラストレーターをやっている。挿絵を手掛けさせてもらった折にも内容を読ませてもらったが、率直に言って面白かった。なによりも、うちの嫁さんが途中で眠りこけなかった。最後まで一冊の小説を読み終えたことからも、品質は保障されていたよと伝えたい。

「一般ではキャラミスっていうのかな。今度続刊も出るって連絡来たから、だいぶ好評みたいだよ」
「次も旦那さんがイラスト手掛けるんですか?」
「その予定」

 嫁さんが読んでいるのは、いわゆる献本された一冊だ。仕事上でかかわった書籍は、資料とは別の本棚にまとめてある。こうしてたまに嫁さんが読んで感想をくれる。

 特に日本では「読書の秋」というキャッチフレーズが根付いているせいか、その広告に踊らされた……もとい広告を目にした嫁さんもまた「たまには読書もいいですね」とか言って、見事に踊らされる季節だった。
 最近に献本された本なら、話題性もあって、お金もかからず、一石二鳥というわけだ。セコいとか言ってはいけない。すねて面倒くさいことになるので。

「登場する探偵役の女性が可愛いんですよねー。起こる事件も殺人とかじゃなくて、本当にちょっとした、日常に潜む謎とかで。あーあ、私もミステリしてみたいですー。ねぇ旦那さん、事件拾ってきてくださいよー」
「アホなこと言ってないで、そろそろ寝る支度しろ。日付変わるぞ」
「あ、ほんとだ。じゃあお風呂入りますね。猫になっちゃう前に、あたたかいお布団に潜り込まねばっ!」

 それから嫁さんは本を閉じて、洗面所の方へと小走りで向かった。我が家では毎日、ミステリーに近いものは起きている。

ーー

『日曜日の嫁さん殺人事件』

 ――犯人はこの中にいる。凶器はどこにも見つかってないと思っていたが、実はこれが凶器だったのだ

「そ、それは、この家の旦那がデザインしたという、羽の付いた机の上とかを掃除するやつ!?」
「そうだ」
「ば、バカな、それでどうやって殺人など……」
「ご主人には分かっているはずですよ」
「!!」
「貴方はとても奥方のことを大事に思っている。物理的に攻撃したのではない。この羽ペンでくすぐって遊んでいたのだ!」
「――っ!」
「貴方も予想していなかったでしょう。まさか、くすぐって遊んでいる間に、幸福死してしまうなんて」
「なんだって!?」

「被害者は猫じゃらしで脇をくすぐられたのです。小一時間ほど、くすぐられている間に、気がつけばショック死してしまったのです」
「バカな! しかし人が猫じゃらしで死んでしまうなんて!」 
「そうだ言いがかりだ! 証拠はあるのか!」

「フッ……証拠ならありますよ。まず一点、貴方の奥方はとても苦痛を覚えたとは思えない、だらしのない顔で死んでいる。そして二点目、実は彼女には秘密があり、黒猫に化けるという秘密があったのです」

「――っ!」
「な、なんだってー!」

「それは土曜日の24時ちょうどから、翌日の24時にまでかけてだ。被害者の死亡推定時刻は日曜の19時ごろ。貴方の証言にあった〝仕事の終わる時間〟とほぼ一致する」

「事件当時、貴方と奥方はこの部屋にいた。そして妖怪猫又であった奥方は、貴方の執拗なくすぐり攻撃によって、ぽっくり逝ってしまったのです……
 翌日の月曜日が、彼女が元の姿に戻ったところで、貴方は服を着せ、電話で助けを呼ぶフリをした」

「……」

「奥方が日曜に猫の姿になることを利用した、完全な密室トリックでした……凶器もアリバイも完璧といえたでしょう。しかし唯一の誤算は、この私という名探偵に依頼を頼んでしまったこと……それが最大の過ちだ」

「旦那さん、あんたまさか本当に……!」

「っ……殺すつもりはなかった……っ!」

「なんで!? あんなに嫁さんのことを、ツイッターで自慢しまくってたじゃないか!」

「違う……まさか猫じゃらしで遊んでいる間に、ショック死してしまうなんて……許してくれーっ、うわああああああああぁ!!」

 そして俺は目覚めた。

 うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。平日は会社に勤めている普通の奥さんで「お仕事いきたくないよ~」が口ぐせだった。

「あーん、お仕事いきたくないよー」
「……」
「旦那さん? どうしたんです?」
「なんかすげぇヘンな夢見た」
「あら珍しいですね。どんな夢だったんです?」
「殺人事件」
「さ、さつじんじけんっ!?」
「密室だよ」
「みっしつ!!」
「凶器が発見されず、被害者には目立った外傷がないんだよ。死因は心臓麻痺で、一見すると事故なんだけど」
「ふんふん、まさに王道ですねっ、それでそれで!? 犯人は分かったんですか!」
「俺」
「旦那さん!? 被害者は!?」
「嫁さん」
「ええええええええーー!!?」
「動機知りたい?」
「……し、知りたい」
「教えない」
「ちょ、ズルい旦那さん、ずるーいっ!」
「ほら早く食べないと、また遅刻するぞー」
「気になってごはんが進みませんっ!」

 月曜日の朝、うちは今朝も平和だった。

ーー

『嫁さんは、SF』

 うちの嫁さんは、日曜日は猫になる妖怪だ。それはともかく、

「えーーっ!? だだだ、旦那さんっ、知ってましたかっ!?」
「なにが?」
「物体はですね、光の速度を超えると、なんと永遠に生きられるそーですよ!」
「相対性理論とかの話?」
「フィクションですよね?」
「本当だよ。原子核を限りなく光の速度に近づけると、崩壊せずに長持ちしたって実験なんかもどっかであったはず。要するに周りと違って、一秒辺りの時間を長く感じるようになるんだってさ」
「ほわぁあぁ……〝えすえふ〟って、すごいお話なんですねぇ……」

 土曜日の午後。今週の嫁さんは『SF』にハマっていた。やっぱり俺が表紙と挿絵を担当した、そこまで本格的でないSF小説を、赤ら顔で読んでいた。

「おもしろい?」
「おもしろーい!」

 先週はミステリー、今週はSF。

 まったく普段から猫のように気まぐれな嫁さんは「わたくしは知的な奥様ですので」とか言って、秋の夜長にころころ読む本を変えていた。
 そも仕事の報酬として、どれも出版社から献本された物だ。嫁さんからすれば金のかからない趣味である。

「とゆーことは、私も光の速度を超えれば、不老不死になれるわけですよね。えすえふ的に考えて」
「科学的に考えればそうなんじゃないか。っていうか、嫁さん」
「なんですか?」
「嫁さんが光の速度を超えたら、毎週日曜日に猫にならなくて済むのか?」
「…………え?」
「日曜に黒猫の姿になるのは、自分の意志でどうこうできるもんじゃないって言ってたろ。だから相対的に日曜が来なくなったら、嫁さんは猫の姿にならないのかなと思ってさ」
「……そ、それは、考えたことがありませんでしたね……しかしさすがに光の速度を超えるのは、美人で知的で優雅な私でも無理ですん」
「べつに光の速度でなくてもさ」
「ふぇ?」
「ずっと飛行機に乗って、乗り換えて、地球一周ぐるぐる回ってたら、時差の影響とか出て変身頻度とか落ちるのか」
「わ、わたくし……まだ海外に行ったことがありませんので……」
「他にもさぁ」
「やめてー! 旦那さんもうやめてー! なんかすごく怖くなってきたーっ!! 自分に自信が持てなくなっちゃうぅーっ!!」」

 嫁さんは泣いて抱き付いてきた。
 いい歳して、妖怪を泣かせてしまった。反省。

ーー

『嫁さんと哲学』

 うちの嫁さんは、気まぐれで影響を受けやすい。

「何故、わたしは、わたしなのか……」
「何故、旦那さんは、旦那さんなのか」
「何故、旦那さんは、私の旦那さんなのか……」
「結婚したからだろ」
「ふぅ……」
「過去の写真見るか? 花嫁衣裳を来てる嫁さんが携帯のフォルダに入ってるわけだけど」
「見ない。あと過去って言わないで。昔なんて概念はいつだって曖昧ももーなものだもの……」
「曖昧模糊な」

 座椅子に足を組んで座り、頬づえをついて『考える人』のポーズを取っていた嫁さんである。食後の紅茶を飲んで、なにか黒背表紙の哲学書らしい一冊を閉ざして、ちらりと流し目を送ってこられた。

「旦那さん……」
「なんだよ」
「哲学っぽい質問大募集のコォーナァ……」
「一部の学者が聞いたら激怒しそうな言い回しはやめようか」
「いいの……今はそういう気分なの……貴方の才気あふるるも人生に悩めるお嫁さんは今、ロダンでニーチェでツァラトゥストラはかく語り気な気分だから……」

 秋の夜長に、口元に微笑を携える女性。
 
「毎日が、日曜日だったら良かったのにね……」
「だったら俺、嫁さんと結婚してないぞ」
「……何故?」
「そのフレーズ気に入ったんかい」

 本日は水曜日の夜中。週末まではまだ日があった。

「嫁さん」
「……何故?」
「明日、なに食べたい?」
「コロッケ、お刺身、焼き鳥、シーサーサラダ、おでん、さんま。あとビールも」
「思い付いた端から口にしてんじゃねぇよ。一つに絞れ。何故とか言ったら佃煮食わすぞ」
「………………」
「………………」

 長考だった。

「チャーハンとハンバーグで」
「わかった。んじゃ寝るか」
「ふえぇ……もうお仕事いきたくない~、働きたくないでごにゃる……」
「ニーチェって確か、最期の方は無神論者で、働く為になんだかんだと理由つけた名言残してなかったっけ?」
「昔の人って考え方古いですよねー、私ぃ、哲学とか興味なーい」
「ソウダネ」

 日曜にだけ猫になる妖怪は言った。
 社会人(ひらしゃいん)に神はいない!

ーー

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