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らーめんと女子。(思いつき短編)


 柚子川さんは明るくて、人気がある。だけど俺はちょっと苦手だ。

「え、それホント?」
「ほんとほんとー。この前の日曜に彼氏がさぁ、お昼ラーメンにしようぜって」
「そうなんだ、ちょっとそれはないね」

 ――昼休み。クラスの女子グループからそれとなく聞こえてきた話題だった。

 意図するところは、彼女いない歴=年齢の僕にも分かる。女子高生がデートで「昼間からラーメン屋になんか入れるわけないだろ!」と言いたいわけだろう。

 確かに、ラーメンは汁が飛ぶ。おしゃれをしてきた女子に、油ぎったラーメンはハードルが高いに違いない。あとチェーン店とかじゃない、なんていうか如何にも『個人のオヤジがやってます』という、こじんまりとした感じの暖簾は、よりハードルが高いだろう。

「なんかー、ファミレスばっかで飽きたから、たまにはラーメンでよくねとか聞いてきてさー、マジ別れようかと思った」
「なるほどねー」

 女子の会話って怖い。いや、僕のようなオタ男子にとって、彼女とか無縁の代物っていうか、存在すらしないので、まったく関係ないんだけど。

 そんでウチの親父は、ラーメン屋をやっているのだ。

「ユズはさぁ、毎回ちゃんと、リードしてくれる物件捕まえなよー」
「あはは。そうだねぇ、うん」

 物件。男子とは物件なのか。女子こえー。
 
 かくして、たかがクラスの会話で軽いトラウマを植え付けられた僕としては、やっぱ三次元は駄目だな。明るくて人気があって社交性がある高嶺の花も、ゲームと比べりゃモブ以下だよ。関わらないのが一番コスパ良くて正解だわ。と思ったのだった。
 

「――小宮クン?」
「へ?」

 回想シーンは昼下がり。僕はなんか購買の安いパンを食べながら、クラスのオタ友と『まろやかファンタジー5』の隠しイベントについて話していたはずだ。

「だ、大丈夫かな? その、えっと、反応が全然なかったから……」

 そして今は放課後だ。リア充な生活とは程遠い、帰宅部兼家の手伝いという業務に忙殺されるのが普段の日課。今日もまっすぐ自転車置き場に向かい、まっすぐ家に帰るつもりだったが、一階に降りたところで、

「ちょっと良い?」

 声をかけられた。この「ちょっと良い?」に良い思い出は皆無だ。周囲からイジメられない、ヒエラルキースレスレの位置に属している僕は、おそらくパシリという名の雑用を与えられるのだと確信しながら、普段あまり使われることのない、第ニ音楽室にやってきた。

「あ、あのね……」

 柚子川さんは後ろ手に扉をしめて、ためらいがちに言ってきた。心なしか緊張している様にも見えた。もしかしてお金に困っているのだろうか。とっさにそう思ったところで、

「――小宮クン、私とお付き合いしてくれませんか」

 ここにあるグランドピアノを、窓から放り投げてくれませんか。

 僕は思った。

 なに言ってんの。かくして頭はまっしろになって、数日前の回想シーンに飛んで、なんというか無理やり「こういう事があってさぁ、僕は柚子川さんがニガテで、柚子川さんも同じだよ、たぶん」という回答に行き着いた。

「小宮クン、あの、もう一回言おうか?」
「あ、いや、いいです」
「……そ、そっか。じゃあできれば、今返事もらえる、かな」

 見たこともない、顔を真っ赤に染めた女子を見て、自分の心臓がバクバクと音をあげるのを聞きながら、僕はどうにか返事をした。

「うち、ラーメン屋だから」
「……え?」
「そういうわけで! じゃあ!!」
「ぇ? あの、小宮クン!?」

 うちは実家がラーメン屋ですので。メインはとんこつです。女子のデートスポットには入りたくない店上位ランキングなので。だから、そういうわけで、えーと、

(――いや、そもそもなんで僕なんだよ!?)

 クラスでも人気の女子が『当店一不人気』というレッテルを貼られがちなオタまっしぐらの僕に声をかけるなんてありえない。

 だったら理由は? 彼女が告白した理由は、一体なんなんだ!?

(せめてそれを聞いてからだろ――!)

 腹をくくった時には、チャリで全力疾走して逃げ帰り、ストッパーと鍵をかけ、自分の家の自動扉と暖簾をくぐったのと同時だった。
 
「おう、おかえり、竜」
「…………」
「ん、どした?」
「……オヤジ、現実ってなんだっけ?」
「またゲームのやり過ぎなんじゃねーのか。程々にしとけよ」

 平然と返された。最近涼しくなってきたのに、ワイシャツの下が汗でびっしょりだ。やっぱり現実は駄目だなと思った。

ーー


 
 

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