金曜日。夜中にリビングでテレビを見ていたら、双子の弟が言ってきた。
「ミドリ」
「なによ?」
「オレ、ちほと付き合うことになったから」
「ふーん。良かったじゃん」
「うん、良かった」
どうでも良いバラエティ番組を横目で見ながら、ソファでだらーんと寝そべって返事を返したら、
「っておい、そんだけかっ!」
「は? そんだけって何」
「もっとさぁ、感動したー的に祝ってくれよ」
「頑張れ弟」
「はぁ……姉に期待したオレが馬鹿やったわ……」
何かを諦めたように笑いやがったので、側頭部に思いっきりグーパンを叩きつけてやった。
「いってぇな。殴んなや」
「男女平等」
「容赦ねー」
そう言って、今度は冗談めかして笑う瑞希の顔は、嬉しさが隠しきれていなかった。
「まぁいいや。ミズキ、オレ先に風呂入っていい?」
「いいよ」
弟の髪は去年から黒に戻っているし、耳元にピアスも刺さってない。最近はずいぶん調子にのっててムカツク。
「姉ちゃん」
「なによ」
「その、ちほとは付き合うようになったけど。それとは別に、また三人でどっか遊びにいったりしようぜ」
「行かねーわよ、バカ。それよか大事にしなさいよね」
私を。
「ん、了解。けど気が向いたら考えといてくれよ」
「くどいっつの」
私は顔を逸らして、ソファーに置いた座布団に顔を覆い返していた。双子の弟は、ミズキは昔からバカだった。
ーー
『三人姉弟』
「こんにちは、隣に越してきた冴木と申します。これからよろしくお願いします」
小学校に上がった年、マンションの隣にちほの一家が越してきた。私たちは同い年でクラスも一緒だったから、自然と仲良くなった。
けれど小学校の3年生にあがった時、初めてクラスが別れた。私たちはバラバラになったが、それを気に留めることも少なくなって、今の関係を優先するようになった。
中学にあがって、弟のミズキは『不良』と呼ばれるタイプの生徒になっていた。髪を染めて、タバコを吸って、お酒を飲んで、親ともよくケンカした。私も特別素行が良い方では無かったから、ウザい、死ねと言い争って、家でも目を合わせなかった。
そんな時、隣のちほはイジメにあっていた。物静かでおとなしく、強く言い返さずに曖昧に笑う。そんな性格は格好の餌食になって、当時ミズキがつるんでいたグループの女子に金や物をせびられた。
中二の秋にちほが学校に来なくなった。原因は明らかだったが、私たちは表向き「関係なくね?」と返していた。その翌月から、ミズキもまた「どうせガッコー行っても勉強わかんねーしダルい」とか言って、サボるようになった。
バカ弟は学校をサボり始め、試験の日ぐらいしか登校してこない割に、目に見えて成績が上がりはじめた。私が普通に毎日を過ごしている間、どこで誰と過ごしているのか、知ってはいたが尋ねなかった。
ーー
「私も、みーくんと、みーちゃんの妹だったら、よかったのに……」
小学生の頃、家に遊びにきた女の子は、夕暮れが近づくといつも言っていた。
「そしたら、夜になってもずっと一緒にいられるのに」
「家となりじゃん、すぐじゃん」
「そうだけど……みーくんと、みーちゃんが、うらやましい」
「そうかー? ねーちゃんいない方が、へや広くなっていいぞ」
「ミズキなまいき!」
「ちょ! なぐんなし!」
弟の頭をぐーで殴りながら、私も思っていたことがある。
「でもまぁ、そうね。私もちーちゃんがうらやましいかな」
「どうして? 一人っ子でへや広いから?」
「それもあるかな」
「他になにがあるんだよ。あっ、おやつも分けなくていいんじゃん!」
「バーカ。ミズキ、バーカ」
「だからなぐるなや! 意味わからんし!」
昔はよくそんなやりとりをしていた。私たち三人は大体いつも一緒にいて、一度は離れてしまったが、大分間をおいてから二つの結びつきが強くなった。
「……テレビつまんなー」
ソファーから起き上る。リモコンを操作して消した。代わりに充電していた自分の携帯を取ってアドレスの一覧を開く。メールやその他のアプリの履歴を眺めてから、何気なくアドレス欄を探して、見当たらないのに気づく。そういえば登録していなかった。
「9時」
少し悩んで、同じく充電中だったミズキの携帯を掴んだ。私と同じ誕生日のロックナンバーを解除して、私の一覧にはないアドレスに電話をかけた。コールが三回鳴って、近くて遠くなった声がきた。
「みーくん?」
「じゃなくて、私」
「え……みーちゃ……翠さん……?」
「うん。ちほのアドレス知らなかったから、ミズキの携帯借りて電話したんだけど」
「そ、そうなんだ。どう、したの……」
声が小動物みたいに震えていた。返す言葉が一瞬にして、無数に浮かびあがった。そのどれもが鋭くて、棘があると知った。
「おめでと」
「え?」
「ミズキと付き合うって聞いたから。なんか一言、伝えときたくて」
「あ……ありがとう」
だけど、精一杯の柔らかいもので包み込んだ。すぐ隣、壁の向こうにいるはずの、同じように携帯を持った彼女を想像する。私が貴女の立場になりたかったなぁと思いながら、
「じゃあね」
返事を聞かずに電話を切った。
了