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咲坂さんは恋愛の神かもしれない。⑤


 もう少し、気を張らずに済む場所で仕事がしたい。

 私が四つの時だった。真夜中に子供部屋を抜け出して、そぉっとリビングを覗くと、パパはいつも疲れた顔でママと言い争っていた。

「もうウンザリなんだよ。どいつもこいつも気取りやがって。髪なんざ適当でいいだろ。なにが現在最先端のヘアスタイルだよ。アホか」
「その流行を作ってるのが、アナタじゃない」
「だーかーら! そんなん作ってる覚えねぇんだって! 流行とかそんなん、正直さっぱどわかんねーんだよ! ただコイツには、こーいうのが似合うんじゃねーべかつって、思っだように切っちょーだけなんやって!」
「私と結婚した時は、自分が世界の王様みたいに、すっごいどや顔してたわよね? あと酔うと方言出る癖やめてよ。ダサい」
「んだごと言ったってよぉ……あの頃は若かったんだよぉ……」
「たかが3年前の話よ」
「3年って長いぜ。中学生が女子高生になってんだから」
「エロ親父の基準ね。まぁべつに、仕事やめて田舎帰りたいなら帰れば? 今のマンション売って自前の店持つぐらいは余裕でしょ」
「……いいのげ?」
「いいわよ。ちゃんと慰謝料払って、ついでにマチも持ってってくれるならね」
「……おまえ……」
「なによ? 私の人生、まだまだこれからなのよ。くたびれたアナタと一緒にいる気は無いわ」

 ママはハッキリ言った。ひどいと思ったことはない。むしろ物事を順に追っていけば、確かにジャマになるよねという考えに行き着いた。けれど、

「…………」

 ほんの僅かな扉の隙間から『両親の手元』を、特に注意深く眺めていた私は知っている。

 ――パパの『光』の反応はいまだ強く、ママの『光』は、明日にでも消え去ろうとしていることを。

「私ね、確信してるの。今度のドラマの主演の話が、きっと自分にとって最大の転機になるんだって。上手くいくわ、絶対に」

 今頃、ゴミのように朽ちはてたであろう彼女は、今も私を捨てたと思っているのだろうか。しかし現実は逆であり、そのことを伝える日は恐らく永遠に来ないのだ。

ーー

「なんかさー、中学の時よりも、割かし余裕ないよねぇ」
「そうかもね」
「そうそう。ただでさえテストとか増えたし」

 日曜は彼氏とデートするか、幼馴染と遊びにいくかの二択だ。彼氏が部活の練習試合だったり、他の予定で埋まっていたりすれば必然、昔から物静かな、自分を表に出さない幼馴染と出かけていた。

「マチって、さ」
「ん、なに?」
「高木くんの事、なんでそんなに嫌ってるの?」
「高木?」

 昼まで洋服を見繕ったり、小物を手に取ったりした。私たちの住む町は田舎で、二人そろって軍資金に余裕がある時は、電車に乗って移動することもあったけれど、大抵は高校に行くのと変わらない手頃なところで満足した。

 自転車は半日で百円の場所に停めて、すぐ近くのマックで小腹をちょっと満たして帰る。

「高木って、ダレだっけ?」
「月島くんの友達」
「あー、そういえばいたねー。でも突然どうしたの?」
「この前、少し話することがあって。なんかね、ありがとうって」
「どゆこと? もしかして〝握手会〟やったの?」
「ううん、むしろ逆なんだけど。……私にもよく分かんない」
「なにそれ。メグ、なんか嬉しそうじゃない」
「そうかな。自分だとよく分からないよ」
 
 幼馴染のメグが〝分からない〟という言葉を口にしたのは珍しかった。成績優秀で、学年でも最上位の成績を持つ幼馴染は、実に明白かつ的確に、物事を分けるのが常だった。

「もしかしてそいつの事、好きなの?」
「それはないかな」
「あ、そう」

 解答は早かった。

ーー
 

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