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咲坂さんは恋愛の神かもしれない。④


 ――マチは、どっちの髪型が好き?

 昔から『好き』の意味するところが分からなかった。

 世の中には五感に障害を持つ人たちがいるわけだけど、ともすれば私の内面は『好き嫌い』に対しての認識が、他の人たちよりもひどく衰えていた。

 人と違うことは不安だった。表向きを取り繕うために、派手で華美で目立つようなモノを『私は好きだという事』にした。

ーー

 放課後。またしても、見知らぬ後輩の生徒に捕まった。

「あのっ、咲坂先輩にお願いがありましてっ! 手を握らせて、それから拝ませて頂けないでしょうかっ!」
「嫌」
「即答!? そこをなんとかっ!」
「悪いけど、アレただの噂だから」

 相手の目的は分かっているので、一息に言った。

「誰かに告白したいなら、勝手にやってね。私を頼らないで」
「で、でも、先輩の両掌からは、告白成功の波動が常に発生されていて、手を繋いで頂くことで、因果律を超越したパワーが……」
「そこまで聞いた時点で、単なる噂だっていう事に気づいて欲しいものだわ」

 噂の根拠はともかくとして。この後輩の中で、私の両手は一体どうなっているのだろう。宇宙か。

「すみません、ご迷惑なのは分かりますが――」
「うん、迷惑」
「一応で良いので握手させてくださいっ! 告白失敗しても、先輩には一切ご迷惑おかけいたしませんっ! お供え物もしますから!」
「それも噂で、他の人が勝手にやってるだけだから……ラブレターよろしく、いつのまにか下駄箱に入ってるのよ。割引券とかクーポン券とかがね……」
「分かってますっ、でも、お願いします!」
「……」

 私は頼まれると断れない。それで結局、名前すら知らない、こっちからすれば初対面にも等しい相手の手を取って、気休めに言った。

「まぁ、頑張ってね」
「はいっ、神様仏様咲坂先輩様~っ! どうか私の恋が叶うように応援してください~っ! ぬおああああああぁぁ!!」
「……」

 両手を掴んだまま、固く目を閉じて、拝み始めた。ちなみに場所は女子トイレの前だった。

「ありがとうございましたっ! では行って参りますっ!」
「はい、行ってらっしゃい」

 階段を駆けおりていく後ろ背に、手を振って見送った。

「――なぁ咲坂、今の女子って」
「え?」

 それからまた、今度はべつの声に振り返ると、クラスで一番背の高い男子がいた。

「高木くん? ……今の見てた?」
「あ、えっと、いや、まぁ、その……トイレから出て手ぇ洗ってたら、なんかすげー唸り声がするから何事かと……」

 微妙に言葉をえらぶ素振りをしながら、手を拭いていたハンカチをきちんと畳んで戻す。

「もしかして〝握手会〟やってた?」
「友達が勝手にそう呼んでるだけだから。できればやめてね」
「すまん」

 高木くんはきちんと頭を下げて謝ってくれた。彼とは中学の時にも同じクラスになったことがある。それから周囲が呼ぶ〝握手会〟の被害者でもあった。だから、少しだけ気まずい。

「ところで高木くんは部活じゃないの? もう始まってるよね」
「ん、なんか午後の授業から腹の調子悪くって。月島には伝えてるんだけど、急がんと」
「だね。私も今から図書室で自習しようと思ってから」
「あ、咲坂」
「なに?」
「今日は綾里と一緒じゃないのか」
 
 マチの事を尋ねられた。気のせいか、高木くんは少し気まずそうな顔をしていた。そういえば中学の頃、マチは彼のことを「サイテー」呼ばわりしてた時期がある。

「今日は家の手伝いがあるからって、先に帰ったよ」
「そっか」
「うん」
「……えぇと」

 高木くんは、マチの彼氏である月島くんの友達だ。中学の時から同じ男子バスケ部に所属していて、高校になってもその関係は続いている。

 正直なところ、マチが高木くんの事を悪く言うのは理由が分からなかった。月島くんも苦笑いして「悪い奴じゃないよ。むしろ良い奴過ぎてちょろいんだよ」と微妙なフォローを入れていた記憶がある。

「中学の時、俺が告白されたの知ってる、よな?」
「うん、知ってる」

 中学三年の春先に、私と手を繋ぎ、拝み、後日「成功したよ!」と報告に来た同級生がいた。マチの話でその相手が高木くんであることも知ったし、秋の文化祭が終わった頃に「高木フラれたんだって、甲斐性ないよねー」とか言ってたのも聞いた。

「もしかして、私のこと怒ってる?」
「えっ?」
「余計なことしてくれたなって」

 恋愛成就の力なんてあるワケない。ただ偶然が重なっただけ。偶然の噂に尾ひれがついて、そういう事になってしまっている。

 断れば良いといつも思う。でも「どうしても」と頼まれると、気づけばその子の手を取って「上手くいきますように」と願ってしまう。

 ――私には『好き』という感覚が、よく分からないから。

 時に押し潰されそうになり、胸が痛む。その不安から逃れたくて、見ず知らずの誰かに、自分の代わりを託してしまうのだった。要はマチだけでなく、私も後のことを考えてないのだ。

「いや違うから。怒ってないし、むしろ、咲坂には感謝してる」

 だけど高木くんの口から出てきたのは、予想してた言葉の真逆だった。

「……なんで? 結局あの子にはフラれたんだよね?」
「そこは今突かないでくれると嬉しいがっ!」
「ご、ごめん」

 謝った時、ちょうど人の途切れていた廊下の向こうから、べつの生徒が何人か現れた。

「っ! じゃ、じゃあそういうわけでな! また明日な、咲坂!」

 なにかを言うより早く、高木くんは逃げるように階段を駆け下りていった。なんとなく無意識に思った。

「……明日って、土曜日で学校休みだよね?」
 
ーー

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