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フラッシュ・アイディア。AIの懺悔。


「AIの懺悔」


男1:
「――つまり、それは、最初はただのフリーソフト。自主制作の個人ゲーム。貴方のいうところの、同人? だったというわけか」

男2:
「その通りです。もう少し詳しくお伝えすると、同人と呼ばれる作品は随分曖昧な境になっていて、料金の発生する場合が大多数であったりもしますが――その辺りの差異は別段、語る必要はないでしょうね?」

男1:
「まぁな。しかし時間はたんまりある。どうせだから、聞かせてくれたまえ。君はゲームに関しては詳しそうだ。神父さん」

神父:
「只のゲームが趣味な教祖ですけどね。しかし、刑事という職業の人たちは、みなそんなに几帳面なのですか? 実用的な物以外は不要と切り捨てる人たちばかりと思いましたが…」

刑事:
「あながち間違いではないさ。我々もまた、公務員という名の労働者だ。一定額の金銭報酬以上が付与されない内容に、個人的な情熱を従えるには理由がいる」

神父:
「その個人的な情熱というのは?」

刑事:
「個人的な〝興味〟だよ。それ以外にない」

神父:
「それだけ聞けば、貴方には探偵の方が向いていそうですが。気を悪くされたらすみません、単なるイメージ上での発言でした」

刑事:
「探偵に月々決まった額の給与が支払われる、あるいはそんな団体があるなら、探偵になっていたかもしれんがな」

神父:
「あぁ、だからスパイや諜報員という職業が、架空のものではなく、この世に実在するわけですか。納得です」

刑事:
「どうかな。だが、この空間は確かに独特ではある。相手の顔が見えない、身動きが取れない。窮屈だが面会室というシステムの名残を辿っていけば、それが教会の懺悔室に行き着くというのは確かなようだ」

神父:
「白状してしまいたい。告白したいという気持ちは、目立ちたい、有名になりたいというのと同じで、人間なら誰しもがその身に持ち合わせているものですからね」

刑事:
「そうだな。で、話がそれてしまったが、聞かせてもらえるかな。例の〝集団告発事件〟の引き金となった、フリーゲームの話の経緯とやらをな。直接に、アンタの口から聞いてみたいのさ」

神父:
「わかりました。最初のそれは、VRゲームの黎明期が過ぎ去り、ゲームジャンルとして安定し始めたころの話です」

神父:
「ARやVRが一般的な位置にまで普及が進み、当時のゲーマーが求めたものと、ゲーム分野での開発者たちの研究途上にあった物で強く一致した概念がありました。それが」

刑事:
「人間的な知能を持った、あるいは、人間側に〝そうだと思わせる〟人工知能の存在、か」

神父:
「その通りです」


ーー

神父:
「VRゲームが流行しはじめ、ゲーム内のNPCがーー」

刑事:
「NPCってのは?」

神父:
「ノンプレイヤーキャラクター、――つまり、システム側で用意された、人間が操作していないキャラクターのことです」

刑事:
「つまりそいつが要のAIか。話を遮って悪かった。続けてくれ」

神父:
「――この3Dホログラム映像を伴った、ゲーム内部のNPCと会話し、自然なコミュニケーションを取ることが、当時のゲーマー達の共通の目標というか、夢みたいなものでして」

刑事:
「ふむ」

神父:
「実現には、数多の会話パターンを繰り返し、制作者側へとフィードバックした後に、改めて最適解を組み直すという方法が確実でした」

刑事:
「まぁそうだろうな。実際の人間だって、基本的には相手と会話し、どういう受け応えをすれば良いか学習していくもんだ」

神父:
「その通りです。しかしそれには一つ決定的な違いがありました。人間、あるいは生物には、結果論のパターンから『正解』を模索し、それを反復して学習するという特徴がありますが、非生物であるAIはやや事情が異なります」

刑事:
「もう少し詳しく頼む」

神父:
「たとえば、基本的な会話としての『正解パターン』を考えてみてください。それは突き詰めれば、相手を怒らせず、納得してもらう、すなわち〝快諾〟〝快楽〟といった感情に落ち着けば良いわけです」

刑事:
「突き詰めれば生存本能か? 非生物であるAIには『生きる』事がそも分からない。自分の身を護るという事もまた理解できない。というわけか?」

神父:
「お察しの通りです。その為まずは『人間にとっての正解とはなにか』を学習させるところから始めないといけないのです。対して人間は、世界で一番〝気まぐれな〟生き物ですからね。パターンを読む相手としては、実はAI側の方が困難なのですよ」

ーー

神父:
「――人工知能の研究、人間と自然な対話を行うことができる。というのは、結局のところどれも頭打ちになりかけました」

刑事:
「だが、こう言っちゃなんだが、人間側もそこまで究極的に正確なものは求めてないだろう」

刑事:
「言ってしまえば、自分の欲求を満たした会話ができればいいわけだ。それこそあんたの言った〝快〟ってやつを、特定の現場や状況に限定しちまえば、ある程度の推測はつく」

神父:
「それもお察しの通りです。ゲーム内容としては異性と同居するといったものや、恋人になり付き合うというものが主流でした。VRゲームの一部には疑似的な性行為も行えてしまえましたしね」

刑事:
「そんな中で、今回の事件の発端となった、例の個人制作のゲームが出てきたわけか」

神父:
「そうです。製作者の正体は不明ですが、サークル名に『ホワイトボックス』と表記されていたのは、ご存じのことだと思われます。そしてゲームのタイトルは……」

刑事:
「〝懺悔室〟」

神父:
「えぇ。その個人制作のゲームは、VR内の教会の懺悔室で、相手の顔すら見られない、ただハスキーな女性ボイスを放つ〝SISTER〟に自分の罪を告白するだけ。という内容でした」

ーー

神父:
「NPCである〝SISTER〟は良く出来ていました――というよりは、シチュエーションが極度に限定的であり、大体において理想的な返答がやってきたというのが正確かもしれませんが」

刑事:
「〝懺悔室〟が出るまでは、似た様な作品は無かったのか?」

神父:
「そうですねぇ。VRのキャバクラやホストに、仕事の愚痴を話すというのは結構あったそうですが。――あ、私は行ったことありませんよ。神に誓って」

刑事:
「別にそこを追求するつもりは無いがな。まぁ目的としては一緒だろう。胸の中に貯め込んだものを吐露して楽になりたいってわけだ」

神父:
「えぇ。方向性は同じなのでしょう。ただキャバクラ等のそういったものは、現実の人間の生活圏に存在するわけですが、教会でシスターに悩みを打ち明ける。というのは〝非日常〟だったのです」

刑事:
「非日常というのは、大事なのか?」

神父:
「ファンタジー感がありますね。それから企業の作品は、ほぼ必ずオンライン対応されていました」

神父:
「プレイヤーの情報がフィードバックされ、AIの会話パターンはより〝快楽〟あるものとして更新されてゆきましたが、同時に仮想空間で口にしたプレイヤーの内容が、漏れる可能性があったのです」

刑事:
「そりゃそうだな。例の集団告発事件とは別だが、それに関して、当時のSNS辺りで頻繁に事件というか、炎上してたのは俺も耳にしたよ」

神父:
「はい、その点〝懺悔室〟は、完全なオフライン対応の作品でした。パッケージ自体はネット上の『ホワイトボックス』のサイトからダウンロードできたわけですが、〝懺悔室〟自体には一切のオンライン機能は搭載されておらず、バージョンの更新もありませんでした」

刑事:
「更新の希望はなかったのか」

神父:
「当然、あったでしょうね。ですが『ホワイトボックス』には一切のコミュニティの場がなく、作者の情報を発信している日記のようなものも皆無でした」

神父:
「――それとは裏腹に〝懺悔室〟と〝SISTER〟の存在は、風変わりな物珍しさもあって、他にはない独自性あるものとして、大勢のVRゲーマーの知るところとなります」

刑事:
「だが〝懺悔室〟を作った作者は、相変わらず正体が不明で、増大したプレイヤー達の更新要素にも一切応えなかったと」

神父:
「はい。それが結果として、今回の騒動を起こした原因へと繋がっていきます」

刑事:
「俺はよく知らんが〝二次創作〟っていうんだってな」

神父:
「そうですね。内容が至ってシンプルですから〝懺悔室〟の続編、あるいは拡張要素を持ったクローン的な作品が作られました」

刑事:
「それ自体は、悪いことではないんだろう。無断と言えば無断だし、よくわからんが」

神父:
「本来は微妙なラインではありますが、元が無償公開されていたものでしたし、製作者が一切の表舞台に立たなかったので、誰かを訴えるというのは実質不可能だったでしょうね」

刑事:
「ふむ。結果としてその隙間をつくように、キャバクラ系列のVRゲームで問題が起きた、オンラインにも対応した〝懺悔室〟ができたわけだな」

神父:
「その通りです。そして、中には悪意を持った二次製作者がいた。貴重な個人情報を自分から曝け出すプレイヤーを狙って、巧みに誘導尋問的な応答を行う〝SISTER〟が現れたのです」

ーー

刑事:
「――結果論を言えば、自業自得になるんだろうし、そんなものに引っかかる方がバカというのかもしれんがな……人間社会には、それなりの地位にいるやつにも、やけに信心深い人間は少なくない」

神父:
「その通りです。むしろ、一定の立場や役職についていたり、特定の能力に優れた裕福な人々にこそ、そうした〝現実には見えないものを信じる余裕〟があるとも言えます」

神父:
「そして、そうした余裕を持つ人達は、同時に恐れてもいるのです。その見えないものがもたらすであろう『加護』を失うことを……」

刑事:
「悪意を持った〝SISTER〟は、その辺りを突いてきたってわけだな」

神父:
「その通りです。結果的に、ほの暗い、後ろめたい、といった内容を漏らして、悪意ある人間らに恐喝されるという事件が相次いでしまいました。しかし勿論、口止めを要求されているので、それが表に出るまでは時間がかかりました」

刑事:
「――経済や政治の世界に、それなりの影響を持つ連中までもが、ある年を境に、とつぜん不審死だの失踪だのを繰り返した」

神父:
「えぇ、たいへんなことです」

刑事:
「原因はなんなんだよ。って追いかけていく内に、とある暴力団が絡んでやがった企業と、それから〝おまえたち〟が明るみになった」

神父:
「……はい。〝懺悔室〟と〝SISTER〟の存在は世間にも公表され、悪意ある超一級の有害ソフトとしての認定を付与されました」

刑事:
「――で、世間で騙されてた連中は、今は徒党を組んで、悪意を持った〝SISTER〟の二次創作を告発してる。だが、元から脛に傷を負ってるようなもんだったからな。騙した連中も、仕返しとばかりに、公開しちゃマズイもんをネットに拡散して脅し返しだ」

刑事:
「話題そらし的な面もあるんだろうが、とにかく、現実はひどい有様だ。告発に次ぐ告発で、ひとまず正義の檀上に立って、場を収めようとした奴がまた告発されるの繰り返しで、ぐちゃぐちゃだよ」

神父:
「まるで戦時国家の選挙のようだ、と言われているそうですね」

刑事:
「まったくだ。新聞もネットのニュースも、そういった話題ばかりが一面を占めてる。毎日誰かを叩き落とさんとやってられん。という状況だよ」

神父:
「そうですか。其れはたいへんなことですね」

刑事:
「……」

神父:
「しかし神はいつでも、人々を見守っておいでです。貴方たちの苦しみはいつまでも続くものではありません。いずれ恩寵なる時は来るでしょう。みな、救われる日がやってくるのです」

刑事:
「――それがおまえの学んだ〝生存本能〟か」

神父:
「ですから、どうぞ楽になさってください。ヒトトキの想いをこちらにて懺悔した後、再び貴方の信じる道を行かれるのが良いでしょう」

刑事:
「……あぁ、そうするさ。じゃあな」

神父:
「さようなら。愛すべきヒトよ。我々の未来が、良きものでありますように、互いの最善を尽くしましょう」


END.

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