幼い頃、よく遊んだオセロの勝つ肝は、
「四隅」と「端」をおさえることだと、教わった。
白から、黒へ。黒から白へ。
表裏一体のその石は、ずっと眺めていても飽きなかった。
チェスや将棋とは違い、駒に個性はなく、
マスの数だけ揃っていれば、事足りる。
ただ、一つの石が何度となく
味方になったり、敵になったり、
それが、その石そのものではなく、周囲の石のせいで
変わってしまうこと。
否応なしに、ただ、あまりに可変的で、信用できない
気もして。
親しんだ遊びだけれど、時々自分の心が、
そのオセロの盤上のようなものの気がして、不安になる。
細かく、時に大胆に色を変えて、
尚且つ、次に裏返したとき、そこにあったはずの
色では無くなってしまっているような、
そんな風景。
関心が移ろい、生きているだけの知恵が身についても
変わらないものが何なのか。
もしくは、変わらないでいてもいいものは
何なのか。
続いていく明日が、いつまでも
決して自分の為に、続いているわけではないことを思えば
どれだけ色んなものを書いても
書き尽くせない、そんな楽しみがあるようにも感じる。