• に登録
  • SF
  • エッセイ・ノンフィクション

原稿の海の中で、猫を抱いて泳ぐ

時は1998年。
私が、まだ夢を見ている学生だった頃だ。
あの頃のことはよく覚えていた。
暑い夏の日。冷房もない寮の中で、共に朝を起き夜に寝る友人と一緒になって物語について夜中までよく語り合ったものだ。
その時によく題材にしていたものの一つが、海の中を青年が冒険するサルベージものだった。
サルベージをテーマにした作品は少ないと思う。随分とニッチな作品だ。

海は温暖化によって海面が上昇し、突然変異した海洋生物たちは次々に人を襲いだし、陸地を失った人類はフロート型の新市街へと移り住んだ。
青年はある研究機関で働いており、温暖化の原因と海洋生物たちの凶暴化、そして人類に変わる新たな知的生命体を生み出し人類に対して宣戦を布告してきた天才科学者、ゾーンダイクとの戦いに、戦闘、研究、テストパイロットとして参加していたハヤミという人間だった。
このハヤミという人間がまた一筋縄では扱えないような問題児で、腕と直感は一流だがそれ以外はからきしダメという色物だった。
シナリオやストーリーはよく練ってある。脇役も皆名脇役揃いで、声優の名前を私は知らないのだが、覚えているところによると確か、有名な声優さんが担当していたそうな。
メカデザインもとても魅力的て独創的。生物デザインもよく練りこまれている。

今になってもこの程度の感想しか抱けないのだから、私の中の知的探究心はこの程度だったと、今でも酒を飲みながら自らを軽蔑している。
だが学生だった頃の私たちは、もっとずっと軽薄で薄くて、どうでもよくて、当てずっぽうで場当たり的で、熱く、それらのことを語っていたものだ。
それがいったいなんであったのか今思い出そうとしても思い出せぬ。
ただ、あの頃の思い出は、あの頃の思い出のまま、ずっと遠い彼方の川辺に投げ捨ててきた。

そんなようなものだ。
そしてそれらゴミのような思い出の切れ端を、捨てても捨てきらない小さなワタのような思い出の断片をパンツだとか汚れた白シャツの襟だとかパジャマのズボンだとかに引っ付けて、洗濯機で何度も何度も洗っても取れない汚らしい思い出のかけらをそこら中にへばりつけて。

過去をいくつも抱えて、本を読む。
あのときのこと。
あの時の思い出。
あの日の夏の暑さ。
真っ白な原稿用紙。
いつまでも、記憶にすがりつく。
夏の今日。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する