【096 第三十七話 リサステーション(甦生)03】
アリサが聖女の|祝福《ギフト》を受けてまだ一年弱、超高度な聖女の秘術を使いこなすほどには成長していない。
しかもアリサは、15歳の成人の儀で【聖女の|祝福《ギフト》】を授かるや否や、召喚勇者達の慰み者にされるのを恐れて即効でばっくれた。すぐ|想い人《ユーシス》とともに逃亡の旅に出ている。
上記部分の関連ストーリーとなります。
アリサの【成人の儀】の模様です。
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【アリサの誕生日】
私の名はアリサ、14歳。王都で花屋を営んでいる。
4年前の深夜、私と幼馴染の隣の家に強盗団が押し入り、私達の両親は殺されてしまった。
私は幼馴染のユーシスの機転により助かり、強盗団もたまたま巡回中していた王国騎士団第三独立小隊の聖女カーシャ隊長と、勇者ヨシュア副隊長によって捕縛された。
私とユーシスはお互い天涯孤独の身となったけど、今日まで支えあって生きてきた。
明日は私の15歳の誕生日、私の住むスラヴ王国では15歳をもって成人を迎える。
午前中は教会にて成人の儀を行い、ユーシスが午後から私の誕生会を開いてくれる。
お祝いとは別に大事な話があるということで、なんだか期待してしまう。
上機嫌でお開店準備をしていると真正勇者ヨシュアさんと、同じく真正聖女カーシャさんに声をかけられた。
「やあアリサ、今朝ぶり」
「こんにちは、お疲れ様です」
「いよいよ明日は成人の儀だね、今どんな気持ち?」
「私みたいに聖女になんかなるなよ、なったら悲惨だよ」
いたずらっぽく話しかけてくる二人に対して私は応えた。
「私ごときになんて聖女の神託があるなんてとてもとても。もしなったら夜逃げしちゃうし」
「あははは」
「ふふふふ」
和やかに笑ってはいるけど冗談ごとではない。
私は聖女に覚醒した人で、無事だった人など聞いたことが無い。
「私も聖女に覚醒したときは召喚勇者どもから怒涛の魅了攻撃受けまくったし、コイツが勇者に覚醒してくれたおかげで最後は助かったけど、そうでなかったら・・・思い出すたびゾッとするわ」
「聖女様を前にしてアレだけど、ほんと聖女なんてなるもんじゃないよな、あと勇者もな・・・」
目の前でカーシャさんは軽い口調で話してはいるが、毎日が凌辱の日々で大変だったらしい。
ヨシュアさんが勇者でなければ、確実に終わっていたんだと思う。
このティラム世界において「聖女」は崇められてはいるものの、なりたい職業ナンバーワンじゃない。
むしろ想い人のいる女性にとっては、やりたくない職業ナンバーワンだ。
「明日は午後から誕生日会だろ?ちょっとだけ顔出すよ」
「なんかユーシスったら思いつめた顔していたけど、明日あたり告白するんじゃない?」
ニマニマしながら二人は去って行った。
残された私は顔を赤く染め、どうしようもなく緩む頬を両手で覆う。
そして素敵な明日になるよう創造の女神テラリューム様に祈りを捧げたのだった。
【成人の儀、当日】
「おはよう、ユーシス」
時刻は朝の5時30分頃、私はいつものように目を覚まし、顔を洗って髪を梳かしてから、となりのベッドで眠っているユーシスを起こす。
「おはよう、アリサ」
そう言って、おはようの挨拶をするユーシスは、多分私が起きるよりずっと早くから目を覚ましているのだろう。
私達の両親が亡くなり、共に生活するようになって早や4年。
私はいつから彼のことを「ユーにいちゃん」ではなく「ユーシス」と呼ぶようになったのだろう。
いつから彼のことを強く意識するようになったのだろう。
確かなことは、皮肉にも両親たちの死が、私達の距離をぐっと近づけてしまったのは間違いない。
私はいま幸せだ。彼のことを愛している。そして同時に切なくも思う。
彼は私をどう思っているのだろか、妹のように思っているのだろうか、それとも一人の女として見てくれているのだろうか。
私は今日15歳の成人を迎える。
成人と言えばなんだか一人前のようだが、中身は思春期まっさかりの、心が不安定な少女でしかない。
例に漏れず、最近の私は不安定だ。
落ち着いているような振る舞いは全て演技でしかない。
そうしないと私は暴走して彼に告白してしまいそうになる。
でもきっと出来ないだろう。
彼に拒絶されたらと思うだけで足がすくんでしまう。
そうやって私は紋々としながら毎日を過ごしてきた。
朝起きる時、夜寝る時、ベッドから彼に向かって手を伸ばし、近くて遠い距離に何度ため息をついたことか。
でも今日は何かが変わるような気がする。
昨日からユーシスの態度が妙に余所余所しく、ヨシュアさんもカーシャさんも、まるで今日の誕生会で何か素敵なことが起きるような、そんな予見をして私を揶揄ったりした。
素敵な一日になることを夢想して私の一日が始まる。
悪夢の一日が始まるとも知らずに・・
ユーシスを起こした後、私は朝食の準備をする。
家中の窓を開け新鮮な朝の空気を取り入れる。
外はまだ人の姿は少なく、朝の静寂の中で小鳥たちの囀りが心地よく響く。
食事の準備が出来たころユーシスがノソリとベッドから起き上がる。
そして二人で朝食を食べながら、ユーシスに気取られないよう彼の顔を目に焼き付ける。
毎日変わらない朝の流れだ。
私とユーシスは、簡単に部屋の掃除をし、私は成人の儀の準備をする。
女神様はもちろん神官様の機嫌を損なわないよう、普段は全くしないメイクで清楚らしく雰囲気を整える。
着て行く服も水色のワンピースに白の肩掛けの井出達で無難にまとめてみた。
「ど、どうかな?」
私の問いかけにユーシスは少し照れたような表情で、でもそっけなく
「なかなかいいんじゃない?」
そう褒めてくれた。
“コチコチコチコチ”時計が回り、そろそろ教会に行く時間になった。
「それじゃ行ってくるね!」
私はユーシスに手を振りながら踵を返し家を出た。
ユーシスは私の姿が見えなくなるまで玄関で見送ってくれている。
私は背中にユーシスの視線を感じながら王都内にある教会に向かった。
教会に着き、神官様に案内された私は講堂内に通される。
ここはテラリューム教の教会、私もユーシスも子供の頃からテラリューム教の教会や神殿にお世話になっている。
でもこの世界の主神は慈愛の女神セフィースであり、セフィース教こそが世界で一番普及している宗派だそうだ。
テラリューム教の信者の多くは勇者か聖女を輩出した家系の方が多いとのことだけど、私の場合はご先祖様にそんな凄い人がいたとかトンと聞いたことがない。
最初の勇者と聖女が現れて二千年あまり、その血脈は薄く広がり続け、薄まり過ぎたその血統は、もはや意味が無いないものだと思っていた。
身近に勇者と聖女の知り合いがいるというのに……
今日の成人の儀で与えられる祝福が、あの忌まわしい聖女以外なら、ユーシスとの仲を引き裂くようなものでなければなんでもよかった。
教会には、私の他2人の新成人が来ていた。いずれも女の子だ。
神官様の祝詞も終わり、メロンくらいの大きさの水晶玉が用意され、いよいよ女神様の祝福が始まる。
最初の女の子には癒水の祝福があった。
付き添いの親達は大喜びしている。
もしかしたらポーションなど自由に扱えるのかもしれない。
次の女の子には祝福は無かった。
ただ将来重要な使命を担わせるとお告げがあったらしい。
親達は当然困惑していた。
そしていよいよ私の番が来た。
深呼吸してからそっと水晶玉に手を置いた。
残念なことに水晶玉は大きく変化を見せた。
怒涛の如く眩しく金色に輝く水晶玉、
驚愕する神官達、
私が受けた祝福は、雷属性、植物属性、剣術、身体強化、それに、
聖女だった。
「聖女様!」
神殿にいた全ての者達が私に対して膝まづく。
「おめでとうございます、聖女アリサ様。我々テラリューム教は聖女様に対し心からお喜び申し上げます!」
満面の笑みの神官達。
私は呆然とした。
頭の中で理解が追い付かなかった。
というよりも現実を受け入れたくなかった。
目の前の水晶玉は未だに忌々しいほど金色に輝いていた。
「いや・・」
私は小さく震えた後、
「いやああああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫した。
“なんで、なんで私が聖女なの?
他に為りたい人とかいっぱいいるじゃない!“
「落ち着いて下さい、聖女様。困惑する気持ちはわかりますが、どうか落ち着いて!」
神官達がパニックに陥った私を落ち着かせようと寄ってくる。
「落ち着けるわけないでしょう、私には想い人がいて今日告白される予定なんです!どうか無かった事にして下さい!どうか慈悲を!」
私は必死になって懇願した。
しかし神官達の返事は私をさらに絶望に突き落とした。
「なっ!?それはいけません。聖女様は27歳までは性交を禁じられています。唯一の例外は勇者様のみですよ!想い人なんてとんでもない!」
私はユーシスと想いを遂げられないの?
例外は相手が勇者の時だけ?
「はぁ?ふざけないでよ、勇者ってどうせ召喚勇者でしょ?あいつら勇者という名の性獣じゃないの、そんなのが唯一の例外とか頭わいてんの?私を勇者に売り飛ばして性奴隷にする気!?」
私はブチ切れた。
恐らく生まれてきて一番ブチ切れた。
なんで私が・・なんで私がこんな目に!?
「召喚勇者に売るなどとんでもない!とにかく落ち着いて下さい。まずはゆっくり話し合いましょう、ね? (おい、誰か麻酔薬持ってこい)」
麻酔薬!?
何を言ってるの?この神官達は!?
「麻酔薬とか何言ってんの!?いいから離してぇぇ・・あぅ!?」
次の瞬間、布に染み込んだ麻酔薬をかがされ、私の意識は闇に堕ちて行った。
「うっ・・」
私は見知らぬ部屋で目を覚ました。
体の自由が利かないと思ったら手足が縛られて床に転がされていた。
部屋の中には私以外に3人の神官の姿があった。
いずれも成人の儀の時の神官だ。
「聖女様が目を覚まされたぞ!」
まだ少し麻酔が残っているのか頭がぼんやりする。
神官達は私が何処の誰なのか今更聞き出そうとして質問責めにする。
「家に・・帰して・・ユーシス・・が・・待って・・いるの・・」
私は麻痺している頭で必死で神官達に訴えかけた。
「おい、まだ寝ぼけているぞ、気付け薬を持ってこい!」
そう言ってもう一人の神官に取りに行かせ、私に嗅がせた。
「!?」
頭の中全体が“ツン”と刺激され一気に目が覚める。
神官達は相変わらず私を質問責めにする。
ああ、このままじゃ私もうユーシスに逢えなくなる・・
そんなの絶対嫌だ!
「お願い、うちに返して!返さないと言うのなら・・」
私は目に涙を浮かべて見下ろしている神官に懇願した。
しかし彼らは“にちゃぁ”とした嫌らしい笑みを浮かべた。
なんで?私何か女神様に怒りに触れる事した?
何で私がこんな目に合わなきゃならないの!?
理不尽な目に合わせ続けられ“プツン”と私の中の何かがキレた。
“パリっ“・・部屋の空気が帯電する。
部屋の中の金物が“ジジジジ“と鳴りだす。
神官達が異様な空気に感じキョロキョロしだすがもう遅い!
「 |中級雷撃魔法《ギガボルト》!! 」
私は中級雷撃魔法ギガボルトを発動した!
ガラガラガラ・・ピカッ!ドゴオオオ!
轟音と共に閃光が走り雷撃が神官達を襲う!
「るっきゃあああああああああああ!!!!」
「ぐぼおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ぶべえええええええええええええ!!!!」
部屋の中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「な、なんで聖女が雷撃の魔法なんか・・・」
神官達は皆大人しくなった。
私は机の上に置いてあるハサミを見つけ、縛られた足でピョンピョン飛びながら机の上のハサミを手に取り拘束に使われていた紐を切った。
部屋の2つのドアのうち外に面しているドアを開けて外に出た。
幸いにしてそこは教会の前の通り道だった。
「この先どうなるんだろう……怖い……怖いよ、ユーシス……」
私はユーシスの待つ家に走って帰った。
しかし、全ては遅かったのだ…………
(おわり)