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【追放した側のファンタジー・英雄ケンツの復活譚】090第三十六話 02 関連エピソード その二


【遭遇、召喚勇者!sideアリサ 05】



 

「おら、さっさと入れ!」

「きゃっ!」


 ユキマサは私の背中を強く押しながら部屋に入った。

 ユキマサが選んだホテルは| VIP《要人》が利用する超高級ホテル。しかもエグゼブティブスイートルームだ。

 それこそ一泊50万ルブル(日本円で50万円)を下る事は無いだろう。


 凄いなぁ……こんなお部屋でユーシスとまったり過ごしたいなぁ……

 でも一介の花屋が止まれる部屋じゃないよね。

 だって一泊するだけでお花の売り上げ三か月分以上だもん。

 これはあれね、国賓を除けば悪い事して荒稼ぎしてる人しか利用できないわ。

 私とユーシスみたいな庶民には絶対に縁の無い部屋ね。

 おっと、他所事にうつつを抜かしている場合じゃないわ。


「ふはははは、何を固まっている。まあ本当ならおまえのような田舎娘には生涯縁の無い部屋だ。驚き固まるのも無理はないな」


 田舎娘?

 失礼な、こう見えて私は都会育ちなのよ!それも王都出身!

 ほんと、この召喚勇者、どうぶっ殺してくれようか!

 ユーシス以外の男に腰回りを抱えられた事で、私は怒り心頭だ!

 殺ス、殺ス、殺ス、殺ス、殺ス、殺ス、絶対殺ス!


 はっ!


 いけないいけない、ぶっ殺すなんて考えないで冷静に。

 ここは禍根を残さないよう穏便にこの勇者を眠らせて脱出しないと。

 今頃リットールの冒険者ギルドにはユーシスが戻ってきているかもしれない。もしかしたら祐樹と朱里も到着しているかも!

 そんな時に、連邦の召喚勇者なんかと揉め事を起こして目を付けられるワケにはいかないわ!


「女、上着を脱いでこっちへ来い!」


 ユキマサはソファーにドカっと座り、私を呼び寄せた。

 私は言われた通りに上着を脱いでユキマサの隣に座った。


「で、名はなんという?」

「………」

「今更隠しても意味は無いだろう。どうせベッドに入ればすぐに快楽に負けて吐く事になるんだ。俺はそれでもかまわんがな」


 ユキマサはニヤニヤしながら問い詰めた。

 うーん……とりあえず偽名を名のっておこう。何がいいかな。

 その時、私の頭に自然と浮かんだ名前は……


「ラリサ……ラリサ・セチェルドーテと申します」


 私は何の躊躇いもなくラリサの名を騙った。

 ごめんラリサ、ワザとじゃ無いの。ただ口が勝手に喋ったの。

 後で面倒事に巻き込まれたら自力でなんとかしてね。

 私はラリサのいるカンデュラの方向に向かって謝罪の念を送った。



 *



 ◆スラヴ王国 カンデュラ領
  真・テラリューム教カンデュラ教会 聖騎士隊食堂



「ぶえっくしょん!」


 真・テラリューム教大神官、ラリサ・セチェルドーテの尊くも豪快なクシャミが食堂内に響く!

 周囲の視線が一斉にラリサに集まった。


「ネーたん、お風邪―?大丈夫―?」

「大丈夫だよリリサ。きっと誰かが尊いアタイの噂をしてるのさ」

「尊いー?」


 尊いの意味がわからず、幼い妹リリサはコテリと首をかしげる。

 リリサは実に可愛く尊い。


「おいおい|お嬢《ラリサ》、大神官ともあろうお方が、なんて下品なクシャミをしてんだい」

「まったくだ。|お嬢《ラリサ》はいつまで経っても威厳とか上品さとかが感じられねーな。ちょっとはアリサを見習えっての」


 聖騎士アランとキースは、垂らした鼻水を拭きとっているラリサを呆れた顔で罵った。

 それを聞いたラリサのコメカミが、|##《ピキキッ》と音をたてて引きつる。

 アリサとの比較。それはラリサにとっては絶対的タブー案件!

 不快なことこの上なし!

 ラリサはキレた!


「うっさい!今なんか途轍もなく嫌な事に巻き込まれたような気がしたんだよ!あと|あいつ《アリサ》だって威厳も上品さも皆無じゃん!ユーシスの前でだけカマトトぶってるだけじゃん!あんなぶりっ子なんかより、アタイの方が全然威厳と品があるっての!」


 ラリサはアリサの事を罵倒しながら、正体不明の悪寒に背筋をゾクゾクさせた。



 *



 ◆再びリットール政都 高級ホテルの一室


「ふーん、ラリサっていうのか。いい名だな」

「そうかなぁ……」

「なんか言ったか?」

「いえ別に」

「? まあいい、おいラリサ、酒を注げ」


 目の前のローテーブルには高そうなお酒とグラスが二つ。

 そうだ、このまま酒を飲ませ続けて泥酔させちゃえ!

 ユキマサのグラスにナミナミと酒を注いで渡す。


「はいどうぞ」

「ラリサ、おまえも飲め!」

「すみません、私はお酒に弱く……というか、かなり悪い酔い方をするので御遠慮します」

「なんだぁ?オレの酒が飲めないってのか!?それなら口移しで飲ませてやる!」


 そう言ってユキマサは口に酒を含み、タコのように唇を突き出し迫ろうとする!


「いえいえ、それには及びません!飲みますから!」


 仕方ない、一口だけ飲んで後は誤魔化そう。


「くぴ……」


 ― ぐにゃぁ~


 一口グラスに口を付けた途端、視界がグニャリと歪んだ。


「あ、あれ……」


 しまった、これアルコール度数がかなり高いお酒だ!


「ふわぁ……」


 私はアッサリと意識を手放してしまった。


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人物紹介。

ユキマサ(井上幸正)
アドレア連邦の召喚勇者。年齢20歳。
連邦の召喚勇者の中では割と強い方。

ラリサ・セチェルドーテ
スラヴ王国カンデュラ領、真・テラリューム教教会の大神官。
年齢16歳(もうすぐ17歳)
見た目はアリサにそっくりで、経歴も似た部分がある。
アリサとは犬猿の仲。

アランとキース
ラリサを守護する女神テラリューム直属の聖騎士。
元は悪名高いテラリューム教所属の聖堂騎士だった。

リリサ
ラリサの幼い妹。
貧困を憎む。


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【遭遇、召喚勇者!sideアリサ 06】



「つつつ……ううーん、あれ?ここどこ……?」


 気が付けば、

 私はベッドの上で高級酒の空瓶片手に仁王立ちしていた。

 頭がガンガンして気持ち悪い。とりあえず……


「ヒール!」


 ヒールをかけて頭がすっきりしたところで絶句した!


「え、なにこれ?」


 なんだか立派なお部屋のようだけど、どういうわけか物凄く荒れている。

 ソファーは真二つに裂け、戸棚のお酒とグラスは全て投げ出され割れている。

 壁の所々がボコボコと凹み、鏡と窓ガラスは全て崩壊。

 床にも色々なものが散乱している。

 おまけに天井が破壊され、寒そうな冬空を覗かせていた。

 どういうわけか足元のベッドだけが奇跡的に無傷だ。


「はえ?……え?わわわ!」


 なんと私はあられもない姿をしているではないか!

 シャツのボタンが全部外れ、下着越しに胸がはだけている!

 キュロットスカートも履いていない!?

 え?え?なんで???


「きゃああああああああああ!!!一体なに?どうなってるの!?」


 慌てて胸を隠してその場にしゃがみ込んだ!


「何が“どうなってるの”だ、この酒乱女!」


 壊れたソファーの影から、召喚勇者ユキマサがビクビクしながら姿を現した。

 しかも何故か顔が腫れている。

 頭からダクダクと出血もしているようだ。


「召喚勇者ユキマサ!?……思い出した、私はホテルに連れ込まれて……じゃあこれは全部あなたの仕業!?なんて無茶苦茶な!それに私の服まで剥いて!」


 はっ!?

 ちょっと待って、|ディメンション《報酬の時》|アーマー《空鎧装》が起動した形跡が無い!?

 じゃあ、じゃあ……


 ― ブワッ!


 全身から嫌な汗が一気に噴き出した!

 まさか……まさか私、こいつとしちゃったの!?そんなバカな!!!!


「そんなぁ!ユーシスごめんなさい!私こんなツモリじゃ……うわーん!」


 大号泣!

 軽率だった、「自分の方が力量は上」。勝手にそう思って敵を甘く見てしまった。

 |ディメンション《報酬の時》|アーマー《空鎧装》も過信しすぎた。

 まさかお酒で自爆して、そのうえ鎧まで発動しないなんて!


「えーん!取返しの付かない事をしちゃった……こんなのやだよう!」


 そして泣き叫んだあと、私はキッとユキマサを睨みつけた!

 全部、全部この召喚勇者のせい!

 こいつが絡んで来たせいで私は……私はあああああ!!!


「よくも……よくもよくもよくも!よくも私を汚してくれたわね!殺す!絶対に殺す!骨の一片たりともこの世に残さない、完全滅殺してやる!」


 こうなったらユキマサを屠って全て無かった事にするしかない!

 無かったことになんて出来るわけないけど……ぐすん。


 ― ギンッ!


 かつてない程、殺意を込めた目でユキマサを睨みつける!

 しかしユキマサの様子がどうもおかしい。


「ちげーよ、バカ野郎!この惨状は全部おまえがやったんだ!しかも俺様をボコボコにシバキやがって!」

「へ?」


 私がやった?どゆこと?


「信じられねーぜ、この女!たった一口酒を飲んだくらいで豹変して大暴れしやがって!おお痛え……なんて馬鹿力だよ」

「え、マジで?ホントに??」


 どうやらこの部屋の惨状は、全て私がやらかしたらしい。

 じゃあ私が半裸状態なのはどうして???


「酒飲んで暑がったおまえが自分で脱いだんだ!こんな嬉しくないストリップショーは初めてだぜ!」


 そう言えば下着はちゃんと履いているし……

 よく見ればユキマサの服もボロボロだけどちゃんと着ているし……

 じゃあ、私はこいつとしてない?

 ……
 ……

 してない!やってない!やったー!良かったー!


「ユーシス、私の貞操は無事だったよ!ばんざーい!わほーい♪」



 あまりの嬉しさに、私はその場でクルクルと回って小躍りしたい気分だ。


「“ばんざーい!わほーい♪”じゃねえ!おいラリサ、おまえもう酔いは醒めたみたいだな?」

「え?」

「ふへへへ、シラフに戻ればこっちのもんだ。やっと楽しめるぜ」


 ユキマサはのそりと近づいた。


 なにこの勇者、部屋がこんな惨状なのにヤるつもり!?


「あのユキマサ様、お部屋こんな惨状だし、今日はもうお開きにしては……」

「こんな惨状にしたのは誰のせいだ!ええ!?」

「それは……私です……」


 うう、微妙に言い返せない。

 ユーシスが『酒は絶対飲むなよ。アリサは酒を飲むと女を捨てて豹変するからな』って言っていたけど、あれ本当だったんだ。

 私、もうユーシスと一緒の時しかお酒飲まない!


「ぐふふふ……さあ、もう諦めろ!」


 ― バッ!


「なっ!?」


 ユキマサは信じられない早さで私に覆いかぶさって来た!

 人間性欲が高ぶると、常識では計り知れない動きをするという!

 というか、私がベッドの上でしゃがんで色々と隠していたせいで、反応が遅れてしまった。

 く、これはもう駄目ね。どのみち部屋がこの惨状じゃ結構な騒ぎになっているはず。

 なら、ここからは遠慮しない!全力で……ぬ!?


「さあて、ネットリと可愛がってやる。でも万が一酔いが残っていたら危ないな……なら!」

「え?」


 ゲスな笑みをユキマサは浮かべた。


「食らえ!|勇者の魅了《チャームアイ》!」

「しまった、きゃああああああああああ!」


 超至近距離からの|勇者の魅了《チャームアイ》!

 ドクドクしくも濃厚で悍ましいオーラが放たれた!

 それが私の瞳に捩じり込まれ、脳の奥底まで浸蝕する!


「はうっ!」


 ― トゥクン……


 久しぶりに味わう偽りのトキメキ。

 一瞬ユキマサが愛おしくて欲しくて堪らなくなる!


「かはっ……おあああぁぁぁ……」


 しかし、同時に私の頭の中でパチンっとスイッチが入る!

 状況と相手にもよるが、私は|勇者の魅了《チャームアイ》と遭遇すると、性格が残虐に豹変してしまうらしいのだ!

 |外法《魅了》を使い、僅かでも愛おしいと思わせた目の前の男に対して、激しい怒りと憎悪と殺意が増大する!


 そんな私の変化に一切気が付かず、四つん這いで私に覆いかぶさっているユキマサ。

 そのユキマサを誘惑するかのように(殺気を隠して)私は両手を伸ばす!


「ユキマサ様……」

「へへへ、やっと従順になったようだな、最初からこうすりゃ……へぐぅっ!?」


 ― ズムッ……


 刹那、低く鈍い音がして、ユキマサの股間に私の膝が抉るようにめり込んだ!

 両手で頭を押さえられ、動きを封じられてからの急所破壊だ!確実にキマる!


「お、おぐっ……かはっ……」


 急所を粉砕され、身体をくの字に折り曲げ呼吸もままならないユキマサ!

 形容不可能な激痛に苦しみ悶絶するユキマサだが、当然私は一才容赦しない!

 ベッドの上で立ち上がり、悶絶しているユキマサを侮蔑しながら見下ろした。


「あんたぁ!よくも私に薄汚い|勇者の魅了《チャームアイ》なんて外法を掛けようとしてくれたわね!」

「ひ、ひいいいいいいい!ななななんで|勇者の魅了《チャームアイ》が通じない!?」

「煩い!」

「あぼっ!」


 ― グワッシャ


 今度は|爪先蹴り《トゥキック》をまともに食らい、ユキマサの顎が完全粉砕!

 パラパラと歯が周囲に飛びちった!


「こんの!なにが召喚勇者よ!なにが|勇者の魅了《チャームアイ》よ!毎度毎度女を慰み者にして!女の幸せを踏みにじって!女を不幸のどん底に堕として!」


 ― ドッガアア!ドガガガガガガガガガ!!!!


 そこからは一方的に殴る蹴るのリンチ状態!

 |過剰身体強化《オーバードライブ》まで掛けての一切手加減無しだ!


「ひゃ、ひゃめ……ニギャアアアアアアア……」


 最初は多少なりとも悲鳴をあげていたユキマサだったが、やがて完全に沈黙した。

 気が付けば、ユキマサはクラゲを通り越して原形をとどめない肉塊と化していた。


「はっ!?やばい、やり過ぎちゃった……まだ生きてるよね?」


 正気に戻った私は慌ててユキマサの生死確認をする。


 ― ぴくっ……ぴくぴくっ……


 うん、呼吸と心音はしてないけど、僅かにピクピクしてるわ、これなら大丈夫。


「|セイクリッドヒール《完全回復》」


 キラキラと金色の粒子がユキマサを包み込み全回復。


「これでよし。目が覚めたら夢だと思うよね?よね?」


 しかし部屋のこの惨状……


「思うわけないか……だったら私の取るべき行動はただ一つ!」


 ― スパーン!


「ふびゅ!」


 まずは自分の顔面にハリセンを一撃! 脳にこびり付く“魅了”を霧散させる!

 その後、天井に空いた大穴から速攻で逃げ出した。


「|こいつ《ユキマサ》が目覚める前に、急いで政都から脱出しないと!」



 *



 アリサが逃げたほんの少し後、ユキマサの意識が回復した。


「よくもやったな!あの|女《アマ》、絶対に逃がさんぞ!」


 ユキマサは様子を見に来たホテル従業員を使い、速攻で警察に通報させた。

 政都に包囲網が構築される!



 *



「くぅ、思ったより手が回るのが早いわ。政都全体が結界で覆われてちゃった。しかも私の手配書まで出回ってるし。参ったなぁ……そうだ!」


 私はリットールの冒険者ギルドで配布された、対召喚勇者用変装キットの事を思い出した。


「これを使えば正面ゲートから通行許可証見せて堂々と外に出れるわ!」


 早速変装。


「えっと、ウイックはこれにして、テープで目の形を変えて……よし完璧ね!」


 うん、鏡がないから分からないけど、きっと可愛らしく仕上がっているんじゃないかな。

 早速正面ゲートに行ってみよう。


 ― チラチラ
 ― ジロジロ


 なんだか周囲の人達からジロジロと見られてる気がするけど、少し可愛くなりすぎたかなぁ……


「御苦労様です。これ、通行許可証です」

「お、おおう……」


 正面ゲートの衛兵さん、なんか私をガン見して固まっちゃったけど、ちゃんと通してくれた。

 ふふふ、やっぱり可愛く仕上げすぎたみたいね。

 私は気を良くしながら|ストール《亜空間馬房》からファイスを呼び出した。


「ブヒヒン!?フシュルルルル……!」


 ファイス、なんで後ずさりしてるの?

 前足掻いてそんな威嚇しないでよ。私よ。アリサだよ。


「さあリットールの冒険者ギルドに帰るわよ!」

「ヒヒン!?」


 ファイスは何故か戸惑いながらも私を乗せて駆けだした!


 ― パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ 


「もう大丈夫、リットールに戻れば確実にユーシスと会える!」

 ユーシスの足取りもつかみ、変装の具合にも気を良くした私は、一路リットールの冒険者ギルドに向かったのだった。

 なお、リットールに戻り、私の変装姿を見たケンツさんとユリウスさんは、怪しい珍獣にしか見えなかったようだが、それはほんの少しだけ先の話だ。

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