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【追放した側のファンタジー・英雄ケンツの復活譚】第四話 02 関連エピソード

「010 第四話 魔法騎士アリサの事情 02」の裏エピソードです。
(アリサ視点)





【塩漬け案件、レッサーワイバーンの討伐 sideアリサ】396

 
 私はケンツさん個人に対してちょっと……いやかなり気になる事があった。

 それは、この人の容姿、それに臭いと垢。

 臭いと垢は人目の付かない所で|ホーリーピュアファイ《聖なる浄化》で消すとしても、その浮浪者同然な容姿で本当に仕事を回して貰えるのだろうか?


「あのケイトさん」

「アリサさんの不安はごもっともです。そしてその不安は現実のものとなるでしょう」


 あ、やっぱりこの浮浪者ファッションじゃダメなんだ。ケンツさんをまともな身なりにしないと!

 でもこの人、お金持ってなさそうだなぁ……

 普段の寝泊まりとか、やっぱり公園のベンチや茂みの中とかだったり……

 うーん、これは仕方がない。ちょっと力を貸しますか。



 ケイトさんから【ラミアの森・フォレストラビットの討伐】を詳しく聞いてみたところ、討伐は週四日のみの仕事で、それ以外は受け付けていないらしい。

 つまり週のうち三日は空き日。そして|明日《あす》、|明後日《あさって》、|明々後日《しあさって》と空き日が続く。


「ケイトさん、私達でも受けることが出来る高額案件はないですか?塩漬け案件でもかまいません」


 むしろ塩漬け案件だとありがたい。他の冒険者と競合することが無いから。


「え?塩漬けですか?そりゃ幾らでもありますけど……」

「紹介して下さい。どんな案件でも解決して見せます!」

「いやおまえ、いきなり何言ってん……」


 ケイトさんもケンツさんも怪訝な顔をする。


「ケンツさん、そんな汚い姿で何が出来るの?なんでそんなに酸っぱい悪臭を漂わせたままで平気なの?穴の開いた靴で森の中を歩けるの?そんな姿じゃ不審がられて森林保安官に追い払われちゃう。剣の手入れもしていないみたいだし……ねえ、ケンツさん、お金ないんでしょ?だったら稼がなきゃ!冒険者なんでしょ!」


 マシンガントークで何か言いたげなケンツさんを封殺する!


 その間にケイトさんは解決困難な塩漬け案件依頼の束をペラララララ~と確認。一枚の依頼書を抜き出した。


「えっと、これなんか如何です?【レッサーワイバーンとサラマンダーの討伐 要三級以上 討伐料金40万ルブルから】」


 どれどれ、馬に乗って一時間くらいの距離か。これなら今からでも行けそう!


「依頼主の村長さんは寛大な方なので、ケンツさんの容姿でも大丈夫だと思いますよ」


 これはもう決まりね!

 しかしケンツさんは慌てた顔で止めにはいった。


「まてまてまて、レッサーワイバーンとサラマンダーの討伐で40万ルブルって安すぎるだろう!?そもそもなんで三級からなんだよ?完全に一級以上の案件じゃねーか!」

「だから塩漬け案件なんですよ、どうされます?というか当然断りますよね?」

「当たり前だ!こんなもん受けて――」

「受けます!ケンツさん今すぐ行きましょう!今ならさっさと倒して日暮れまでに戻ってこれますよ!」

「嘘だろう!?」


 私達は依頼を受け、ケンツさんとギルドを後にした。




 ギルドから少し歩いたところで――


「|ストール《馬房》!」


 ― キュイイイイイイイイイイイイイイイン……


 時間停止空間が開き、愛馬ファイスが出て来た。


「おわ!なんだその馬は!?」


 ケンツさんは突然登場したファイスに驚いた!


「説明はあとで!さあケンツさん、後ろに乗って!」

「ブヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイイイン!!!!!」


 しかしファイスが全力拒否!

『近づくと殺す!』とばかりに蹄を掻いてケンツさんを威嚇する!


「そうそう忘れてた。|ホーリーピュアファイ《聖なる浄化》!」


 キラキラと金色の粒子がケンツさんを覆い、一気に浄化させた!

 着ている服はボロッちいままだけど、汚れと悪臭は完璧に消えた!


「うおおおおおお!どうなってんだ、こりゃあああ!?」

「驚くのはあとあと!さあ早く乗って!」


 まだ嫌がっているファイスを宥め、私はケンツさんを後ろに乗せた。


「さあケンツさん、飛ばしますよ!ハイッ!」

「ヒヒーン!」


 ― パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ 


 私達は、レッサーワイバーンとサラマンダーが出没するという村に全力で向かった!



 *



「ここがレッサーワイバーンとサラマンダーの出没する村ね」

「うう、気持ち悪い……なんつー飛ばし方しやがる……」


 馬に酔ったケンツさんを無視して、まずは村長さんの元へ。

 詳細を聞くとどうやらレッサーワイバーンとサラマンダーは、あと一時間もしないうちに村が経営する牧場を襲いに来るそうだ。


「じゃあケンツさんは地上に逃げて来たサラマンダーの討伐をお願いします。私はレッサーワイバーンと飛んでいるサラマンダーをやっつけますから」

「へ?いやいや。ちょっと何を言ってるかわからないんだけど???」

「そのままの意味です。あ、レッサーワイバーンとサラマンダーが来ましたよ!じゃあ作戦通りお願いしますね。|スワローフライ《燕の飛翔》!」

「作戦?いやこれが作戦ってどういう事だってばよ!」


 頭に〈?〉をいっぱい付けたケンツさんとの話を打切り、私は大空へ舞い上がった!


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアス!』

『クキャアアアアアアアアアアアアアアア!』


 きたきた、レッサーワイバーンとサラマンダーがきた!

 レッサーワイバーンは体長約5メートル前後、その数4体。

 サラマンダーは体長約2メートル前後、その数約30体。


「いくわよ、手加減無しの|ペタボルト《上級広範囲雷撃》ォォォォ!」


 ― カッ……ガラガラガラドッシャアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!


 轟音と共に目の前の敵に雷のシャワーが降り注ぐ!


『ブルギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

『キュイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!』


 雷撃はレッサーワイバーンとほとんどのサラマンダーに直撃!

 サラマンダーは次々と墜落していく!しかし何匹か打ち漏らした。

 一方、レッサーワイバーンは流石に飛竜の一種だけあって、大ダメージを受けつつも私の雷にも辛うじて耐えた!


「ちっ、サラマンダーの何匹かは打ち漏らしたか!地上に向かっているけどケンツさんで大丈夫かな?」


 しかしその心配は全くの杞憂。


 ― バシュッ!ザンッ!


 ケンツさんは手入れの出来ていない錆びた|魔法付与剣《エンチャントソード》で、打ち漏らしたサラマンダーと互角以上に戦えていた!


「へぇ、ケンツさんって結構やるんだ。あれなら任して大丈夫そうね。なら私の次の狙いは……」


 当然レッサーワイバーン!


「はあああああああああ!!!!」


 ― ビチッ!バチバチバチバチ!


 全身に雷気を漲らせ、力を充実させていく!


「一撃必殺、|雷帝彗星斬《らいていすいせいざん》!てりゃあああああああああああ!!!!!!」


 ― ガラガラガラガラ!ズバッシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス』


 真一文字に振り抜かれた雷帝彗星斬の雷斬波が、四体のワイバーンを纏めて屠った!


「よし、討伐完了!ケンツさんの方はどうかな?」


 地上に目にやると、ケンツさんが最後の無傷なサラマンダーとやりあっていた。


「魔法剣、|フローズンスラッシュ《極冷の凍斬》!」


 ― ブオッ、ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 氷刃の斬撃がサラマンダーを一瞬にして凍て斬った!


『ギャシャアアアアアアアアアア!!!!!』


「サラマンダーを凍てつかせる斬撃!?あの人やっぱり強いんだ。剣に多少振り回されている感はするけど、二級相当の実力は余裕でありそう……」


 雷を逃れたサラマンダーを全て屠ったあと、ケンツさんは地上に転がっているサラマンダーをプチプチとトドメを刺して回る。


 私も地上に降りて生き残りのサラマンダーにトドメを刺した後、討伐部位を回収して回った。

 それから村長さんに討伐完了のサインをもらって、無事ミッションコンプリートだ!


「さあケンツさん、急いで戻りますよ!」

「ひえええええええええ!!!」


 ― パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ 


 私達はまた全力で冒険者ギルドへ向かった。



 *



 ◆リットールの冒険者ギルド


「おいケイト、レッサーワイバーンとサラマンダーの討伐を完了したぜ!討伐部位を確認してくれ!」


 ― ざわっ!?


 堂々としたケンツさんの声に、周りの冒険者達がざわめきたつ。


「あいつ、今なんて言った?」
「レッサーワイバーンとサラマンダーの討伐完了って言わなかったか?」
「絶対嘘だ!ケンツ如きがレッサーワイバーンなんて……!?」
「ケンツのクセに生意気だ!」


 格下と思っていた者が、とんでもない活躍をしたことで驚く|様《さま》。

 ふふふ、なんかいい感じです。


「ケンツさん、本当に討伐されたのですか?お二人が出かけてから三時間も経っていないと言うのに……しかしこれは確かに村長直筆のサインが入った討伐成功の書類、それにこれもレッサーワイバーンとサラマンダーの討伐部位である|魔核《コア》!?」

「見ての通りだ。早く鑑定してくれ」


 ケイトさんは物凄く驚きはしたものの、すぐに鑑定を終わらせ討伐料48万ルブルを現金で支払ってくれた。


「さあケンツさん、お金を手にしたところで次にいきますよ!」

「え?行くってどこへ!?」


 私は戸惑うケンツさんの背中を押して、リットールの街中へ。


 まずは靴屋。
 ケンツさんの履いている革靴はボロボロだ。しかも所々食べられた後がある。まさかとは思うけど、食うに困って革靴をかじったのかしら……
 出来るだけ考えないようにして剣士の靴を購入。


 次は服屋と防具屋。
 ホーリーピュアファイを掛けても臭ってきそうなケンツさんの服を捨て、パリッとした剣士風の冒険者衣装に買い換える。


 そして散髪屋。
 長く紐状に絡み合った髪を清潔感あふれる短髪にチェンジ!


 最後は武器屋。

「ケンツさん、この剣は素晴らしい剣ですが、今のケンツさんには合っていませんよ。思い切って買い替えましょう!大丈夫、実は私の想い人は鍛冶屋でして、私も多少の目利きは出来ます。さあ早く早く!」


 品揃えの良さそうな武器屋に入り予算の許せる範囲で、ケンツさんにバッチリ合いそうな魔法付与剣を探し当て購入。


「ケンツさん、どうですか?」

「これは確かに剣を振る鋭さが数段増したな。しかし耐久性は少し不安がある」

「それは仕方がないですよ。もう少し稼いだら軽くて耐久性のある剣にまた買い換えましょう」


 新しい剣を腰に携えたところで、改めてケンツさんを見る。

 うん、これなら大丈夫。浮浪者と思われて森林保安官に追い出されることも無いわ。

 どこからどう見てもいっぱしの冒険者ね。

 それに、なかなかどうしてケンツさんもイケメンの部類じゃない。

 落ちぶれる前は、そこそこ女の子を泣かしてそうな感じ。






「さあ、容姿も整ったところでレストランに食事へ行きましょうか。それから今日の宿を探しましょう」

「レストラン!?いいのか?俺なんかがレストランで食事しても!?レストランのゴミ箱じゃないんだよな!?」

「…………」



 うわぁ、なんて卑屈な……心が最底辺に染まり切っちゃってる。

 この人、社会復帰できるのかな?

 躊躇しているケンツさんの背中を押して、レストランへと向かった。






【 一人寝の寂しい夜 Sideアリサ】397


Sideアリサ


「ケンツさん、このレストランなんてどうですか?」


私は入り易そうなレストランを見つけて指さした。


「え、俺なんかが入っても大丈夫かな。叩き出されるんじゃ……」

「もう……今のケンツさんは黙ってさえいれば中々の好青年ですよ。卑屈になるのはいい加減にやめましょう!」

「お、おう、そうだな。よし入ろう」


私とケンツさんは店内に入り、適当なテーブルに案内された。

オーダーをすませ、料理が来るまで話し合う。


「それでコンビを組む条件の再確認ですが……」


私はラミアの祠に行くためにケンツさんのパーティーに入った。

しかしそれはあくまで一時的なモノ。

ユーシスと遭遇、もしくはユーシスがリットールにいない事を確認次第、すぐにコンビを解消する。


【ラミアの森・フォレストラビット討伐】が休みの日は、出来るだけ塩漬け案件をこなしお金を稼ぐ。
私の取り分は討伐料の四分の一。少ないと思うかもしれないが、あまり多く貰うとコンビ解消時に揉める可能性があるのでこの割合にしてもらった。

討伐に行かない日は、私は街に出てユーシスの捜索をする。それ以外の空き時間はケンツさんに技の指導することに。ケンツさん的にはこれがもっとも重要なようで、レッサーワイバーンを倒した私の実力を目の当たりにしてからは、とにかく教えを乞おうと必死で頼んで来たのだ。

あと条件ではないけれど、三日後に冒険者ギルドにて昇級試験があるとかで、ケンツさんに二級冒険者昇級試験を受ける事を勧めてみた。
私の見た限り、ケンツさんの実力は三級冒険者の枠ではなく、間違いなく二級冒険者としてやれるはずだ。装備を一新した今、きっと余裕で受かるはず。


「オーケイ、全て了承した。と、言うか何から何まですまねぇ」

「双方に益のあることです。これくらいお互い様ですよ」




レストランで食事を済ました後、私達は今夜の宿を探した。


「ケンツさん、部屋に良い鍵が付いていてシャワー完備の宿はリットールにあります?」

「宿!?そうか、金があるから公園のベンチや茂みで寝なくていいんだ!やったぜ、もう酔っ払いに小便かけられたりゲロをかけられたりせずに済む!」

「…………」


なんだろう、ケンツさんが喜ぶ度に、憐みの涙が出そうになる。


「えっと宿……というかホテルだな。あることはあるけど結構高いぜ、一泊三万ルブルはすると思う。ちなみにシャワーと鍵の無い安宿なら千ルブルであるぞ」

「じゃあ三万ルブルの宿にしましょう」

「え、そんな贅沢してバチがあたらないかな……」

「…………」


いやまあ気持ちはわかりますよ。私だって普段は三万ルブルなんて高い宿……というかホテルには特別な何かな時しか泊まらないし。

でもずっと野宿ばっかりだったし、たまには柔らかいベッドで身体を休ませたいの。

それに安宿ってセキュリティーがザルだから、独りだと安心して寝ることが出来ないのよね。


「ケンツさんは一年のあいだ耐えてきたんですし、今日はご褒美ってことでたまの贅沢くらい良いのでは?」

「そうかな?そうだよな。うん今夜くらい御褒美でもいいよな!せっかくアリサが一緒に泊まってくれるのに断るのは失礼ってもんだぜ!」


は?

一緒?

この人何を言ってるの???


「いやいや、ケンツさん、何を言っているんですか。部屋は別々ですからね!」

「ええっ!?」


驚き固まるケンツさん。


「何で絶句してるんですか!」

「いやでもせっかくの良いホテルだし……それに安宿と違ってホテルで独り寝ってのはかなり寂しいもんだぜ?大丈夫か?」

「寂しくありません!それに今まで独りで野宿してたので大丈夫です!」


この人真顔でなに言ってるの?

一緒の部屋で寝泊まりするわけないじゃない!

だいたいケンツさんは、シャロンって想い人と別れてからずっと女日照りだったはず。

そんな女に飢えまくっている人と一緒の寝泊まりなんてあり得ないから。



とりあえずそれなりに格調高いホテルに案内されてホテルフロントへ。


「すみません、シャワー付きのシングルルームを二つお願いします」

「なあ、ダブルルームとは言わないから、せめてツインルームにしねーか?その方が安いぜ。エロい事なんか絶対にしないからよう」

「御連れの方はああ言っておられますが……それに当ホテルのシングルは〈セミダブルルーム・バスタブ付き〉となっておりまして一泊三万ルブル、二部屋で六万ルブルになりますよ?それならもうワンランク上の部屋で、お二人でお泊りになられた方がお値段も安くゴージャスな……」

「シングルでお願いします!」


少しイラっとして口調がきつくなってしまった。




ホテルフロントで前受け金6万ルブルを支払い、それぞれの部屋の鍵を受け取る。

三階の廊下を挟んだ向かい合わせの部屋を借りることができ、私達はそれぞれの部屋へ。


「それじゃケンツさん、おやすみなさい」

「おう、また明日早朝な」


― ガチャン、カチャリ


部屋の鍵を閉め、すぐにベッドになだれ込んだ。


「ふぅ、疲れたなぁ……」


一気に気が緩み、ダルさが体(からだ)に圧し掛かかって重みをずっしりと感じる。

ベッドの上で微動だにできない。それに全身が凝っている感じもする。


「ユーシスが一緒なら凝りのほぐしっこするのになぁ……」


……………………
…………
……



― グリグリグリグリィィィ

『いたたたたた、ユーシス痛いってば!』
『なに言ってんだ、こんなに凝らせて!キミちょっと仕事のし過ぎだぞ? |太腿《ふともも》だってこんなにパンパンじゃん』

― モミモミギュウウウウ

『あ、そこそこ!はううう、いい感じ……もっと♡』
『こんな感じか?』

― モミュモミュ

『ちょ、くすぐったい!て言うかなんか指先の動きが突然卑猥に!?』
『え、そうかな?』

― モミュ!

『わひゃああああああん!!』


……
…………
……………………



「…………」


ふとダバスの家の寝室で、ユーシスに身体をほぐして貰った事を思い出し、ジワリと目に涙がたまる。


「大丈夫、寂しいのは今だけだから。ラミアの祠にさえ行けばきっとユーシスに……」


― ノソリ


鉛のように重く感じる体に鞭打って、私はノソノソとバスルームへ行く。

バスタブにお湯を溜めつつ、その横で着ているものを脱ぎ、その場で湯が溜まるまで膝を抱えて小さく|蹲る《うずくまる》。

やがて湯は溜まり、私は湯舟に身を沈めた。

何もする気が起きず、ぼーっとしながら湯舟でそのまま小一時間……


「ふぅ……」


その後はシャワーを流して、頭の先から爪の先まで身体を洗った。

シャワーが心地よく肌を刺激し、弾けるように湯が流れ落ちる。


「ああ、そっか……」


緊張を解き弛緩した中で、私の身体は穏やかな刺激を求めていることに気が付いた。

別に性的な刺激や快感を求めている訳じゃない。

ただ人肌に、ユーシスの肌に飢えているんだ。


「気付くんじゃなかった、失敗した……」


気付いた事により、ユーシスへの餓えはどんどん大きくなっていく。

私は堪らずシャワーをお湯から水に切り替えて、自分の餓えた肌を諫めた。

そして冷えた体を拭いて、髪を乾かし素肌のまま再びベッドへ。

今度は頭から毛布を被った。


「ケンツさんの言った通りね、この広い部屋に一人はかなりキツイわ……」


壁が厚いこの部屋は、自分が何もしなければほとんど無音だ。そのせいで妙に神経が研ぎ澄まされる。

さらにセミダブルの広いベッドは自分が孤独であることを痛感させられてしまう。

そして時間が経つとともに、孤独に押しつぶされそうになる。


「ユーシス……」


知らず知らずのうちにユーシスの名を何度も口にして、ベッドの中で居るはずのないユーシスを探し、あるはずのないユーシスの脚に自分の脚を絡めようと藻掻く。

滑稽な|自分《わたし》……

今更ながら、自分がいかにユーシスに依存しきっているかを思い知らされる。


「ユーシス……ユーシス……寂しいよぅ……辛いよぅ……」


その晩、広いベッドの真ん中で、私は涙を流しながら枕をぎゅっと抱きしめ、豆粒のように小さくなって寂しい夜を過ごした。

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