お忙しいところお越し下さってありがとうございます。
こないだ入院した話を書いたんですが(その節はお見舞いのお言葉をいただきありがとうございました)、その間に読んでたのがモーパッサンの長編「べラミ」です。(またモーパッサンかという声は聞こえないよ。)
原題もそのままBel-Ami 。訳すと「麗しの友」とか「麗しの君」みたいな感じでしょうか。要は美しい男ってことです。
モーパッサンの長編といえば「女の一生」が有名ですが、「べラミ」にはまた全然違う面白さがあります。この小説は19世紀のフランス文学云々的な堅苦しさがない、悪漢主人公の成り上がりエンタメ小説です。
ざっくりとあらすじを書くと、貧乏で学も経歴もない主人公ジョルジュが、持ち前の美貌と調子のよさだけを頼りに、女から女を渡り歩いて出世していく話。ええ、実にゲスな話です。はじまりからテンポよく話が進んで、のし上がっていくごとにどんどん主人公のゲスぶりが加速する、その気持ちよいまでのゲスぶりを堪能する小説です。だからあんまり真面目に「こいつ許せない」とか考えてはいけません。あくまでエンタメです。
主人公が悪の華を咲かせるのは新聞社なんですが、これも素晴らしい舞台設定です。ジャーナリズムの腐敗、政治との癒着。あら、なにこの既視感。これ現代小説でも通用するんじゃないかしらん?
色男の登場する成り上がり系はスタンダールの「赤と黒」とか有名ですけど、実は中身が純愛で最後は破滅したりするんですよね。いやいやそうじゃなくて、このジョルジュはとにかくゲスを貫き、ゲスを振りかざして成功していくのです。純愛? なにそれ美味しいの? ぐらいの勢いがあります。幸福とは金であり地位であり名誉なのです。吹っ切れてます。
このへんですっかり興味を失った方にお伝えしたいのですが、モーパッサンは別に社会に対して問題提起しているわけでもなければ悪党の味方をしているわけでもなく、人間が心の奥底に持ってるはずの欲や嫉妬や狡さを主人公に投影しているだけなんですよ。その心理がとても正直でストレートなので、自分の中にその芽があることを認めざるを得ない。こいつ性格悪いな!(お前もな!)みたいなね。だから主人公の悪どさに失笑さえしてしまうのに、変に共感するところもあって侮れません。崇高な魂? はは、笑わせるな。あんたはそんなに清く正しいかい? とジョルジュ君が口を歪めてそう。
ともかく入院のお供にも秋の夜長にもおすすめの一作です。
アマソンで見てみたら、日本語版の新訳が好評のようでした。ただねえ、表紙が映画かなんかのポスターで超興醒めで、「こんなんジョルジュじゃないわ!」と思ったので、腹いせにフランス語版の表紙を置いていきます。個人的にはこっちの方がイメージに合う。ちなみにこの表紙は画家のレオン・ボナという人の自画像です。この人が悪党なわけではないのに表紙に選ばれるってのもね。
モーパッサンついでに連載の方なんですが、長らく放置しています。このご時世に余計気持ちが暗くなる短編ばかり紹介するのもいかがかと思って、選びきれないでいるのが本音です。いつかよさげなネタがありましたら書くかもしれませんので、ご記憶の端っこの方にこっそり置いておいていただけたら幸いです。