公開からだいぶ経ってやっと観ることができました「落下の解剖学」。
もともと映画は好きですけど、ここまで集中させられることは滅多にないだろうというほどのとても濃い2時間半でした。
フランス映画には珍しい長尺ですが、この長さが必要。どんな細かな心の動きも漏らさず映し出してやるという作り手の意志を感じます。
ネタバレしないように書きますのでもしご興味があったらお読みください。
雪山の山荘で転落死した夫、第一発見者の息子、そして殺人の容疑をかけられる妻。ぐいぐい引き込まれる法廷劇の緊張感と、夫婦や親子という形の裏側にある、生身の部分を炙り出すように描かれる人間ドラマが秀悦です。
冒頭から最後まで、外側から物語を見るというより、その中に一緒に連れ込まれる感じ。その場面ごとの空気を一緒に吸わされるような感覚で、のめり込みっぱなしでした。
手持ちカメラと固定カメラの使いわけが印象的なのですが、特に手持ちカメラの不安定さが物事への視点を象徴しているように感じました。視点というのはひとつじゃなくて、色んな見方があり、それによってひとりの人間の人物像が違って見えてくる。それがカメラワークひとつで伝わってきます。
脚本も俳優もみんな素晴らしかったです。犬が出てくるんですが、とても優秀な役者犬でした。あとから考えるとあれを演技でできるのかと思うほどでした。
長尺のことを書きましたが、登場人物の感情の機微を観客になぞらせるようにじっくりと見せるのも、俳優の名演があってこそだと思います。
あと、主人公が作家であることも大事な要素です。書き手の方々にはうーんと唸るような、もしかしたら抉られるような部分があるかも知れません。
人間や物事って0か100か、白か黒か、そんなにはっきりさせられるものではない。優劣や善し悪しをはっきりさせたがるご時世だからこそ、余計そんなことを感じました。
真っ白な雪のポスターもいいですが、夫婦が笑っているスナップ写真を使ったポスターも、観たあとで切なくなるものがあって好きです。
タイトルが示す落下とは何か。それをどう解剖するのか。
観たあとに色々考えさせられる繊細なテーマでした。もしまだという方がおられたらぜひともおススメします。