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マチウをめぐる日々。2

 芸術的な高みにまで達した「指輪物語」や「ゲド戦記」に対抗することは難しくても、映画と張り合うストーリーを小説で物語ることは可能ではないか。それが、仕事として小説を書きはじめた私にあったヴィジョンだった。

 最初からハリウッド流の超大作が射程にあったわけではない。具体的には、「バブルガムクライシス」という当時〝オリジナルビデオアニメ(OVA)〟と呼ばれた作品のノベライズを引き受けたときに考えたことだった。

「バブルガム」は、当時サイバーパンクの影響下にあって荒涼として雑然たる近未来の映像イメージに触発された、アンダーグラウンド的な熱気を感じさせるアニメだった。直接的には「ブレードランナー」や「ターミネーター」へのオマージュである。大友克洋がコミックと映画の「アキラ」でやろうとしたことも同じ系譜に属する。

 ところが、私にはそれらのアニメの諸作が、画像への情熱やこだわりは伝わるのだが、どうにも物足りなかった。つまり、(ブレードランナー+ターミネーター)−(バブルガム+アキラ)という計算式を立てたときに、出る解はストーリーを主導するキャラの存在感ということになるのだろう。

 荒涼、混沌とした未来都市は、デッカードの憂鬱と焦燥を映した心象風景であり、圧倒的な破壊力と不死性をそなえたターミネーターは、サラの恐怖とパニックに反映してこそ威力を持つ。アキラは、たしか私が「バブルガム」を執筆中にはまだ公開されていなかったはずだが、コミック版では大友が余白にさえも表現意識を感じさせるタッチで魅了してくれたのに、映画では興味深いキャラが何人もいながら掘り下げが不足して、物語が消化不良におちいっているという印象で終わってしまった。

 えらそうな話をしているわけではありません。「バブルガム」を引き受けたときに真剣に考えたことだ。映像表現にいちばんこだわった作品を小説にすることの意味とは、と。

 現在のように〝ノベライズ〟が完全に(たぶん)マンガ、アニメ、ゲームの副次的な表現でしかないと、制作側にも受け手にも(たぶん)決めつけられていなかった頃のことだった。細かい設定やデザインばかりが先行して羅列されたガジェットを有効に再構成すれば、オリジナルを補完し作品世界を豊かにふくらみのあるものにするだけでなく、オリジナルを凌駕することさえ可能なのではないか、と考えたのである。

 今となれば方法はすぐに思いつく。作品世界に対峙するキャラをしっかり中心にすえ、それに観察者の役目を果たさせるだけでなく、キャラの感覚や感情の反映として世界をもう一度とらえ返し、物語を主導させればよかったのだ、と。

 だが、私は無用に遠慮深かったのだろう。オリジナルのビデオで生き生きと活かしきれていないキャラの印象を、それはファンが基本的なイメージとして求めているものだろうとそのままにして、〝アナザー〟なストーリーの構築によって仕事を果たすことにしてしまった。

 結果的には、プリスという「聖エルザ」のオトシマエと通底するキャラにストーリーを引っぱる役を負わせていくことになるのだが、説明されているほどには動機は強く感じられず魅力的に書けているとは思えない。オリジナルの印象を壊さない、という自分自身に課した〝縛り〟に忠実でありすぎたためだった。それでもやはり、プリスを立てなければストーリーを運べないと無意識に思っていたことはまちがいない。他のキャラはオリジナル通り平板で、説明的な役割をふられているだけだから、それらとのバランスを考えてプリスをあまり浮き上がらせたくなかったのかな。いやはや……。

「バブルガム」の発行日は今見てみたら昭和63(1988)年3月1日。ということは「聖エルザ」の第2部をちょうど書いていた時期に並行して書いたことになる。ちなみに、エルザの1巻目の文庫版が出たのが同じ3月の25日だから、単行本化された最初の小説作品ということになるのかな。

 なんとなく想像がつくのは、まだ自分がどれほどのストーリーテリングの能力があるかわからず、試行錯誤していた時期だったこと。またストーリーを作るのが面白くてワクワクしていた時期でもあった。おとなしくて忠実な語り手に過ぎなかったミホちゃんが、署名運動を始めて物語を激震させるというアイデアを思い立ったときは、キャラの成長のおかげでもあるが、その運動を敵の『若』が利用するという展開も含め、ずいぶん興奮したものだ。「バブルガム」での突破口と考えていたのは、キャラをデフォルメ(いい意味でだが)できないなら、ストーリーで勝負ということだったのだろうと想像がつく。

 また話が横にそれてしまった。というか、ふくらんだのかな。でもけっして懐古的な回想録をつづっているつもりはない。「マチウ」にまっすぐ繋がっていく話だ。興味を持たれた方はお付き合いください。

 ではまた次回。

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