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マチウをめぐる今日このごろ。〜 Writer at Work 01/25/2018

「純真なマチウ」の[揺籃篇]の最初の部分を公開したのは、2016年のゴールデンウィーク。それから1年半以上かけてようやく完結にこぎつけたわけです。思いのほか時間が経過してしまいました。

 ノート・タイトルの〝Writer at Work〟の元ともなった本編の執筆でしたから、私生活を含めまさにいろいろあったわけですが、それだけ発酵の時間もあったわけで、さまざまな角度から眺めているうちに、それなりのまとめ方に行き着いたな、というのが実感です。

 完結してすぐに氷月あやさんから祝辞をいただいて、それに返事を書いているうちに、ノートのほうでまとめ的なものを書こうと思い立ちました。
 まずはその返事に書いた部分を引用します。

「当初の大きな構想からすると、[揺籃篇]は第2部の前半部に相当するわけですが、二大ヒーローのライバル関係にあるゴドフロアとロッシュが、カナリエルの死という〝挫折〟〝喪失〟からどうやって再出発していくのかを追う「再起篇」というまとめ方ができたかな、と思っています。
 苦心、というか、いちばん気がかりだった点は、今回二人が最後まで出会わず、それぞれの運命を切り開くのに懸命で、思考のレベルも遭遇する風景・人物もまるで異質であるということ。
 ぶっちゃけて言えば、「これで統一感が出せるのか」「どっちかの旅路がショボくみじめに見えないか」ということでした。
 ロッシュに関してはキールを設定したところで光明が見え、彼の姿が頭のてっぺんからつま先まで、くっきり見えるようになってきた。どこかで書いたように(注: なか一さんのコメントへの返事でした)、セイリン姫は圧迫する隣国ブロークフェンとの関係を考えているうちに出てきたキャラに過ぎなかったのですが、ロッシュが集めたスタッフを華やかにしてくれた。登場場面を書いていても楽しく、怪我の功名のようなものだったなとホッと安心しています。」

 ……ということで、以下にその続きを。
 
 氷月さんが「登場人物たちの表情が明るく力強くなった」とおっしゃっている点には、ひとつには〝再起〟〝復活〟という明るい面を、ロッシュ、ゴドフロアの二人だけでなく、彼らが眼にする仲間たちの表情、様子にそれが映し出されるようにしたかったということがあると思います。
 もうひとつはテーマでしょう。逃走と追跡の緊迫感で終始した[胎動篇・生誕篇]では、心の動きはゴドフロア側には〝不安〟として、ロッシュ側には〝あせり〟として主として表れざるをえなかった。それが今回は、傭兵狩りを逃れて北方王国に活路を見出そうとするゴドフロアにせよ、頼りなさげな少数の騎士たちを率いて出発するロッシュにせよ、ほのかな〝希望〟を追う形にできたからだと思います。

 ロッシュの一行は、キャラたちの顔がそれぞれはっきりしてきて、とりわけセイリンが目立ってくれたことが大きいでしょう。ゴドフロアのほうは、マチウに要所で活躍してもらうことで、傭兵軍団はむしろだんだんとマチウを取り巻く荒くれ者たちという印象にしていきたかったというのがありました。

〝神〟の視点とか、後世の歴史家の視点というのは、私の感性からはやっぱりいちばん縁遠いものらしいです。実感とか欲望を持った複数の視点が交錯することによって状況を浮かび上がらせることが、作者の自分もそうだし、読者にとっても最も納得してもらえる形のはずだと思うのですね。

 そういう意味で、最初はちょっと違和感があったかもしれない『マルリイの盟約』のパートは、必要不可欠なものでした。[揺籃篇]は元々次篇と合わせてひと続きのお話という構想でした(このパートの初公開時点では、[胎動篇・生誕篇]も1つの長い作品あつかいでコンテストの結果待ちでしたし)。ですから、後半に相当する次篇がまだまったく現れていない現時点では、ちょっとバランス的にどうかな、というのはたしかにあります。ですが、やはり、ロッシュ、ゴドフロアの二大視点ではとらえきれない、第三の視点によるより広角な状況把握(貴族制の危うさ、皇帝の立場など)という点で、これはどうしても外せないパートでした。

 ツイッターでは能天気に「てんこ盛りのすべての要素が終章のこの一点に集中し、次なる運命的な対決につながる――そういう構図にピタリと納めることができた」などとのたまわっていますが(笑)、審美的なバランスにまでこだわらなければ、ランダールのボルフィン公とユングリット親娘の運命、それといよいよ顔と名が明かされた『盟約の男』がほのめかし程度に最後に出てきて、ゴドフロア・ロッシュの直接対決を誘発するという構図になり、それなりのまとめ方にはなったのではないかと思います。

 氷月さんのコメントへの返信でも触れたように、〝元々の大きな構想〟というのが今でも基本線としてあり、そこに立ち返ってみると、この作品をそもそも発想した原点にはワーグナーの「ニーベルングの指環」という〝形〟があった気がします。

 あの歌劇は「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の四部構成になっています。だからマチウも四部構成になる、という意味ではなく、位置づけとして「ライン」が〝序夜〟とされ、「ワルキューレ」以降が〝第一日〟〝第二日〟……とされているという点ですね。
 つまり[胎動篇・生誕篇]は、副題を〝The Long Prologue〟としたように、〝マチウのサーガ〟に先立つ〝序章〟というイメージで発想されたのです。あくまでも私の感覚の問題ですが、「ライン」と「ワルキューレ」の間にある距離感が、[揺籃篇]で最初に書き出した「南国の晩夏」の時点での指標だったわけです。

 もちろん、「ニーベルングの指環」は、ファンタジーの原点、トールキンの大長編「指輪物語」の発想のさらに原点をなすであろう重厚長大を極めた歌劇(なにしろ全曲上演に15時間!)。とても「マチウ」を同じ尺度で見ることはできませんが、遥かなるあこがれと粛然とさせるお手本として念頭に置くことはできます。[揺籃篇]に入って印象が変わったとすれば、ひとつにはそういういきさつがあるからだと思います。物語の主調音は、これからさらに篇(巻)を重ねていくごとにそれなりに変わっていくのではないかと、私なりの予感はありますが。

 さて、いよいよ次巻。
 あんまり風呂敷を広げすぎるのは首を絞めることになりかねないのですが、いくつか予告(予感?)を。

 これまで心にドラマを抱えたキャラというのは、カナリエル、ゴドフロア、ロッシュくらいで、そうなる予感があるのがステファンを筆頭として、『盟約の男』、マザー・ミランディアといったところなのですが、次篇ではいよいよヒロイン・マチウが語り出しそうです。そのことも含めて、サブタイトルは[The Awakening 覚醒篇]となります。特異な生まれ方をしたマチウの眼に、世界はどのように映り、人々の生き様がどのような影響をあたえていくのか、書いていく私がいちばん楽しみにしています。

 あとは、もちろんロッシュ・ゴドフロアの直接対決がどのような形になり、その結果がどうなるのか? 気になるでしょうがそれは読んでのお楽しみに! 終章で〝悲鳴〟を上げたあの人物との間にも何か起こるでしょうね。それと、私が誇大妄想的キャスティングでハリソン・フォードをイメージしている最後の重要キャラが出てくる予定です。

 こう書いてくるとすぐにも[覚醒篇]がスタートしそうに思われるかもしれませんが、その前に考えておくべきことが多々あり、しばらく猶予をいただくかもしれません。あしからず。

 ではまた次回の更新で!

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