• に登録

口車

ーー「ふうっ」と息をついて彼女はエディタの中で完成した原稿に保存をかけ、目頭を押さえた。一晩で書き上げたにしてはまあまあの出来だった。
「ゴメンねこんな終わり方で。でもこの方があなた格好いいでしょ。それに魔法の杖は一回しか魔法を使えないのよ」
呟きながら冷めきったコーヒーに手を伸ばす。タバコの箱は空になっていた。
ーー

さあ先生、こんな感じで続き行きましょう。
この彼女は、朝倉みさきちゃんかもしれないし新たなキャラかもしれない。先生に任せます。
いけますよこれ、少なくとも15巻くらいまでは行けます!

え? そんなのやり尽くされてるって?
いや、そうかもしれないけど、読者は先生の書かれるこの世界を待ってるんですよ。
作品のあるところに需要が生まれるんじゃありません、需要のあるところに作品は生まれるんです!

え? 私はラノベ作家じゃない?
いや、それはもちろんそうですけれど、かのコナン・ドイル だってですねえ……

19件のコメント

  • ーー

    「ひょっとしてずっとこれが続くのかこの話は」
    男は呆れ顔で読んでいた本を閉じた。
    勧められて読んだ新刊だったが、男にとっては通勤の暇つぶしにもなりそうになかった。

    「最初の話でやめときゃよかったんだよ、無理やり話を伸ばそうとするからこうなるんだ」
    苦々しく呟きながら男は顔を上げた。
    「そう言わないでよ、魔法の杖の彼のデビュー作よ」
    ステンカラーのコートを椅子の背にかけた男に多少咎めるような口調で言ったのは、今では姓の変わったみさきだった。

    「そろそろ行こうか、店も混み始めたし」
    「そうね」
    二人は喫茶店のテーブルを後にしてレジへと向かった。

    「彼、大成すると思う?」
    「どうかな、して欲しいとは思うけどね。なんといっても僕たち二人を結びつけてくれた恩人だ」
    「魔法の杖、まだ持ってるのかしら」
    「さあね、でもあの杖は小説書くのを助けてはくれないと思うよ」
    「分からないわよ、魔法ってそういうものじゃないの?」
    「そりゃそうかもしれないけど」
    「あ、必ず最後まで読んでね」
    やや唐突にみさきは念を押した。
    「そのつもりだけど、何か特別な理由でも?」
    「最後にね、ちょっとしたオチがあるの。読まなかったら後悔するよ、絶対に」

    彼女はいたずらっぽく笑いながらスタスタと彼の先を歩き始めた。
  • ーー

    「へえ、こんなふうに終わるんだ」
    「ちょっと面白いだろ」
    僕はベッドに寝そべってラストシーンだけを読んだ彼女に言った。
    「まあ、事実全ては書けないわね。でもこれじゃあ、うちの旦那ピエロだわよ」
    「いいだろ、こいつがそこそこ売れてくれてるおかげで、このホテル代だって出てるんだ」

    僕は彼女のバスローブをはだけさせると首筋から胸もとへと手を這わせた。
    彼女のうなじの左下三センチにホクロが見える。彼女はいつも、このホクロが好きだと言っていた。

    ちょっと胸もとを開くと覗くそのホクロは、なかなかに男の視線を集めるらしい。そしてそこに集まる視線が快感だとも、彼女は言っていた。

    初めて見かけたときは地味な女だったが随分と変わったものだ。
    元々の資質だったのか、それとも地味な結婚生活が彼女をそう変えたのか僕には分からなかったが、そんなことは割とどうでもよかった。

    そもそも彼女が大胆な女に変わっていなかったら、いま僕の横で半裸の姿を晒していることもなかっただろう。

    あの日僕は、出版社でデビュー作の最後の打ち合わせを済ませ、帰りの電車に乗っていた。いくつ目かの駅を出発する間際、閉じかけたドアに傘の柄を突っ込んで無理やり乗り込んできたのは彼女の方だったのだから。

    「ねえ、私のこと愛してる?」
    多少ぶっきらぼうに彼女が聞いてきた。
    「もちろんだよ」
    彼女の足の付け根へと手を這わせながら僕は答えた。
    「少なくとも君の体を自由にしたいと思うほどには愛しているさ」

    「ふうん、ありがと……」
    あまり感情のこもっていない声だった。
    そして、小さな声で呟いたその先の言葉を、僕は聞き逃さなかった。
  • ーー

    「ケ ダ モ ノ」

    最後のセリフはこれでいいかな、とひとりごちる。
    もうじき赤い目の羊が現れる時間だ。
    文字を喰う羊が。

    書きに書いた文は、これで通算百万字になったはずだ。

    怪しげな技法で増やした文字は徹底的に削られ、今ではもう使う気も起きない。
    ならばと、既存の小説のネタをパクリまくった。今ではもういっぱしの評論家気取りだった。

    ネタはパクってもそのままでは羊は食べてくれない。ならばオマージュならどうだろう。
    そう思いついた彼は、必死でオリジナリティのかけらをつぎ込み、いや正しくは先人の作品にゴメンナサイをしながらそれに多少のオリジナリティを添えて、ようやくここまで辿り着いたのだった。

    「これで本当に終わるんだよな」
    多少の不安が残るのは仕方ない。あとは出たとこ勝負だろう。

    忘れていた空腹を思い出した彼は、買っておいた大好物のチキンカツと紅ジャケの高級缶詰に手を伸ばした。
  • ーー

    「終わりが見えないな……」
    いつまで続けたらいいのか分からなくなった私は、タバコに火をつけた。
    どうやったって収拾がつきそうにない。いたずらに文字ばかりは増えていくが、物語性もなければ気の利いたオチが思いつくわけでもない。
    さりとて「俺たちの戦いは〜」と持っていけるような話ですらない。

    「今回もダメだな……」
    エディタを閉じてブラウザのお気に入りを開くと、投稿サイトのコンテストの詳細が虚しく表示された。

    ー了ー
  • ーー

    「また無理やり終わらせたのかよ、しかもオチはメタだし……」
    僕は苦笑いしながらweb小説のサイトを閉じた。

    「最後まで行き着けないなら、アップなんかしなきゃいいのになあ」

    PVを稼ぎたいからと頼むのは勝手だが、毎回こんなのを読まされる方の身にもなってもらいたいものだ。
    最後まで読んでしまう僕もどうかしているといえばどうかしているのだが、必ず感想を聞いてくるのだから仕方がない。
    もっとも理由はそれだけではなかったが。

    「惚れた弱みってやつですかね」
    本人はチャームポイントだと言い張る胸もとのホクロを思い出しながら、僕はコーヒーを入れに立ち上がった。
  • ーー

    「口車か」
    私は思わず独りごちた。

    言葉遊びが高じて休日の三分の一を費やしてしまったが、もう潮時だ。
    手元のスマホには読んでくれよとばかりに投稿サイトからの更新通知が何通かきている。

    こんなものを小説としてアップする気にもなれないが、捨てるのも癪だ。
    なにせ貴重な休日の三分の一がかかっている。

    「こういうのを捨てられないところが作家さんとは決定的に違うんだろうな……」

    私は今日何度目かの苦笑いをしながら、休日の成果を近況ノートに書き込む準備を始めた。
  • ちょwww
    羊が出てきたところで吹いたわ
  • 力作、お疲れ様でした。
    いきなり投稿するのを躊躇うときは、下書き投稿って手もありますよ。
    下書き状態でも、URLを載せて読んでもらうことが出来るんです。
  • なぜバレたし。
    半月後くらいに、えへへってバラそうと思ってたのに(>_<)

    ここって更新通知は行かないはずじゃないの?
  • しかも私の応援コメ口調(>_<)
  • 更新通知は来ないけど、マイページのユーザーの所で出るんです。
    あっ、作品だ!って、読んでしまいました。
    ストーキングはしてないので、ご心配なく……
  • あ、ほんとだ見方によってはわかるんだ。

    これは高羽せんせいもご存知の某作者様のところで話題になってた話と、それにまつわる新作と、ちょっとした口車に乗ってしまって出来上がった廃棄物です。
    日頃楽しませてもらっているせんせいたちへの感謝(?)も込めたつもりですが、まあ結果は見ての通り。

    高羽せんせいへのオマージュ部分はもっとボリューム作りたかったんだけど、なにせ即興。多少文体を真似るので精一杯でした。

    こういうのをやってみるとハッキリと分かります。言葉遊びと創作の違いというものが。
  •  ちょっ。なんだか面白いことになってる! すごーい二転三転のネタのオンパレード! しかしみさきちゃんのキャラが汗 これもベタと言えばベタ!? スゴい。やっぱりセンスあります。
  •  凄い、いい。いいですよ。イケてます。

     これでホクロをぺろりと舐める描写があれば完璧でした。唾液が、一つのホクロを艶やかに変化させる。色が少し濃く見えるだけなのに、全く違うものになったような。恐ろしく能動的な変化が、僕を虜にしていく……。

     ああ、たまりません。

     オリジナルもいきましょう。『異世界に転生したけど、ホクロの位置が気に入らないので何度でもやり直そうと思う』

     これです。これで百万字いけます。赤い目の羊も納得です。
     
  • 奈月せんせい

    すんごい作品の肝のセリフをこんな風に使ってごめんなさいm(_ _)m


    油布せんせい

    ごめんなさい先生の作品を登場させられなくて、ホクロの話で済ませてしまいました。
    そして、ホクロフェチではない私には官能的なホクロの描写は無理なので、転生話は先生にお任せするんですよっ。
  • あ……。

    胸元を開くと覗くホクロが、どうして「うなじ」の左下三センチにあるんだぜ。
    これじゃホラーだ……。
  • あらー。なんかすごいことになっているじゃないですかー。

    @kobuupapaさま、むっちゃ面白いです。特に、連続入れ子構造は、私の大大大好きな『ビューティフルドリーマー』を思わせました。こういうの好きです。

    奈月さま、私、みさきちゃんのキャラ、アリだと思うんですけど、どうですかね。ベタと言えばベタ? あと反ひねりくらいすれば……。

    油布さまのホクロへの反応が……最高です。

    そして高羽さまの羊は本当に怖いです。どうやったらあんな怖いこと思いつくんでしょうか。

    ノートの更新もマイページのユーザーのところで、分かるんですね。知りませんでした。これからはこまめにチェックしようっと。

    それじゃあ、私は新作投下します。
  • Han Luせんせい、もう口車には乗りませんよっと。

    さてと、新作新作……。
  • @kobuupapaさま

    小清水君の新作に★とレビューありがとうございました。

    でも彼、作中にはまだ名前出てきてないんですよね。うーん、ちょっと早まったかなーと思わなくもないですけど。まあ、なんとかなるでしょう!(ほんとか?)

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する