結論から言うと、そのテープは山村さんが作ったもののコピーではなかった。オーナーが若いころ自作した、お気に入りの曲をまとめたものだった。
山村さんのテープがどれだけの人に広がったのかなんて分からなかったし、石川さんにたどり着いたかどうかだって分からなかった。もちろん石川さんの消息なんて分かるはずもなかった。
でも山村さんは、なぜか楽しそうにオーナーと音楽談義に花を咲かせていた。
肝心の取材に至っていなかった僕は、なんとなく山村さんから聞いた話をノートにまとめていた。なぜだか理由は分からなかったが、多分これはやらなくちゃいけないことなんだろうと、その時の僕には思えたからだ。
「ところで……」
いきなり話しかけられて僕はノートを落としそうになった。
「さっきの、小説に書いて欲しいという話なんだけど。ちょっと条件を変えてもいいかな」
山村さんは言った。
「このテープは僕のテープのコピーじゃなかったけど、僕はいまとっても楽しいんだよ。それは多分、オーナーさんの作ったテープが自分のものかと思えるくらい中身が似ていたからかもしれないし、それにひょっとしたらずっと……」
山村さんは手にしたグラスをくるくる回しながら口ごもった。
そして、ゆっくりと続けた。
「……うん、ずっと喉の奥に引っかかっていたものが取れたような気がしているからだ」
ちょっと間抜けな質問だとは思ったけど、僕は敢えて訊いてみた。
「それって、どうしてなんですか? テープは思っていたものとは違ったわけだし……」
山村さんは、まるで自分に言い聞かせるように喋り出した。
「僕は慶子と電話で話したとき、もう三十になるのよと言われた。それで何も言い返せなかったし、何と言っていいのかわからなかったんだよ。でもね、なんとなく癪に感じて一本のテープを作った」
山村さんは一気に続けた。
「でね、この歳になってこんなことを体験して、あの行為は無駄じゃなかったんだなと思えた。大げさに言うけど、人って何かの思いにケリをつけるためには行動しなきゃダメなんだ。そして行動することは、決して間違ったことじゃない。たとえそれが意味のない行動で自己満足に終わったとしても、自己満足すらできずにモヤモヤし続けるよりは、ずっとましなんだ」
そして山村さんは、なぜか申し訳なさそうに言った。
「それで小説の話なんだけどね。君がこの話を興味深いと思ってくれたとしたら、いつか小説のネタにしてもらえないかな……」
僕は山村さんの目をしっかりと見つめながら答えた。
「まだ作家でもないのでいつになるか確約できないです……。それに今の僕はまだ若すぎるので、ひょっとしたら今のお話に間違った印象を持ってるのかもしれないですけれど、それでもよければぜひ」
山村さんは、今日一番嬉しそうな笑顔で答えてくれた。
「よろしく頼むよ、沿線ライターの “小清水せんせい”」