「ひき肉とか玉ねぎとかある?」
「え、どうしたのよいきなり。そりゃ無いことはないけど」
「ちょっと待ってそっちいく。あ、小清水くんはゆっくり飲んでてちょうだい」
なんだかわからないけど、やっぱり編集長は相変わらず強引だ。でも、なんかすごく生き生きしているな。さっきまでの昔話の時とは随分違う。
そんなことを僕は思いながら、二人のやり取りを眺めていた。
「はいこれ。小清水くん、あなた若いんだから、もっとしっかり食べなとダメよ」
しばらくして僕の目の前には、どうやらひき肉やら何やらを炒めたものが薄い卵の皮で包まれた「オムレツ」が、トンッと置かれた。
ケチャップでチューリップは描かれていなかったけれど、それはとても美味しそうに見えた。
なんだかんだと僕は、お腹が空いていたらしい。それに、何故だかわからないが、編集長が生き生きと作ったオムレツが美味しくないはずはない、という確信もあった、
「はい、こっちが吉崎のぶん」
「どうしたのよいきなり……」
「ちょっとね、嬉しいことがあった日だからね。思い切って約束を果たすのもいいかと思って。多分こういう日を、ヤクソク日和っていうんじゃないかしら」
「なんなのよその、なんとか日和って……」
吉崎さんは、なんと表現していいのかわからない表情をしていた。
でも、決して嫌そうだったり迷惑そうだったりしていなかったのは確かだった。
二人の間の約束とは、編集長が具入りのオムレツを吉崎さんに食べさせるということだったらしい。
どうしてこんな約束がなされたのか僕は聞きそびれたし、聞いたとしてもその理由は分からなかっただろう。そもそも、そういう事の本質は大体にして本人同士にしかわからないものだ。
けれど、そんな僕にもわかったことが二つだけある。
一つ目は、今僕の目の前のにいる二人はとても嬉しそうな懐かしそうな顔をしていて、多分気持ちが噛み合っているということ。
そしてもう一つは、具沢山のオムレツは正統的omeletteに負けず劣らずとても美味しい、ということだった。
ーー
実はこれは、全て僕の妄想だ。
妄想というよりは、小説のネタにしてみたものだ。
二人の約束については、次に店を訪れたときに僕が吉崎さんに聞いて知った。
聞いちゃいけないのかなとも思ったけれど、あのときあの編集長がはぐらかした話だ。好奇心には勝てなかった。
「大した約束じゃないのよ、彼女は勿体ぶってたけどね」と吉崎さんは笑いながら教えてくれたのだった。
そして、ポツリと呟いた。
「ねえ、篠原ちゃんが作ったオムレツ、小清水くんは食べてみたいと思う?」
編集長が厨房に立つ姿を想像して、僕は苦笑いするしかなかった。
吉崎さんは、どっちとも取れない顔で笑いながら僕を見ていた。
そして、大切なことに気がついた「僕」は、今さらながらちょっと青くなった。
「これじゃ、第5話に続かないじゃんか……」