いくつもの事件・心意を経て、渚はホエルの真の正体に気付く。
「あなたは、この街そのものなんだよ」
当然の話、という言葉で始めるには少し不謹慎な話かもしれませんが、『復興』というのは『災害』ありきの事象です。自然災害や人災、今は戦争被害などにもリアリティを感じてしまう時代です。それに対する復興活動というのは当然、災害の内容によって変わります。事実、津波被害にあった町は復興の際に海岸沿いに特殊な工事を施して津波被害を抑えようとする動きがあります。日本が耐震・免震に関して世界レベルの技術力があるのも、因果を辿れば日本という国が地震大国であり、その被害に何度も脅かされた記録があるからと言えます。
そして災害には被害が付きもので、被害者の記憶に傷跡を残してしまいます。しかしそれは普段の防犯意識にもつながり、それは災害に対して無意識のうちに的確な行動をとるようになりますし、訓練を定期的に行う風潮を作り出します。
何を当たり前のことを言っているんだ、と思うかもしれませんが、それが渚の上記のように語った、ホエルの正体なのです。
大前提、カイキョウシティは復興都市です。どれだけ街並みが再誕し、様変わりしようとその事実は変わりません。ファントミームの発見によって新技術の蔓延る未来都市になったとしても、それは一万人以上を消し去った爆発災害から生まれたものであるという事実は変わりません。失った悲しみや怒りがそれでなくなるわけではないというのは、作中の塔子や黒兎、海未や大橋など様々な人物が多様に語っています。
そしてそんな記憶を集めて作られたホエルは、悲しき過去の権化であると言えます。GCの大橋はこれを不要なものと切り捨てようとするスタンスを取りますが、この街の大前提が上記の通りである以上、どうあがいてもこの過去は消えず、記憶が消えない以上ホエルは他のスペクターが語る意志のモデルに適応しないまま自らの意志を持つことができます。
そんな彼女の正体に気付き、渚はこの街が恐怖を下地に作られていることを悟ります。
怪獣になって人々を怖がらせ、みんなに自分の存在を知らしめたいというホエルのアイデンティティは、実はもう人々の無意識下で叶っているわけです。
そして渚はこの事実を知ることで、自身に関わる重要な哲学を得ます。
それは記憶というものが、想起の有無にかかわらず、人を変える力を備えているということ。
次回、この作品のメインテーマである「記憶のオーヴァーレイ」について解説したいと思います。
次回更新は9月26日(火)です。
ファントミーム・オーヴァーレイ/葛猫サユ
https://kakuyomu.jp/works/16817330660259961980/episodes/16817330664249158863