以前の近況ノートの返信コメント中に、ファランの名前を思いついた経緯をちらっと紹介させて頂いた事がありました。
──「ファラン」はアラビア語で「荒野」と言う意味です。本来の意味は荒々しいのに、可憐な音の響きが、『心に炎の激しさを持つのに、外見は可憐な女の子』にぴったりかな、と思って命名しました──
「最果ての、その先に」の登場人物には、神話や世界各国の伝承から拝借した名前もあります。今回は、その中から「アプサリス」と「シグリド」についてのお話です。
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アプサリスのイメージは、北アイルランド(アルスター地方)の破壊、殺戳を好む「戦いの女神モリガン」から。「夢魔の女王」「大いなる女王」の異名を持つこの女神、かなりの曲者で、ケルト神話の中のトリックスターだと私は思っています。
黒い鴉の姿で戦場を舞うことが多く、人の姿を取る時は、長身で膝まである灰色の長い髪を持つ美しい女傑。彼女に目を付けられ、愛を受け入れ交わった男を庇護する情熱的で愛情深い女神です。が、彼女の愛を拒絶した英雄を執拗に追い回し、想いを拒否された腹いせに呪いをかけ、彼を襲い続ける執念深い一面も。
英雄の返り討ちに遭い、足を斬り落とされ、目を潰された女神。そんな彼女の傷の手当をし、命を救ったのは、他でもないその英雄でした。
命の恩人となった彼に影のように付き従い、英雄が戦場で討ち死にした際、死の間際まで鴉の姿で彼の肩に止まり静かに寄り添い、その最期を看取った、と言うエピソードが大好きで、「最果ての……」を思いついた時、主人公の庇護者になる聖魔のモデルに迷わず彼女を選びました。
アプサリスの名はインド神話の「水の精アプサラス」から。「水の中で動くもの、雲の海に生きるもの」「天女」とも称され、姿を自由自在に変え、水鳥に変身することもあると言われています。アプサリスを「水妖(フーア)」と呼ばれる種の妖魔にしたのはこのためです。ちなみに、「フーア」はスコットランド(ハイランド地方)の民間伝承に登場する「水にまつわる凶悪な精霊」の総称です。
美しい女性の姿で現されることが多い「水の精アプサラス」は、官能的な肉体を持つ悩ましい姿の彫像が多く作られています。天界の指示により、その妖艶な美貌を使って修行中の人間を誘惑して堕落させることもあるとか……この辺り、何となくモリガンを彷彿させると思いませんか?
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シグリドのイメージは北欧神話の英雄「シグムンド」。彼が最高神オーディンから与えられ、石や鉄も容易く切り裂いたといわれている剣の名が「グラム」です。
シグムンドは容姿が美しく、剣技に優れ、猛毒が効かないほど強健だったとか。戦いの神オーディンと運命の女神ノルニルの加護のお陰で戦さで負傷する事もなく、その生涯を通じて戦場に在り続けた英雄です。
彼が遺した形見の名剣グラムを振るい、さまざまな軍功を挙げた息子の名が「シグルズ」。ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』に登場する英雄ジークフリートの起源とされるシグルズは「竜殺しの英雄」でもあります。
火竜を守護神とするシグリドは、この二人を元に出来上がりました。
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「最果ての、その先に」も最終エピソードまであと数回。今しばらく、お付き合いのほど、何卒よろしくお願い致します。