「ちかごろ掲載が実に停滞している」と書いている本人も分かっているのですが、それには理由があります。「闘病記・・・というほどのものではないけれど」の最後に書くつもりではあったのですが、あまりにも記述が停滞してしまったので先に実情を述べさせていただくと、手術後検査した40程度のリンパの一つから転移性のものが見つかったらしく、7月初旬から化学療法のために入院生活を送らざるをえないはめになりました。少々たかをくくっていた感のあるこの化学療法というのが実に体と心にきつく、掲載を停滞させる要因です。
化学療法というのは抗がん剤というものを体内に点滴を通して注入するものです。私の場合は二種類の抗がん剤を使用した療法で、一つはシスプラチンを一日で、もう一つは55FUを五日ほど毎日かけて点滴をするものでした。抗がん剤はがんに対して成長を停止させる効果があると理解していましたが仕組みに関しては事前にさほど知識がありませんでした。
しかし経験を通して言えば抗がん剤とはまず「人の生理的活性のレベルを二段階ほど下げるような効果」を持ったものだと理解しなければならないと思います。もちろん、同時にがんの生理的活性を下げ治療するという本来の効果があるわけです。そこにいわば「肉を斬らせて骨を断つ」的な側面があるのは否めない事実でしょう。
現実を言えば抗がん剤を点滴し始めて三日ほどは特に体調の変化はなく、運動不足を解消するために歩くスペースが欲しいと思ったほどで(前回入院した所は棟の両サイドに仕切りがなく自由に歩き回れたのですが今回は仕切りがあって自由に往来ができない)、体重も増え(一気に二・三キロの増加)食欲も旺盛でした。
ところがその翌日から突然、食欲が衰え胸に何かが閊えているような感触がおこり、水を飲むことさえ億劫になり始めました。食欲の減衰と共に体に倦怠感が増し、運動をしようという意欲が極端に減退しました。具体的に言えばそれまでは一日一万歩をだいたい達成していたのですが、突然五千歩でもきついという状況になりました。
意欲の減退は知的なレベルにも及び、書くどころか書物を読む意欲さえ失われました。今回入院にあたってはいくつかの書物を選び持ち込みました。Alice Munroの”Demasiada Felicidad”(これはカナダ人が英語で書いた”Too Much Happiness”という小説をスペイン語に翻訳したもので、在欧州中に購入したものをほったらかしにしておいたものです) Kazuo Ishiguroの”Never let me go”、それに初めて読むことを告白することが恥ずかしいのですが、プルーストの「失われた時を求めて」の岩波文庫の第一巻(スワン家の方へ)、加えて森見登美彦の「四畳半タイムマシンブルース」の四冊です。このうち洋書は症状と共に活字を追うのが急速に億劫になり、気楽に読めると思っていた「四畳半タイムマシンブルース」も妙に感情をささくれさせ、唯一「失われた時を求めて」のゆっくりとした感情の起伏の記述だけがしっくりと来るという妙な状況が現出しました。
抗がん剤が直接脳や神経に影響を与えるとは聞いておらず(実際にそうだったとしてもそうは言わないだろうけど)おそらくは倦怠感などを通した体の不調から来る意欲の喪失は意識や認識レベルの低下も招いたと思われます。いくつかの言葉が喪失し、表象に出なくなるなどの事象が発生しました(具体的に言うとハングルという単語が思い出せなくなった、など)。
抗がん剤の使用が「うつ的」な症状を見せることがあるというのは多少、知っていたし、現実病院でもその懸念があるからこそ、アンケートなどで「悲しくなることがあるか」などの質問票を書かせたのだと思われますが、現実に経験すると体調の崩れの影響は思ったより大きく、もう少しその影響を周知する必要があるかなと思われます。
僕自身は「抗がん剤を使用している時点の自分は本来の自分ではない」という認識の設定と、その「自分を観察する」という作業を設定することにしました。そうすることで自分を見失うことを避けることができる人は多少なりともいると思います。「抗がん剤が危険な薬である」というより抗がん剤の本質を理解させる必要が大きい。さもないと抗がん剤を使用したことで現実を見失い自死する人が出てくる可能性さえある、と思えます。
以前ZARDの坂井泉水さんはがんの化学療法中に亡くなったとききます。状況的には自死としか思えないですが、彼女が生きるために選択した療法が彼女を死に追いやったのだとしたらとても悲しいことです。(僕は彼女の「熱狂的ではないファン」の一人でCDとかは三枚しか持っていませんが、四十近くになっても高校のクラス委員が学園祭の準備をしているみたいな感じがいつまでも抜けない彼女のことを、ずっと素敵だなと思って見ていました)おそらく彼女の場合の化学療法は僕が受けたものよりだいぶ強いものでしょう。とは言え、生きるための治療が生きる意欲を減衰させるという副作用を伴っていることの重要性は良く知られるべきだと思います。実際に化学療法に関する説明書きをもう一度よく読んでみると、「起こりやすい副作用」という説明はあり、それが健康体に及ぶという事は記載されていますが、そもそもの療法の構造は明確に説明されているとは言い難いのかなと思います。
というわけで何とか第一クールは終え、退院して家での療養を行っている最中です。夏でもあり、食欲も戻っていなかったことから病院の方からは退院してから再入院するより入院を伸ばした方がいいのではないかという話もありましたが、個人的には病院に居つくのはあまり病気に良いとは思っていません。昨日あたりからようやく食欲が回復中で今日から料理を再開しようと思っているものの、なかなか元通りにはなっておりません。しばらくすれば第二クールが始まり、同じような状況になるでしょう。なかなかしんどい状況でございます。皆様もご自愛ください。