5月29日に発表された「次の流行は、ここから始まる。」カクヨム10テーマ小説コンテストの「次にくるテーマ賞」として、骨太ダークファンタジー部門が選ばれました。
今回、骨太ダークファンタジー部門で選考委員を務めた稲荷竜さんが、ピックアップした作品の講評をご紹介します。
勇者という超常の異能者が、モンスターの大軍と戦い続ける世界。
勇者はそれぞれに『ユニークスキル』を持ち、それを使ってモンスターを倒し続ける──
──というところだけ抜き出すと、勇者を主人公にした無双ものに思えるかもしれない。
しかし本作の主人公は心療師。勇者たちの心を癒すため、前線に配属された一人の少女だ。
この物語の勇者は精神の均衡を崩すと強くなる。しかし均衡を崩した心で戦い続けると壊れる。だから心療師がその心を癒す必要がある。
ところが『魔法を使いました。心が治ります』というようなことはなく、PTSDを発症した勇者たちとかかわるうちに、心療師の心身もまた疲弊していく……
全体に重苦しく覆いかぶさる『この世界も、この世界で生きる人も、とっくに限界で、明るい未来などどこにもない』という雰囲気。
状況、心理の『限界』ぶりを如実に伝える淡々とした文章力。
全員が必死に生きているからこそ読んでいくうちに胸が詰まるような暗い閉塞感。
『そこで生きる人の心』から世界のダークさを読み取らせていくサイコ・ダークファンタジー。
是非一読して、この世界で生きる人々の心に触れてほしい。
(「10テーマ小説コンテスト」骨太ダークファンタジー部門 講評4選/文=稲荷竜)
魔王が討伐され、世界は平和を迎えた。
主人公はその戦いで活躍をした勇者。
式典。仲間たちの像。魔王討伐に湧く街で物語は始まる。
が、主人公はその式典に至るまでの記憶がない。
『すべてを救ったあとの勇者』という立場からスタートし、その足跡を追うのがこの物語だ。
ただし、この主人公にとって、『今日』の次は『明日』ではなく『昨日』で、『昨日』の次は『一昨日』。なぜかどんどん、日付が巻き戻っていく。
何も知らない状態から毎日過去へ戻っていく主人公は、『己の足跡』を辿っていくことになる。
建てられた像でのみ容姿を知る仲間たちは、どのような人物だったのだろう。
魔王に苦しめられていた世界は、どういう世界だったのだろう。
この物語の最も見事な点は構造にある。
主人公はどんどん過去に戻っていく中で、失った仲間の失われる瞬間に『出逢う』。
最初は『よく知らない人』だった仲間との思い出を逆行経験していくことで、命の重みが増していく感覚。
読んでいくうちにじわじわと胸に圧し掛かる命の重さ。
構造と文章がもたらす独特な読書体験を、是非多くの人にして欲しい。
(「10テーマ小説コンテスト」骨太ダークファンタジー部門 講評4選/文=稲荷竜)
この物語のネクロマンサーは命を自在にできるような万能の支配者ではない。
主人公は自分を拾い育ててくれた人の死を見送ることになってしまう。
育ての親、後見人、恩人である老人の遺体を棺に入れ、オリーブの木の下に埋めたその時から、主人公の旅は始まる。
主人公はネクロマンサー。人里離れた場所にずっといたためか、ずいぶん長く生きているけれど、中身は少女そのもので、見た目も幼く美しい女の子に見える。
彼女はずっと後見人と二人で潜むように生きてきた。その彼女が外に出た動機は、後見人が遺した手紙を、宛先に届けるため。世間から離れていた少女の一人ぼっちの旅が始まる──
この物語には優しい人々がたくさん出てくる。
だが、主人公がネクロマンサーだとわかった瞬間に、掌を返す。
ところどころに散りばめられる死の気配。優しい人たちが奥底に秘めた、異物に対する強い拒絶反応から垣間見える暗い雰囲気がたまらなく胸を刺す。
一見平和で、一見誰もが優しいこの世界。しかし、ネクロマンサーという存在がシーンに登場した瞬間に強烈に見える世界の影。
光が強ければ影がより濃くなる。
無垢で『理想主義者』のネクロマンサーである彼女が、世間の光と影にさらされ続けどう『成長』していくのか。
主人公とともに世界のことを一つ一つ知りながら、是非とも読み確かめてみてほしい。
(「10テーマ小説コンテスト」骨太ダークファンタジー部門 講評4選/文=稲荷竜)
神が魔王を討ち果たした世界。
主人公は大柄な男と華奢な男の二人。
この二人、実は魔王を復活させるための旅をしているのだ。
などと述べるとまるで我欲のために平和を乱さんとしている、悪の軍勢の残党のように見えるだろう。
しかしこの二人の印象は、悪という言葉とは程遠い。
豪放磊落な大男ジェラルドと女装が似合う(好んではしない)美麗の氷術師ネモ。性格は正反対に見えるのに仲がよく、二人のやりとりは実に軽妙。
一方で魔王を討ち果たした神を祀る寺院はといえば、その中のいち神官の行いとはいえ、書くのも憚られるおぞましい悪行によって、多くの人々を被害に遭わせていることが、最初のエピソードで語られる。
『神が魔王を討ち果たし、世界は正義に塗り替えられた。』
これは物語のあらすじの一行目だ。
邪悪なる魔王の復活を目論む二人が、星界神イベルダルクによって正義に塗り替えられた世界で暴れまわる。
悪は何で、正義は何か。軽妙なやりとりと愉快なシーン、すっきりした文章によって価値観を揺さぶられる読書体験を、是非してほしい。
(「10テーマ小説コンテスト」骨太ダークファンタジー部門 講評4選/文=稲荷竜)