18世紀末、英国の上流階級でファッションリーダーとして名を馳せた伊達男ボー・ブランメルは、それまでの紳士服の常識とされていたモールやカツラ、豪華な刺繍といった華美な装飾を廃し、純白のタイに黒無地のジャケット、すっきりしたズボンというシンプルを突き詰めた服装で男性本来の魅力を引き出すスタイルを確立しました。それが現代のサラリーマンのスーツの原型となり、その飾らない美学は『ダンディズム』と呼ばれて今日まで伝わっています。とある貴族から教えを請われた彼はこう答えました。「もし通りすがりの人が振り返るなら、あなたの着こなしは崩しすぎているか、堅すぎるかのどちらかです」。周囲から浮き上がらず、日常に溶け込むお洒落こそファッションの極意ということです。創作にも通じる名言だと思いませんか? 今回は衣替えの時期ということでファッションがテーマ。新しい服を着ると身も心も浮き立ちますよね。そして長雨で気分が落ち込みがちな季節でもあります。お気に入りの服を着て、気分だけでも晴れやかに過ごしましょう。

ピックアップ

女装を極めろ! 兄貴がロリータ・ファッションに着替えたら

  • ★★★ Excellent!!!

 イマドキの女子高生の相模朱美には優等生でイケメンの兄の謙介がいる。そんな謙介が学園祭の出し物でロリータ・ファッションに挑戦することになり、朱美は女装の手助けを頼まれてしまう。高校生の兄妹のドタバタ女装奮闘記です。

 真面目でちょっと天然ボケ気味な兄と、お節介焼きでツッコミ体質な妹が繰り広げるドタバタに笑わせてもらいました。

 ただ女物の服を着るだけで十分なのに、スキンケアから脱毛、化粧にまで手を出し、本格的なロリータファッション専門店で衣装を購入してしまう兄の謙介の凝り性といいますか、何事にも真面目に取り組んでしまう優等生っぷりが愉快なんですよ。

 女装に熱中していく兄を妹は冷ややかに見ていますが、実の母親やショップの店員、同級生の女の子たちはノリノリで手を貸し、謙介の女装のクオリティが上がっていくギャップが可笑しいです。

 世の女性たちは日頃からこんな苦労をしているのかと感心しつつ、手間や時間をかけるほど可愛くなっていく楽しさが伝わってきます。女装を通じて女の子のお洒落にかける情熱を描いた作品です。


(「衣替えで心晴れ」4選/文=愛咲優詩)

お洒落で世界を変える! 女子高生のブランド創業物語

  • ★★★ Excellent!!!

 手芸部に所属する女子高生の三角冬夕と松下雪綺は、乳がんで胸を失った女性たちのためにブラジャーを作る学生ブランド『スクープ・ストライプ』を立ち上げる。そんな彼女たちが活動する部室には、性や胸にコンプレックスを抱く女の子たちが相談にやってくる。

 お洒落な下着で女性を後押しして世の中を変えてやろうという二人の心意気が素晴らしいです。

 そもそも二人がオリジナルブランドを志したきっかけは二人の母親が乳がんになったこと。手術を受けて生き残ったものの、胸を失ってしまった母親たちを元気づけるためにブラジャーを作ろうという親孝行が素敵なんですよ。

 校内でブラジャーを作っていることを公言する二人は、ときに周囲の偏見や下品な目で見られて不愉快な思いをすることもある。それでも二人を頼って相談に訪れる女の子たちのため、誇りを持ってブラジャー作りに励む姿に称賛を送りたくなります。

 二人の夢は大きくノーベル賞。今日も悩める女性のために頑張ります。見えないところにお洒落は宿る。お洒落で世界を変える二人の挑戦に期待です。


(「衣替えで心晴れ」4選/文=愛咲優詩)

お洒落心は止められない! 羽と布とお金を巡るお仕事ファンタジー

  • ★★★ Excellent!!!

 人間と獣人と有翼人が共存共栄する国・蛍宮。しかし羽毛を持つ有翼人の生活は困難に満ちていた。世界で初めて、有翼人の服を発明した天才デザイナーの立珂は、主人公の朱莉をはじめとした有翼人たちのカリスマ的存在となる。しかし問題は貴重品すぎて普段着にできないこと。朱莉は誰にでも買えて、普段着や作業着として着られる服を目指して量販店を目指すことに。

 ただ既製品のコピーを作るのではなく、普段着としての工夫を考え、羽をくくる紐や、子供のための肌着、天然素材を使ったおむつなど、いままでにないオリジナル商品を出していくビジネス展開が興味深いです。

 経営の素人の朱莉でしたが、星宇というイケメンと出会い、商売経験豊富な彼を雇うことで経営を軌道に乗せていく。服作りの才能はあるが、お人好しで無欲な朱莉に変わって、裏方として立ち回る星宇のキャラが頼りがいがあってかっこいいです。

 次第に評判が高まり、宮廷主催の品評会にも出品が叶った朱莉でしたが、やがて外交や政治の騒動に巻き込まれていってしまう……。

 お客様が本当に欲しい服とはどんな服なのか。お洒落で人々を救うファッション・ファンタジーです。


(「衣替えで心晴れ」4選/文=愛咲優詩)

天国に何を着て逝く? 人生最後の一着、承ります

  • ★★★ Excellent!!!

 ビルの合間にある西村川衣料洋品店。その扉を開けるとマダムと呼ばれる美しい女主人が出迎える。古今東西の洋服を取り揃えたその店には死者の魂が訪れる。人生最後の死に装束を求める客たちから、彼らの辿った人生が語られる。死者が訪れる不思議な洋服店で描かれるヒューマンストーリーです。

 エピソードごとに登場するお客様は、さまざまな事情を抱えて店を訪れる。過労死した会社員、心臓病の少年、いじめを苦に自殺した女学生、交通事故に遭った老婆……。彼らの多くは生前の心残りを抱えながらも、己の人生を象徴する一着をあつらえて天国へと旅立っていく。

 その天国の光景も人によってさまざまだ。草花が咲き誇る高原、音楽が流れるダンスフロア、大観衆の待つコンサートホール、青い空と海が広がるヨットハーバー。傷ついた彼らの心が思い描く永遠の理想郷が美しくも儚くて胸を打つのです。

 どんな人間でも人生とは波乱万丈の物語だ。苦難や苦労がありながらも、振り返れば幸福や感動に満ち溢れている。あなたは、人生の最後にどんな一着を選びますか?


(「衣替えで心晴れ」4選/文=愛咲優詩)