400を超えるエロティックな実話(?)ショートショートを読ませてもらって、最初に感じたのは、安心感だった。ここには最近のこの国では流行らない「性とそのときめき」が満ちあふれていたからだ。清潔第一の小説の世界から、セックスはどんどん排除されていくけれど、カクヨムの多くの読み手や書き手のなかには、まだまだ生きていくうえで欠かすことができない大切なものとして、「性」を扱う人たちが大勢いる。それが『娼年』の作者としては、素直にうれしかった。これからも、みんな、性の不思議と生きるときめきを、楽しみながら書き、たくさん読んでください。

ピックアップ

センスが光る決め台詞

  • ★★★ Excellent!!!

セックスに冷めていた舞台女優が、共演者の男優との雑だけれど、相性抜群の行為で性に目覚めていく。ひとり語りの文章のセンスがいい。短い決め台詞が上手いのだ。
「それが今、キスだけで腰が揺れている」
先輩男優がまったく自分など愛していないことに気づいているヒロインの冷静さが読みどころ。この調子で長いものに挑戦してみたら、どうだろう。それにしても、みんな悪くて不実な男を描くのが上手いなあ。


(「恋愛ショートストーリー特集」/文=石田 衣良)

ういういしい百合もの

  • ★★★ Excellent!!!

今回は意外なことに、BLは数すくなく、何篇かういういしい百合ものが入っていた。この作品もそのひとつ。まずタイトルがいい。大学生になり異性とのひと通りの恋愛経験を済ませた女性の胸に焼きついているのは、高校時代にキスだけして別れた少女のことだった。その相手を紹介するのはつぎの一文。「彼女は人よりちょっと涙脆くて、人よりちょっと手首の傷が多くて、人よりちょっと日常的に服用している薬が多い」 うーん、いいですね。セックスを超えるキスも実際にあるもんなあ。


(「恋愛ショートストーリー特集」/文=石田 衣良)

6センチの絶妙さ

  • ★★★ Excellent!!!

高校の合宿での、スリルあふれるアクシデントを描いた掌篇。めずらしい少年視点だけれど、違和感なく自然に読める。恋人のいる女子マネージャーと、なぜかふたり切りになり、非常灯の明かりしかささない暗い廊下で、鼻と鼻が当たり、唇が触れる。壁にもたれた彼女のなかに、「6センチくらい」中指が入るのだけれど、この6センチがちょうどいい長さだった。この後、彼女とは実際のセックスまで進展しないのだけれど、トイレで自分の指の匂いをかぐ場面を入れたのは、作者のお手柄。主人公の切なさが効果的だし、セックスには実際の行為と回想という2段階の快楽があることを、読む人に教えてくれる。

(「恋愛ショートストーリー特集」/文=石田 衣良)