居住区の桜もすっかり散り落ちました。
 わたくし花弁が散ったこの時期がすごく好きでして、つい自転車を止めて見入ってしまうのです。いっぱいに咲く薄紅も美しいですが、瑞々しい青葉を見ると「これから始まるなぁ」とわくわくして元気が出るのですよねぇ。まあ、お仕事を始めるときにはもう、元気なんて使い果たしているのですけどね……。
 と、それはいつも通り置いておきまして。今月は「VTuber」をテーマにおすすめの4作品をご紹介させていただきますよー。
 VTuberさんはその存在とバーチャル肉体に宿る“魂”さん、そして配信を支えるファンのみなさま、三位一体によって織り上げられるドラマに魅力があるものと思います。このジャンルへすでに触れておられる方はもちろん、未読の方もどうぞこの機にバーチャルとリアルの狭間に輝く珠玉をお楽しみください。

ピックアップ

女子から遠ざかったはずの男子、なぜか美少女VTuberになる!

  • ★★★ Excellent!!!

 幼なじみの女子と縁を絶ったことでトラウマを抱えた松浦傑は、女子と縁遠い工業高校へ進学した。が、思いがけず引きずり込まれてしまうのだ。同級生となった泉楓——烏城のハンドルネームで知られるネット界の超有名人に、こともあろうか美少女VTuberの道へ。

 傑くんは個人勢VTuber“美鈴咲”となり、女子そのものなボイスを駆使してめきめき頭角を現していきます。でも、コラボ配信することになった人気VTuberのチチさんの正体が露わとされた瞬間から、物語は加速するのです。

 美少女の肉を着込んだ男子の有り様がコミカルな筆で描き出される本作ですが、その中に香るほろ苦さ、なんともいいんですよねぇ。傑くんだけじゃなく、他のキャラクターさんにもそれぞれVTuberの道を選んだ事情があって、そこに織り込まれた“魂”——所謂中の人——の辛苦がドラマを展開させていく。この物語としての分厚さ、極上です。

 ただおもしろいだけじゃ終わらないVTuberラブコメディ、ぜひご一読を。


(「次元の狭間に輝くVTuber」4選/文=高橋 剛)

“魂”の願いを背負い、第3皇女がネット世界へ降臨す!

  • ★★★ Excellent!!!

 ロングケープアイランド王国第3皇女スタンフォード・アリア。それは現実世界で下位カーストに所属する田中瞳が、せめてネット上ではカースト最上位を演じたいとの願いを叶えるため作り上げたVTuberの姿だった。そして今宵も演じるのだ。わがまま気ままな皇女アリアを。
 なによりもまず、リアル! 設定はもちろん、瞳さんがアリアさんを作り上げた事情も不調な滑り出しも彼女の苦悩も、なにもかも。

 VTuber業界はとにかく個人勢の新規参入が困難な世界です。加えて瞳さんの生きる現実世界は辛くつまらない。でも、それらがしかと敷かれているからこそ、瞳さんの挑戦は物語としての熱を宿し、彼女とは真逆なアリアさんを通して得ていくものに説得力が生み出されるのです。

 そしてこのアリアさんですよ。瞳さんであり、瞳さんではない「理想のアイドル」として機能する、キャラクターでもあり舞台装置でもある存在、すばらしいのひと言です。

 VTuberとしての挑戦劇とひとりの女性の成長劇、同時に味わえる素敵なお話です。


(「次元の狭間に輝くVTuber」4選/文=高橋 剛)

ありのまま系VTuberとファンが織りなす配信時空!

  • ★★★ Excellent!!!

 天才美少女音楽家兼板前勇者系新人VTuberの肩書きを引っさげ、ついにデビューを飾った時雨リオ。最初くらいはていねいにと装っていた彼女だが、すぐに化けの皮を脱ぎ去り、曝け出す。ゴリラが好きでお酒が好きな、ざっくばらんなありのままを!

 VTuberさんはキャラを作り、理想の姿を演出されていることが多いものですが、リオさんは最初の段階でそれを放り棄て、地を晒す決意をした人なのです。もちろんそれだけならドラマにはなりません。けれどもここにもうひとつの要素である視聴者の方々が加わることで、それこそ話が変わるのですよ。

 ライブ配信は配信者さんのノリに視聴者さんたちが乗っかってくれることで成立するものですよね。一方通行じゃなく、同じテンションで両者がキャッチボールすればこそ醸し出される空気感をリアルに味わえることこそが、本作最大の魅力なのです。

 読むとつい配信へ参加してみたくなること間違いなしなVTuberライブ物語、ずいっとおすすめさせていただきます。


(「次元の狭間に輝くVTuber」4選/文=高橋 剛)

ファンの言葉で形作られるVTuberの有り様

  • ★★★ Excellent!!!

 とある架空VTuber“かより”、その配信を見ているファン(かよラー)たちが巨大匿名掲示板の実況スレッドで綴ったログをそのままお届け!

 というわけで、こちらのお話はVTuberさんご本人じゃなく、ファンのみなさんの「実況」をテーマにしたものです。

 かよりさんへのツッコミ、他愛なかったり気持ち悪かったりする感想、かよラーさんたち同士の絡みなどなど、まさに実況ならではなカオスが展開しているわけですが。興味深いのはみなさんの雑多な言葉により、作中で描かれないかよりさんという存在が鮮やかに浮き彫られていることです。

 ある人の人物像とはご自身の主張や有り様ばかりでなく、周囲の人々が観測して得た認識で成り立つものですよね。掲示板に書き重ねられたワードはすなわち、かよラーさんたちが認識——観測者の認識の歪みをも含めて——しているかよりさんそのものなのです。

 938のレスから見えるかよりさんの像、あなたはどのように認識されるでしょう? ぜひお確かめください。


(「次元の狭間に輝くVTuber」4選/文=高橋 剛)