近所の桜の固蕾がついに緩んで参りました。季節ごとにガラケー(ご高齢者様用)のカメラで撮っているのですが、桜は四季それぞれに趣があるものですねぇ。青葉茂らせる夏の生命感。秋から冬へ向かう時期、赤や黄に色づいた葉が散りゆく侘びた風情。すっかり葉を落とした枝が冬の風雪に耐える強靱。そして春、ついに花開いて世界を満たす薄紅の美しさ! どれも本当にすばらしいものです。
――と、いうお話はさておきまして。今月は春らしく「スタート」、「開始」を掲げた4作品をご紹介させていただきますよー。
未だ難しい状況が続いておりますが、今年も変わらず、みなさまと素敵な作品との出逢いを繋いでいけるよう微力を尽くして参ります!

ピックアップ

始まって、終わって、始まるふたりの物語

  • ★★★ Excellent!!!

「光代を甲子園に連れて行きたい」。そう中村光代へ言ったのは、お隣さんで同い年の野球少年、遠藤亮平だった。かくて彼は高校で野球部へ入部し、光代はそんな彼を応援したいと心を決めてチアリーディング部の門を叩いたのだが、しかし……!

というわけで、図式的には超有名高校野球漫画な感じなのですが、ここで設定がいい感じですとんと落ちます。亮平くん、なんとベンチ入りもままならない補欠なんですねぇ。しかも、彼を応援する光代さんは努力が認められて先へ行ってしまうのですよ。いっしょにがんばるからこそ映えるはずの関係性に格差をつけることでもたらされる、なんともじりじりした緊張感、たまりませんね!

その後も季節を重ね、互いの立場が変わるにつれて、光代さんと亮平くんの距離感、その微妙な均衡が揺れ動きます。そのなんとも甘々でカユカユな感じ、まさに青春ですよ!

文量はコンパクトながら起伏豊かに仕上げられた物語、あなたの心のど真ん中に突き刺さること保証いたします!


(「春だからスタート!」4選/文=髙橋 剛)

前世料理人の悪役令嬢は、唐辛子で無双する!

  • ★★★ Excellent!!!

カラメル王国の公爵令嬢であるラビー・ストロングは、婚約者の第二王子が愛した平民上がりの男爵令嬢を害そうとしたが、阻まれたあげく“赤い森”へ永久追放される。果たして喉の乾きに耐えかね、目の前に流れる赤い川の水を飲んで……辛さに跳び上がると同時、自分が乙女ゲーム世界へ転生した料理人・三島幸子であることを思い出すのだ。

唐辛子で満ち満ちた森のただ中、レストランを開店したラビーさんは前世の記憶と腕、そして火炎魔法を駆使して客の舌を痺れさせます。そして新たな食材を創意工夫で極上料理に仕上げていくのです。王道ネタを唐辛子という一味(いちみ/ひとあじ)でここまでオリジナリティとカタルシスに溢れる一品へ仕上げてみせた著者さんの筆、最高ですね!

しかもラビーさん無双だけじゃなく、物語は登場するキャラたちについても語り上げるのです。それがラビーさんの物語へどう合流していくものか? わくわくが止まりません!

スローライフじゃ終わらない、辛(つら)みと辛味(からみ)の痛快悪役令嬢物語です。


(「春だからスタート!」4選/文=髙橋 剛)

戦士にならなかった僕はやがて、不思議な少女と出会う

  • ★★★ Excellent!!!

突然、「Y戦士にならないか?」とY戦士から勧誘された“ゆと”。しかし、そこへ現われたX戦士から同じように「X戦士にならんか?」と勧誘されることで、AからYまで存在する戦士のあれこれを知ることとなり――結局戦士となることを選ばぬまま過ごした末、彼はその意志の強さこそが異世界を救う力だと語る導(みちび)と出会うのだった。

設定はちゃんと作り込まれていて、キャラクターもそろっている。だからこそ、いつでも始まることができるはずなのに、ゆとくんが戦士にならないからこそ「始まらない」物語。ジャンルで言えばシュールものになるでしょう。

その靄めきが匂い立たせるカオスな空気感、惹き込まれるのですよねぇ。書き込まれた文章と文章の間、すなわち行間の風情を感じる作品は意外なほど少ないものですが、ストーリーの展開を急がない緩やかな会話劇の隙間から匂う“空気”は、この作品ならではの不思議な魅力となっています。

読み手の方はもちろんですが、この「行間」の妙、書き手の方に強くおすすめですー。


(「春だからスタート!」4選/文=髙橋 剛)

虚空に浮かぶ自室×4! 織り成されるは孤独な人間模様!

  • ★★★ Excellent!!!

立地最高。しかし前の住民の夜逃げにあったという古いアパートの部屋へ、面倒な手間をかけて引っ越した“俺”。翌日仕事へ出かけようと外へ踏み出しかけて、唖然とする。なぜなら彼の部屋だけを残し、世界が消失していたからだ。しかし、その虚空には自室以外のものが在った。そう、同じように浮かんだ三つの部屋と、その内の住人が。

切り離された異空間の中、互いの言葉すら届かない隣人たちとの交流劇。それは重ねられるにつれ、謎を深めていきます。その展開が言うなれば助走になっているのですよね。進むにつれ加速していって、クライマックスで一気に解(ほど)ける。設定がすばらしく練り込まれていて、主人公の俺さんの心情描写が実に濃やかであればこそ、到達する真実はなにより鮮やかに浮き彫られて。その果てに露わとなるオチがなんなのかは言わずにおきますが、本当にお見事としか言い様がないのですよ。

注目していただきたいポイントは「後味」! ぜひともみなさまにご体感いただきたく、推させていただきます。


(「春だからスタート!」4選/文=髙橋 剛)