光あるところに影があり、勇者がいるところには魔王がいる。というわけで多くの異世界小説では欠かせぬ存在となっている魔王。これだけポピュラーな存在であるということは当然その設定を活かしたパロディなどもいっぱいあるわけで。
ということで、魔王を題材にした作品をピックアップ。勇者にやられたふりをして、スローライフを送ろうとする比較的オーソドックスな(?)魔王から、ただの傭兵のはずがなぜか周囲から魔王と呼ばれる魔王、地球で勇者とラブコメをする魔王、社会人としてちょっと変わった仕事をする魔王など、風変りな魔王が活躍する作品を集めました。

ピックアップ

人類を脅かす《転生者》に立ち向かうのは、未来の魔王!?

  • ★★★ Excellent!!!

物語の舞台は、圧倒的な力を持つ異世界から襲来した《転生者》たちによって滅亡の危機に瀕した世界。人類は肉体を改造する魔獣化措置によって優れた兵士を生み出し転生者への抵抗を試みるが、戦況は覆せぬままジリ貧の戦いを強いられ続ける。

主人公ルジンもそんな魔獣化された傭兵の一人。転生者たちには勝てない、自分などたいした奴ではないと内心思いながらも、目の前の人間を助けたりわずかな時間稼ぎのために命を懸けられるタフな男だ。

そんな彼の前にある日二人の女性が現れる。魔獣化を受けた兵士たちよりも遥かに強い力を持つ彼女たちは、なぜかただの傭兵であるルジンのことを魔王と呼び崇拝するのだが……。

主人公側がワーウルフやセイレーン、ゴルゴーンなど一般的なモンスターの種族名がつけられて、侵略者である転生者たちがブレイブ、クレリック、パラディンといった役職名で呼ばれるという単語だけ抜き出すと転生もの敵味方の設定をひっくり返したような本作品。

しかし、その転生者たちは人類とは程遠い異形の肉体を持っていて見た目は完全にモンスターでしかもその数は無尽蔵。おかげでルジンが向かう戦場は常にギリギリの防衛戦や撤退戦。そんな状況で生き延びるために泥臭く戦うルジンの姿が非常に熱い! それに加えて、なぜルジンが魔王と呼ばれるのか、ルジンの下に現れた女性たちの正体は何者かという数々の謎が物語を動かし続け、とても先が気になる内容になっている。


(「いろいろな魔王」4選/文=柿崎 憲)

くたびれた魔王はスローライフを求めて死んだふりをする

  • ★★★ Excellent!!!

倒しても倒しても繰り返し魔王城を襲撃してくる勇者にうんざりした魔王様。不老不死なので死んで終わらせることもできず、勇者を撃退してもまた新たな勇者が現れて結局いたちごっこに。しかしこの日の魔王は、あるアイデアを閃いた。死んだふりをしてそのまま自分の存在を世間から忘れさせればいいのだ!

そうして勇者にやられた振りをしてそのまま眠りについた魔王。それから300年が経ち、再び目覚め新たな人生を歩むことになった魔王の最初の目標。それは素敵な一軒家を買うことだった!

ずいぶんと庶民的な目標を持つ魔王様だがその力は桁外れ。上手く世間に溶け込もうとするのに、つい強すぎる力を見せすぎてしまったり、妙に尊大な口調になったりして、世間からは変人扱いされるし、そんな彼の周りに集まる者も肌が真っ白なのに自分がダークエルフだと主張するエルフや勇者なのにステータスに0が並ぶ才能0の少女など変人ばかり。けれど、そんな変わり者も引き受けちゃうのが、元魔王の度量の広さ。

テンポのよい掛け合いと魅力的なキャラクターの力もあって、すいすい読み進められる作品です。


(「いろいろな魔王」4選/文=柿崎 憲)

かつての敵は今日の恋人? 元魔王と勇者の同居生活

  • ★★★ Excellent!!!

高校生の黒崎楓、ごく普通の生活を営む彼だが、実は彼には異世界で魔王をやっていたという前世の記憶があった。前世は前世、今は今と割り切って暮らしていた楓だが、ある日母親が家に一人のアリスという少女を連れて来る。なんと楓は今日からアリスと一緒に暮らさなければならないというのだ! しかもそのアリスは楓が前世で道連れにした元勇者だった……!

というわけで敵対していた勇者と魔王の同居生活を描く本作品だが、物語開始時点で二人が同棲してから一年が経過しており、すっかり仲良しに。生活力の無いアリスのために楓は毎日家事をしてすっかりお母さん状態だし、アリスはそんな楓を大好きになってしまっている。

とはいえ元魔王ということもあって、楓の精神年齢は大人を通り越しておじいちゃんの域に達している。おかげでアリスはいっぱい甘えられるけれどなかなか恋愛方向には進まない。そんなちょっぴりの擦れ違いを含みつつも、二人の甘い生活がたっぷり楽しめる内容となっている。

時には前世の仲間や部下などもこちらの世界にやってきて、二人の関係を揺さぶったりしますが、それがまたいい感じのスパイスになっています。


(「いろいろな魔王」4選/文=柿崎 憲)

元魔王は己の体験を活かし、人々を転生させる。

  • ★★★ Excellent!!!

転生セラピー。それは悩んでる人を昏睡状態にさせて、夢の中で自分が転生したかのような経験をさせて心の問題を解決するという新種の治療法。

そんな職場に勤め、被験者を上手に連れ去るのが主な仕事の主人公鈴木羽馬(ユニコーン)。実は彼も過去にこのセラピーを体験しており、その時は勇者になってからさらに魔王になるという波乱万丈な異世界生活を経験していた。おかげで魔王の記憶ははっきり残っているものの、今はしがない社会人。毎日あくせく働いていたのだが、しかし、セラピーの過程で一人の少女に彼の魔王時代の部下の人格が入り込んでしまったからさあ大変。鈴木とその少女は一緒に、時には大人の上司として、時には魔王として振る舞いながら、仕事をすることになってしまう。

職業ものと異世界転生を思わぬ形で結びつけた本作品。仕事の都合上、妙なコードネームで互いの名前を呼んだり、被験者を自分が異世界転生したと思い込ませるために犯罪スレスレの手段で拉致したりと、その仕事内容は実にユニーク。また異世界での体験を恥ずかしいことだと思ってるせいで仲間内でイジりあったり、異世界にいた時と現在の自分の肉体で思わぬギャップが生まれていたりと、異世界から復帰した者ならではのあるあるが描かれているのも面白い。

かつて異世界で体験したような万能な力はなくても、自分のできる範囲で身の回りを良くしようとする大人たちの奮闘がまぶしい一作だ。


(「いろいろな魔王」4選/文=柿崎 憲)