現実とは不自由なものだ。私たちは、この世界の、この時代に、魔法も異能も使えない人間として生きている。
だからこそファンタジーは最高だ。全ての「あたりまえ」を振り切って、冒険も無双も体験できる。
とはいえ、ファンタジーで描かれた楽しい世界が、あまりにも私たちの世界とかけ離れていて、無関係なものだったら、それはそれで寂しい気がしないだろうか。
逆に、ぶっとんだファンタジーであっても、自分の生きる世界とのつながりを感じるエッセンスがあるとうれしくなってしまう。
そう、例えば「歴史」のような――
というわけで今回紹介するのは、「歴史×ファンタジー」作品だ。
『古事記』をベースにした倭風ラブ・ストーリーや、現代の工学部生と異世界ヒロインが戦国時代を開拓していく話、ド天然ヒロインのオネショタ(?)中華恋愛ファンタジー、そしてダメおっさん剣士&神様幼女がくりひろげる江戸風・怪異活劇など、発想光る力作ぞろいだ!

ピックアップ

胸をかきむしりたくなるほどに切ない、壮絶な二つの歩みと恋

  • ★★★ Excellent!!!

「狭霧にとって一番安心できる場所は、いつでも輝矢のそばだった。」
 この自然な冒頭から、すうっと古代日本の世界に入り込むことができました。さすが、古代日本マニアという作者様。台詞や景色の細部に至るまで、まるで見たものを綴ったようにすべてが自然で完成されています。それらに連れられ、夢中で読みふけり、どっぷり浸らせていただきました。
 出雲の武王、支配者の血を引く狭霧と、実力だけで高位にのし上がった高比古。様々な意味で正反対な二人が、出雲の国を守るため、時に衝突し時に励まし合いながら、少しずつしなやかな強さを身につけていきます。
 それぞれ国の最高権力に近い立場にいる上、時代は倭国大乱。彼らの身には壮絶とも言える出来事が次々に起こります。その中で恋を知り、自身の未熟さを歯がゆく思いながら少しずつ前に進む姿は、胸をかきむしりたくなるほど切ないものがあります。
 特に後半「生命の淵」では涙が止まりませんでした。理性を飲み込む愛の奔流ともいうようなものに怯えながらも相手を手放したくない。そういった感情が痛いほど伝わってきて。
 成長物語、恋物語だけではない読み応えと面白さがあります。
 荻原規子さんの勾玉三部作が大好きな私に、これ以上のものはありませんでした。同じく古代日本を舞台にした作者様の別の作品「雲神様の箱」も面白く読ませていただきましたが、個人的にはこちらの方がより好きです。ぜひとも書籍として手元に置いておきたい…!
 狭霧と高比古、また二人に会いに来ます。これほど素晴らしい作品に出会えたこと、とてもうれしく思っています。

歴史と工学の素敵な出会い。気づけば、両方の魅力に取り憑かれている。

  • ★★★ Excellent!!!

戦国時代の末、京都に飛ばされた大学生と、その原因を作った異世界の魔法使い&錬金術士が日本中を旅して廻る物語。

主人公は、魔法を使っていろいろな工業製品を作成可能。
しかし、ひとりで日本を安全で住みやすい社会に変えるほどの影響力は生み出さない。

彼は持ち前の工学知識や人材育成の才能、歴史の知識などを発揮しながら、多くの協力者を得て日本の近代化を推し進めていく、という、「果てしなくぶっ飛んだ」ストーリーです。

戦国時代、食料生産が増加し、第二次産業が急速に発達したことから貨幣が不足。社会の混乱をおさめるために公家として全国をめぐり、統一通貨の普及や鉱山開発のために協力者を増やしていく、という超骨太設定。

流通している銅貨を集め、鉛と一緒に溶かして融点の違いにより銅を抽出。その後、骨灰を用いて鉛とリン酸カルシウムを反応させ、銀を析出させて銀貨として再利用する。それによって、外国への富の流出を防ぐとともにこの時代での権力基盤を得る。

——序盤からこんな調子です。

あ、やばい。これ、ガチだ。

そう思った頃には、あなたもこの作品に魅了されているでしょう。

一見すると主人公がチート能力に見えますが、「ひとりの人間がいくら工業製品を量産したところで、当時の貧困や伝染病などの社会問題を解決できない」という非常にリアルな考証のもと日本を近代化させようと社会の発展に努めるところが、この物語の面白さを引き立てています。

この感想を書いている頃には、全国共通の秤が大阪・堺を中心に普及し始めていて、さらに商工業が発展していく気配です。主人公たちは組織的にこの時代の教養や職人技を身につけ、鉱山開発を目標に東海道から甲州に入ります。魔法を使える人材も増え始め、こちらも体系化され医療技術の発達に活かされそう。

ある種のシミュレーションともいえるほど科学考証、歴史考証がしっかりとしていますし、人材育成や組織化、利益を再投資しさらに大きな産業を育てるという経済学的な考え方も非常に丁寧に書かれています。科学モノとしても歴史IFとしても経済ドラマとしても申し分ない出来で、続きが非常に楽しみです。

惜しむらくは、タイトルやキャッチコピー、タグなどがこの物語の魅力を引き出しきれていないところでしょうか。

もっとアカデミックな人たちが引っかかりそうなワードを盛り込むといいんですかね。

(まあ、どうせ後から多方面に評価されるでしょうから、このままでも良いかもしれません)

そのくちづけは、蜜よりも甘く……

  • ★★★ Excellent!!!

私は、中華風ファンタジー、って読んだことなかったんですよ。

なんかこう、知識がいりそうじゃないですか。
難しい言葉とか一杯出てきて、「え? それ、今の役職でいえば何にあたるの?」とか、「そもそも、どこまでが苗字?」とか、「……すんません。このとき、日本は何時代ですか」とか……。

自分、そんなレベルなんで、ちょっと控えてたんですよね……。

私はこの作者様の『ローマ物』が大好きなんです。
しっかりとした設定。時代考証。魅力溢れるキャラ達。
骨太で、果敢な古代ローマの男達と、その男たち以上に気の強い女達。
いや、ローマはこうでなくっちゃねぇ、と思っていたのですが……。

ふと、作者様の作品一覧を拝見すると、『中華』が。

どうしようかな、と思いながら、他の作品を読んでいき……。

だけど、そんなことしてたら、もうこの作者さんの作品で読んでないのはこの『中華』しかなくなちゃったんですよね。
だって、他は読んじゃったんだもん……。
面白かったんだもん……。

で。
おそるおそる読み始めたんですよ。

だけど。

超面白いっ!
というか、めちゃくちゃ甘い!!
なにこの、英翔の天然たらしぶりは!!
なにこの、明珠の天然鈍感っぷりは!!

いやあ。あれでしたね……。
これは、『美味しい物は最後にとってあった』って感じでした!!

文字数的にはボリュームのある作品なんですが、小さな章で分けられているので、区切りもいいです。

ぜひ、私のような中華風ファンタジー初心者にもお勧めです!

朽ちかけたおっさんが、元気な女の子達に煽られ、もう一度立ち上がる物語

  • ★★★ Excellent!!!

まず、このおっさん。
好感度高いダメおっさんです。
しかも、いじけてる。

そして、取り巻き。
懐いている娘のような幼女と、元気いっぱい正義感かつ使い手の少女。

重ならないこの三人が、見事に重なり合い、難事件を解決しつつ、おっさんの過去に向き合い、自分自身の力でそれを乗り越える。

そんな、生きる活力を与えてくれるお話です。

時代劇風味ですが、テンポもよく、そして歯切れのいい文体。

楽し時間と元気をいただきました。
いや、ダメおっさん、いいですね。