このタマゴを温めていただけませんか?
加藤ゆたか / Kato Yutaka
このタマゴを温めていただけませんか?
「このタマゴを温めていただけませんか?」
学校から帰ると、玄関で一匹のネズミが僕に声をかけた。
そいつがメスなのかオスなのか、僕にはわからなかった。
「これは何の卵なの?」
「ネズミのタマゴです。」
大きさはニワトリの卵くらい。色も白い。
ネズミは自分の体と同じくらいの大きさのその卵を抱えて僕を見上げていた。
「君が産んだの? 産める大きさとは思えないけど。」
「まさか。私が産めるわけないじゃないですか。あなただって卵は産めないですよね?」
「そりゃ僕は人間で哺乳類だし、普通男は卵を産まないと思う。」
「それは私も同じです。」
同じって、哺乳類なのが同じなのか、それともやっぱりこいつはオスなのか。
「とにかく。頼みますよ。では、私はこれで。」
「あ、おい。ちょっと待って。」
そのネズミは僕の話など聞かずそう言い残すと、卵を置いてぴょいっといなくなってしまった。
「いったい何の卵なんだよ……。」
僕はネズミが残した卵を拾うと手のひらに乗せた。
白くて堅い殻で大きさはニワトリの卵くらい。普通に考えればこれはスーパーで売っているニワトリの卵である。
「でも温かいな。あのネズミが大事に温めていたのかな?」
このまま放置するわけにもいかず、僕は卵の温め方を調べて、熱電球と毛布を使い卵を温めることにした。
「これでいいだろうか?」
「あら、そんな温め方ではダメよ。」
「ひよこさん。」
ひよこさんは僕の家の庭で暮らしているニワトリだ。ひよこの時にうちに来たので名前はひよこさんになっている。
「私が温めてあげるわ。」
「ありがとう、ひよこさん。助かるよ。」
「ところでこれは誰の卵なの?」
「僕もよく分からないけれど、ネズミの卵らしいんだ。」
「まあ、ネズミが卵を産めるなんて知らなかったわ。」
「ネズミは卵を産めないと思う。」
「あら、変ね。」
ひよこさんは首をかしげつつ、「まあ、いいわ」と卵の上に覆い被さるように座った。
よかった。ひよこさんに任せておけば卵は安心だ。
僕はほっとして自分の部屋に戻った。
コンコン。
僕が部屋で宿題をしていると、ドアをノックする音がした。
「あら、お邪魔するわね。」
「ひよこさん。どうしたの? 卵は?」
「その話なのよ。」
ドアを開けると卵をかかえたひよこさんが僕を見上げている。
卵はさっきよりも大きくなっていて、ひよこさんと同じくらいの大きさになっていた。
「それってさっきの卵?」
「そうなのよ。これじゃ私は温められないわ。」
「たしかに。」
もう、卵はひよこさんのお腹の下には入りそうもない。
「これはお返しするわ。」
「うん。ありがとう、ひよこさん。」
僕はひよこさんから卵を受け取った。卵は僕が両手で抱えないといけないくらい大きくなっていた。
ダチョウの卵くらいの大きさだ。
「これ、どうやって温めればいいんだろう?」
「話は聞いたぜ。」
「わんちゃん。」
わんちゃんは僕の家で飼っている犬だ。名前は幼いころの僕がつけた。
「しょうがねえ、俺が温めてやるよ。」
「いいの、わんちゃん? ありがとう。」
「坊ちゃんは学校も宿題もあるだろ? 俺しかいねえじゃねえか。」
わんちゃんは最近オジサン犬になっていて、散歩の時以外は寝ていることが多い。
わんちゃんは卵を抱えて僕の部屋のクッションの上に寝転がった。
「へへへ。ぬくいぜ。」
わんちゃんが散歩に行っている間はどうやって温めようかと思ったけれど、その心配はしなくてもよさそうだった。
だってわんちゃんが抱えたとたん卵は僕の見てる前でどんどん大きくなっていた。
わんちゃんが抱えられなくなる大きさになるまで時間はかからないだろう。
「ネズミを呼ぼう。この卵は僕らの手には負えないかもしれない。」
「お呼びですか。ありゃ? これはいったい?」
「ネズミ。」
突然現れたさっきのネズミが、わんちゃんのお腹の上で大きくなっていく卵を見て頭をかかえている。
「ネズミ、お前もわからないのか?」
「私はタマゴを温めてくださいとお願いしたはずですが……。」
「温めたらこうなったんだよ。」
僕はわんちゃんより大きくなってしまった卵を持ちあげた。ずっしり重い。
卵は僕の腕の中で更に大きくなろうとしている。
「このままじゃ僕よりも大きくなっちゃうよ。外に持っていこう。」
僕は卵を抱えて庭に出た。僕の後に、ネズミとひよこさんとわんちゃんもついてくる。
「おお? ボウズ、そのデカい卵はどうしたんだ?」
「ディープサラマンダー。」
ディープサラマンダーは僕の家に居着いている引退した競走馬だ。
「このネズミの卵が大きくなっちゃって困ってるんだ。」
「よし、わかった。そういうことなら俺に乗ってくれ。」
僕は卵を抱えてディープサラマンダーの背に飛び乗った。
卵はどんどん大きくなる。ディープサラマンダーは風のように野を駆ける。
「ディープサラマンダー、どこに行くの?」
「風の向こうさ。」
周りの景色がどんどん流れていった。
街。山。川。野原。そして海へ。
「あっ!」
ついに僕でも抱えきれなくなった卵が、海に落ちそうになる。
「とおっ!」
ディープサラマンダーが空を駆けた。
宙に舞った卵がスローモーションみたいに海に落ちていく。
ザバンッと、海から大きくて黒い物体が急浮上してきた。
「クジラだ!」
「子供よ、ありがとう。私の卵を届けてくれて。」
「クジラの卵だったの⁉」
「そうだ。」
クジラはつぶらな瞳でそう答えたけど、クジラも卵を産んだっけ?
その時、卵が光を放った。
「あっ、生まれるよ!」
「おおおお!」
卵が大きく膨らんで、殻が割れて、中からお城や、観覧車や、メリーゴーランドや、パレードが飛び出して、海の上に大きな国を創った。
「ネズミの国だ! ネズミのタマゴからネズミの国が生まれたんだ!」
僕がネズミの国に降り立つと、賑やかなネズミの国では幸せな顔をした人々が子供から大人までみんなアトラクションを楽しんでいた。
「あっちにゴーカートがあるぜ!」
ディープサラマンダーが言った。
「ジェットコースターに乗りましょう!」
ひよこさんが飛んできた。
「ホットドッグを食おうぜ!」
わんちゃんが走り寄ってきた。
「いい天気だ!」
クジラが背中から潮を吹くと空に虹ができた。
「なんだかわからないけど、みんなで遊ぼうか。」
「あら、いいわね!」
「よし、坊ちゃん! 走ってくるぜ!」
「ボウズ、あのメリーゴーランドでぐるぐる回るぞ!」
そうやって僕たちは夕方まで楽しんだ後、海に浮かんだ卵の殻を船にして家に帰ることができた。
帰るとネズミが待っていた。
「ネズミ。ありがとう。楽しかったよ。」
僕たちがネズミにお礼を言うと、ネズミは困惑気味に答えた。
「ああ、なんでこんなことになったのでしょう……? 私はただ、ゆでたまごが食べたかっただけなのに。」
——おわり。
このタマゴを温めていただけませんか? 加藤ゆたか / Kato Yutaka @yutaka_kato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます