第11話

〈妹視点〉


お姉さんは、さっき言ってくれた。

一階で閉じ込められたときのこと。

窓を開けようとしたこと。

割ろうとしたけど、割れなかったこと。

 

……きっと……

私が、こわがると思って、言わなかったんだ。

 

一階で、もしそれを聞いてたら。

私は、どうしてたんだろう。

泣いてたかもしれない。

足が、動かなくなってたかもしれない。

考えても、よく分からない。

 

……でも……


お姉さんが、うそを言ってるとは、思わなかった。

 

そう思いながら、

私は、お姉さんの手をぎゅっとにぎって、

下を向いて、ゆっくり歩いた。

 

……そのとき……

 

お姉さんが、急に止まった。

危なく、ぶつかりそうになる。

 

「……どうしたの?」

 

そう聞くと、お姉さんは、前を見たまま言った。

 

「この部屋、ちょっと見てくるけど……柚葉ちゃんも、一緒に入る?」

 

私は、こくん、とうなずいた。

 

二人で、部屋の中に入る。

入口のところで、お姉さんが、やさしく言った。

 

「ここで、待っててね」

 

私は、また、こくん、と返事をする。

 

お姉さんは、部屋の入口の近くにあった懐中電灯を取った。

 

カチッ

 

と音がして、光がつく。

 

……あっ……

 

この部屋、こんなに暗かったんだ。

今まで、あまり気にしてなかったのに。

なんで、分からなかったんだろう。

 

お姉さんは、ライトで、部屋の中を照らしていく。

 

ベッド。

カーテン。

タンス。

 

どれも、壊れている。

離れていても、ちゃんと分かるくらい。

 

私は、左手に持っていた

お兄ちゃんのお弁当を、無意識に、ぎゅっと抱きしめた。

 

お姉さんが、私を呼ぶ。

 

「柚葉ちゃん」

 

顔を上げると、

お姉さんの手に、小さな石が握られていた。

 

「……しっかり、見ててね」

 

そう言って――

 

お姉さんは、石を、窓ガラスに投げた。

 

……ガンッ……ドッ…

 

石は、音を立ててガラスに当たって、

はね返されて、床に落ちた。

 

割れなかった。

ひびも、入らなかった。

 

「……お姉さん……」

 

思わず、声が出た。

 

「……あ、あぶないことは……やめて…下さい…」

 

自分でも、びっくりするくらい、ちゃんとした言い方になってしまった。

 

お姉さんは、少し困った顔をして、それから、小さく笑った。

 

「……だよね」

 

そして、言った。

 

「説明しても、信じてもらえないかも、って思って」

 

少しだけ、悲しそうな顔。

 

「……ごめんね、柚葉ちゃん」

 

私は、何も言えなかった。

 

でも……

ちゃんと、分かった。

 

お姉さんは、

私を、守ろうとしてる。

 

また、手をつないで、

次の部屋へ進む。

 

そのとき、

お姉さんが、懐中電灯を差し出した。

 

「柚葉ちゃんも、

 持ってたほうがいいよね」

 

そう言って、

 

「重くなったら、すぐ渡してね」

 

ライトを、受け取る。

 

光を動かすと、壁や床が、はっきり見えた。

 

「もし、点かなくなったら言ってね。ほかの部屋にも付いてるから、その時はまた借りるからね」

 

そう言いながら、お姉さんは、前を歩いてくれる。

 

同じような部屋を、いくつか通って――

 

急に、お姉さんが止まった。

 

私は、また、ぶつかりそうになって、あわてて止まる。

 

「……どうしたの?」

 

前を見る。

 

……進めない……

 

廊下の途中で、天井が、崩れていた。

 

大きなコンクリートのかたまりが、床いっぱいに落ちていて、向こう側が、見えない。

 

「……天井、落ちたみたいね」

 

お姉さんが、静かに言った。

 

完全に、ふさがれている。

 

もう、向こうへは、行けない。

 

私は、懐中電灯を持つ手に、

少し、力を入れた。

 

この先、どうなるんだろう。

 

まだ、分からないことばかりだった。


通れなくなった廊下の前で、私は、崩れた瓦礫をじっと見つめた。


コンクリートのかたまり。

折れた鉄の棒。

白い粉が、床いっぱいに広がっている。


向こう側は、もう、見えない。


「……反対側から、回って行こうか」


お姉さんが、静かに言った。


私は、こくん、と、うなずく。


来た道を、ゆっくり、戻る。

下を見ながら、一歩ずつ。


廊下の床には、ところどころ、小さな穴が空いている。

落ちないように。

踏まないように。


懐中電灯の光が、床をなぞる。


……ジャリ……

……コツ……


音が、やけに大きく聞こえる。


反対側の廊下に入ると、そこも、同じくらいひどかった。


壁は、ひびだらけ。

床も、割れている。

天井から、細かい粉が、時々、落ちてくる。


私は、お姉さんの手を、さっきよりも強く握った。


お姉さんは、まだ入っていない部屋を、ひとつずつ、のぞいていく。


……でも……


なんとなく、分かる。


ここにも、誰もいない。


だって……こんな場所……だれだって、いたくない。


みんな、逃げたんだ。


そう思いながら、戻ってきたお姉さんに、そっと聞いた。


「……だれか、いた?」


お姉さんは、首を横に振ってから、言った。


「もし、誰かいたらね。一緒に行かないと、危ないでしょ」


……やっぱり……


この人、看護師さんなんだ。


そんなことを思いながら、また、歩き出した。


反対側の廊下は、どうにか、通れそうだった。


……よかった……


少し、ほっとした、そのとき。


遠くに――

人が、見えた。


……二人……


廊下の奥に、並んで、歩いている。


女の人が、こちらを向いた。


その横に――


……あれ?


胸が、ぎゅっとする。


もう一人の後ろ姿。


背の高さ。

歩き方。


……そして……


仕事に行くとき、お兄ちゃんが着ていた服。


黒っぽい上着。

少しだけ、肩が大きく見える、あの服。


「……お兄ちゃん……?」


声が、勝手に、こぼれた。


足が、前に出る。


お兄ちゃんだ。

ほんとに?

……会えたの?


――その瞬間――


「柚葉ちゃん!」


お姉さんの声。


次の瞬間、

体が、ふわっと浮いた。


お姉さんが、私を、抱き上げていた。


「……え?」


後ろに、引き戻される。


その時――


天井のほうを、黒い影みたいなものが、

さっと、走った気がした。


……パラ……パラ……


小さな石が、落ちてくる。


……メキッ……


嫌な音。


……バリバリッ……

……ガラガラガラ……!!

――ドスンッ!!


すごい音と一緒に、天井が、落ちてきた。


白い砂ぼこりが、ぶわっと、広がる。


……落ちた場所は……


さっきまで、

私が、立っていたところだった。


手から、懐中電灯が、すべり落ちて……

床を……ころころ転がっていく……


……息が……


しにくい。


喉が、ひりひりする。


胸が、苦しい。


……こわい……


ぎゅっ。


お姉さんが、私を、強く抱きしめた。

背中を、ゆっくり、さすってくれる。


「大丈夫……大丈夫だよ」


やさしい声。


「お姉さんが、いるからね」


私は、お姉さんの服に、顔をうずめた。


「……いまの……お兄ちゃん……?」


小さく、聞くと、お姉さんは、少しだけ、間をあけてから言った。


「……落ち着いたらね。ここ、もう通れそうにないから」


やさしく、でも、はっきり。


「一度、下に降りて……反対側、行こう」


私は、何も言えなかった。


ただ、お姉さんの腕の中で、


ぎゅっと……目を閉じた……



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妹が消えた病院 秋刀魚 @ritsu_void

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